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失踪

「ローズがいない? 昨日ハンナの所へ行くと言っていたんだが」

「いいえ。来てませんわ」


 ラドクリフは孤児院のシスター・ハンナの元を朝っぱらから訪ねていた。


「そんな……」

「一体、何が、あったんですか?」

「実は……」


 理由はローズの無断外泊。


 頼まれた仕事で一晩帰れなかったラドクリフは、朝になって自宅へ戻るとローズの姿がない事に気付いた。

 ローズは今までラドクリフに黙って家を出ることがなかったし、ましてや外泊もしたことがない。

 妙な胸騒ぎに駆られたラドクリフは居ても立っても居られず、朝っぱらからハンナの元を訪ねていた。


「昨日は来ると言っていたのに来ないから私も心配していました。ですがラドクリフ様なら直ぐに場所は分かるはずですよね」

「いや……」


 ラドクリフは、ついハンナから目を逸らした。

 感のいいハンナからは妙に冷たい視線が、ぐさぐさ刺ささる。


「ふーん……」

「……」


 魔力を互いに譲渡した者同士は相手の魔力を感じる事ができるようになるのだが、何故かラドクリフはローズの魔力を辿る事が出来なかった。

 だからこそラドクリフは柄にもなく焦っていた。


 娘同然にローズを可愛がってきたハンナは、ラドクリフのような偏屈人間嫌いなオジサンより、ラドクリフよりも若くて将来有望で心優しい青年がローズには相応しいのだと、ラドクリフはハンナに豪語された過去がある。

 ようするにお前にローズは勿体ないという事だ。


 そんなハンナに、ついローズに口付けをしてしまったなど言えるはずもなく。


「私もローズの行きそうな所を当たろうと思いますが、長いことラドクリフ様のお屋敷に放置されて外の世界と関わりを持たなかったローズに、ここ以外に行く当ては、あまりないと思いますが」


 冷たい視線と冷たい言葉に、ラドクリフは傷口を抉られる気分だ。


「ローズなら昨日、見たよ」


 その声にラドクリフとハンナは振り返った。


 朝から扉の前で、大人二人が深刻そうに喋っている光景を不思議に感じた孤児院の少年は、つい聞き耳を立てていた。

 ローズの事を捜していると知って、心当たりがあった少年は二人の間に入ったのだ。


「君! 一体、何処で!?」


 少年の両肩に手を置いて少年を揺さぶりそうな勢いで必死なラドクリフの様子に少年は驚いた。


 孤児院に視察で顔を出すラドクリフは、国一番の大魔法士だけあって常に穏やかで隙のない所作が優雅な姿しか見たことがない。

 このように慌てふためくラドクリフの姿を少年は想像もしなかった。


「き、昨日、街に出てたらローズを見かけて、ラドクリフ様じゃない男の人と一緒に居たから、話しかけられなくて、そのまま……」

「男?」

「背が高い黒い髪の、爽やかな感じのお兄さんだった」

「爽やか……」


 ラドクリフは昨日のローズと交わした言葉を思い出した。


『ゴードンと方向が同じだから一緒に行くことになったので大丈夫です』


「ゴードン……」

「ゴードン?」

「少年よ、ありがとう。心当たりが出来た。朝から悪かった。ハンナ」


 そう言いながらラドクリフは急いでハンナの元を後にし、その場から立ち去った。


 ラドクリフには行く当てが、あった。


 王家では優秀な魔法使い達を囲い込みをする為に、ラドクリフの講義を受けたく他所から上京した優秀な魔法使いを、王家の管理下にて魔法使い達を寮で住まわせていた。

 その中で最優秀であるゴードンも例外なく、そこに住んでいる。

 寮のわりに豪勢な佇まいの建物は王都の一等地にあり、さすが王家の管理下だけある。管理人も雇い防犯に関しても徹底的だった。


 ラドクリフは自分の立場や権力を最大限利用して管理人にゴードンの住む部屋を教えてもらい、ゴードンの部屋の前まで辿り着いた。


 呼び鈴を何度も鳴らすが、いくらび鳴らしても出てくる気配がないので試しに玄関の扉を開けようと扉を引いたら、思いがけず開いた。


 鍵が掛かっていない?


 不信に思いながらもラドクリフは部屋に上がった。

 廊下を進み奥の部屋の扉の前まで来ると、ラドクリフはゴードンの部屋に妙な違和感を覚えた。


 そのまま真っ直ぐ行って一番奥の部屋の扉を開けると、その妙な違和感の正体が分かった。


「なんなんだ?」


 人が住むには必要な家財道具が何一つなく、人の住んでいる気配が全くない部屋という空間が広がっているだけの空間。

 ここの部屋だけかと思い、他の部屋を開けて回って見たが全てもぬけの殻。

 まるで始めから誰も住んでいないようだった。


 ラドクリフは目の前の空っぽの部屋を見てしまった事で、ゴードンに対する考え方が変わってしまった。


 元々、ゴードンに対して腹黒さのような計算高さを感じていたが、若くて優秀な人間が持つ特有の物だと思い鼻にもかけていなかった。

 だが、この部屋の有り様とローズの無断外泊に胸騒ぎが嫌な予感に変わる。


 急いで部屋を出て寮の管理人をする初老の男性の元へ行き、あの部屋はゴードン・レイニーの部屋かと、もう一度確認を取ろうとすると男性からは意外な言葉が帰ってきた。


「ゴードン・レイニーという学生は、いませんよ?」

「なん……だと?」

「あの部屋は始めから空室です」

「何を言ってるんだ? 僕が来たとき、あなたは確かにゴードンの部屋だと」

「ゴードン? 何方か存じませんが?」


 ラドクリフは言葉が出なかった。


 そして初老の男性から魔術を施された微々たる気配が残されているのを気付いた。


 そこら辺の魔法使いじゃ気付かない。まるでラドクリフにだけわかるように残されたような魔術の跡。

 それは扱える者は一握りしかいないと言われる、記憶を操作する魔術だった。


 嫌な予感しか、しない。





 ラドクリフが行ってしまった後、先程の少年は今朝の事など忘れたかのように孤児院の庭で同じ孤児院に住む少年達と一緒にボールで遊んでいた。


「こんにちは」


 そこに声をかける青年が現れた。


「こ、こんにちは……」


 少年は驚いた。


 その青年は、背が高く黒髪の爽やかな青年だった。

 今朝、少年がラドクリフに話したローズと一緒に居た男の人が目の前に現れて驚いたのだ。


「この孤児院のシスターはいるかな?」


 いるよ!と他の子供達が元気一杯に答えた。


 人を警戒させないような爽やかな微笑み。

 端から見れば怪しくも何ともなく、むしろ警戒心を抱かせない人の良さそうな青年にしか思わないだろう。

 少年も今朝のローズの事とラドクリフの必死な姿を見ていなければ、目の前の青年に対して何も思いもしなかった。


 だが、少年は何故か直感的に青年を恐ろしく感じた。


「シスターに挨拶に行かせて貰ってもいいかな? 誰か案内してほしいなあ。例えば……」


 少年と青年は目があった。


「君が案内してくれるかな」


 青年は終始、爽やかな笑顔を崩さない。


 しかし青年からは有無を言わせない何かを感じて、少年は断る勇気が持てなかった。

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