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きっかけ

「最近、ラドクリフ様の課題が易しくなったね」

「え? そう?」


 最近ゴードンと親しくなったローズは、講義がない日でも王立図書館に行っては一緒に勉強をするようになった。


 王立図書館では、戦時中に無事だった書物や、貴重な書類を保管していた王家直属の書蔵庫を、戦後解放したのが王立図書館だった。


 ラドクリフの鬼のような課題に途方に暮れ王立図書館で調べてた所を、たまたま居合わせたゴードンが見兼ねて答えを教えてくれたのがきっかけだ。


「そう思うのはゴードンだけじゃない?」

「そうかな」

「なんか、魔法云々より歴史を講義する事が多いよね」

「そう言われてみれば、そうだね」


 二人が座る窓際の席は、城下町で賑わう人々の姿が良く見える。


 溜め息をついて頬杖をつきながら、ローズはその風景を窓から眺めた。


「戦争が終わって10年くらい経ったけど、勉強しないと忘れちゃうくらい、もう昔になっちゃうのかな……」


 ゴードンもローズに釣られて下の風景を眺めた。


 戦時中は孤児が多く親と子が手を繋いで歩く様は少なかった。

 今の町には、まるで平和の象徴のように幸せそうな親と子の姿が多い。


「ラドクリフ様は終戦に貢献した方だ。きっと、歴史や過去を忘れず、過去の過ちや間違いを繰り返さぬよう僕たちに学べと、そう仰ってるんだよ」


 生真面目なゴードンの言葉に感銘し、ローズはゴードンにキラキラとした目を向ける。


「ゴードン……」

「ん……?」


 若い二人の甘酸っぱい関係が始まりそうな雰囲気に、なるはずもなく


「師匠の事が大好きなんだね」

「そ、そうかな」


 ゴードンは苦笑いだ。


「確かにそういう狙いも、あるのかもしれないけど師匠の事だから、これ殆ど嫌がらせに近いよ」

「嫌がらせ?」

「絶対そうだよ!」


 そう言い切るローズに、ゴードンはツボに嵌まったのか、くすくす笑っている。


「ラドクリフ様の事を、そう言えるのはローズだけだよ。本当、ラドクリフ様と仲良しだよね」

「え? どこが?」

「ラドクリフ様の奥様だと思ったぐらい」

「な? お、お、お、お、おくさま?」


 瞬時に顔を赤くして慌てふためいたローズを眺めながら、分かりやすいなあと内心ゴードンは思った。


「そういえば、弟子になった切っ掛けは?」


 切っ掛け


 その言葉に、ローズの表情が一瞬陰ったのをゴードンは見逃さない。


 無意識からか腕に付いている魔法具にローズは手を伸ばした。


「仕方なく弟子にするしかなかったの」


 大した話じゃないようにローズはニコッと笑う。


「私も最初は物凄い言われたんだよ。愚鈍がって」

「愚鈍?」


 ゴードンから、ふふと笑いが込み上げた。


「そりゃ酷いね」

「でしょ? でもゴードンに対して、そういうの聞かないから弟子への道は明るいかもよ」

「いや、僕は芋くさいて言われてるから」

「芋?」

「田舎者て事。僕、王都出身じゃないから」

「へー。でも大丈夫だよ。師匠、芋料理好きだから」


 たぶん、それは関係ないと思ったがゴードンは口にしなかった。


 それよりもローズのローブの袖から覗く、腕に付けている魔法具にゴードンは前々から興味があった。

 美しい宝飾に気付きにくくなってるが上等な魔法使いにしか扱えない高等な魔術が施されてある。

 ラドクリフが施した物なのは明らかだった。





 あれからローズはゴードンと別れて、夕方過ぎに部屋に戻った。

 ラドクリフの姿はない。


 帰りが遅くなるとラドクリフが言っていたのをローズは思い出し、この際、一人しかいないので、さっさとお風呂に入ってゆっくりする事に決めた。


 ラドクリフとローズの寝室は別々にあり、それぞれの部屋に風呂場が備え付けられている。

 真っ直ぐ自分の部屋に戻り風呂場の湯を溜める為にお湯の栓を開けた。

 ローブを脱ぎ湯の溜まった風呂に身体を沈めると、ラドクリフの課題と格闘した一日の疲れが癒されるようだった。


『弟子になった切っ掛けは?』


 ふと、ゴードンの言葉が過る。


 今日のゴードンの言葉に、弟子として引き取られたばかりの頃をローズは、つい思い出してしまった。


 当時、ローズを弟子に引き取るのはラドクリフにとって、お荷物を押し付けられて、貧乏くじを引かされたのは明らかで、戦後の処理に奔走していたラドクリフはローズのいた屋敷に、あまり寄り付こうとしなかった。


 食事や衣服、部屋、教育も、申し分ない程のものを与えてもらったが、あの頃ローズは、ただ孤独だった。


 暗く沈みそうになる気分を振り払うため早めに風呂から上がり喉を潤した後、昼から食事を摂っていないので何か食べた方がいいのだろうと思っていたが、食が細いローズは一人だと食事を摂る気分にならない。


『君は、もっと食べた方がいい』


 ラドクリフと暮らすようになって、しばらくして言われた言葉。


 屋敷にいた頃は、出された食事を食べきれた覚えがなく、自分が少食だと気付きもしなかったし比べる相手もいなかった。


「早く寝よ」


 自分の部屋に戻りローズはベッドに潜り込んだ。


 早く眠りに就きたかった。

 早く眠りに就けば、寂しさも孤独感も余計な感情も考えなくて済むだろうと。





「すまない。起こしてしまったか」

「ら……ど……」


 見上げた先にラドクリフの姿があった。


 いつの間に眠りについたかわからないが、外が明るくないので夜中なのはわかった。


 ラドクリフがベッドの縁に腰かけている。きっとその気配に目が覚めたのだろう。


「食事をした形跡がなくて気になった」


『一人だと、食べる気が持てないんです』


 一緒に住み始めた頃、ローズがラドクリフに返した言葉。


 五年も放置した弟子に贖罪の念を抱いたのか、それからラドクリフは屋敷を売り払い使用人も雇うのをやめ、ローズに時間を注ぐようになり今のように甘やかす。


「今日は眠気が勝っちゃいました。すみません」

「何か作ろう。食べれる?」


『これからは、一緒に食事を摂ろう』


 ラドクリフは、その約束を律儀に守る。


「はい」


 ベッドから出て、ラドクリフに連れられるようにキッチンに向かう。

 少し寝ぼけぎみなローズを椅子に座らせ、ラドクリフは食事の用意を始めた。


 長い髪を後ろに高く結び、エプロンを付けてテキパキと食事を作るラドクリフの様は、後ろから見たら甲斐甲斐しい美人妻に見える。

 そういえば、若い頃は良く女に間違えられ、男に言い寄られた事があると言っていた。


 ローズの記憶にある若かりし日のラドクリフは、蒼白い髪と魔法使いのローブから覗く白い肌が際立って、天使みたいに綺麗だった。


「お待たせ」


 目の前には、お腹に優しそうで夜食にぴったりな、卵たっぷりの煮込みうどんと、ラドクリフお手製の大根と胡瓜の漬物が並べられた。


 ラドクリフも席について二人一緒に、いただきますと手を合わせる。


 あまり食べられないかと思ったが、優しく味付けられた出汁を卵で閉じ、うどんがいい具合に絡まって、するすると喉を通っていく。うどんで暖まった身体にはラドクリフお手製の漬物が一役買っていた。


「師匠、おいしいです」

「ローズが美味しそうに食べてくれると嬉しいよ」


 そう言って、嬉しそうに花がふわっと綻ぶような笑顔を見せるラドクリフの姿は、昔と変わらず綺麗だ。


「そうだ。腕輪の調子は、どうだい?」

「え?」

「そろそろ腕輪の術を、新しく組み直さないといけない頃じゃないか?」


『弟子になった切っ掛けは?』


 ゴードンの問い掛けがローズに深く突き刺さる。


 切っ掛けは、この腕輪だ。

 この腕輪が十年前からラドクリフを縛り付けている。

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