不調
「そろそろ腕輪の術を、新しく組み直さないといけない頃じゃないか?」
「あ~、今回は調子がいいので、まだ大丈夫です」
そうローズは断った。
ローズのコントロールできない魔力を調整するための腕輪は弟子になった日から付けられている。
特異体質であるローズの不安定な魔力は常に変化し、半年に一度のペースでラドクリフが腕輪の術を組み直していた。
ローズを弟子にした日からローズの魔力を調整するのはラドクリフの役目である。
「そうか。あまり無理をしないでくれ」
「はい」
食べた食事を片付け一段落し、ラドクリフはソファで寛ぐ為に座り、ローズは先に寝ると言って部屋に戻る。
「師匠、お先に、おやすみなさい」
「うん、おやすみ。ローズ」
扉が閉まりローズの姿がいなくなると、ラドクリフは深く溜め息をついた。
ローズが魔力の調整を先伸ばしにする理由を聞けなかった。
あれはラドクリフへの拒絶。
ローズにそうさせてしまう理由は自分にある事を、ラドクリフには痛いほど良くわかっていた。
『ラドクリフ・ブッセン、君に頼みがある。どうか引き受けてくれ』
『頼み?』
『ローズ・テンの事だ』
大魔法士の肩書きを持つ老議員からの頼みという命令は、ラドクリフにとって面倒事の押し付けだった。
目の前に連れてこられた少女のローズは魔力酔いを起こし今にも倒れそうな程、衰弱していた。
何故、自分に白羽の矢が立ったのかラドクリフは疑問に思ったが、目の前のローズを見たら理由は一目瞭然だった。
国中の魔法使いが束になっても敵わない魔力量が小さな少女の身体に、コントロール出来ず不協和音を鳴らしながら渦巻いている。
このままでは衰弱して死ぬだろうな。
ラドクリフは冷めた目で少女の状態を観察していた。
だか老議員が一番杞憂していたのは魔力の暴走だった。
コントロールの出来ない莫大な魔力を抱えるローズは一種の爆弾のようなもので、ラドクリフより優秀な魔法使いは居たが、爆弾というリスクを抱えたくない者達ばかり。
当時、若造だが精密な魔術を得意とするラドクリフは、面倒事を押し付けるのに調度良かった。
『らど、くりふ、さま?』
自分を見上げる少女が頬を染めた。
自分の容姿が人を惹き付けるのをラドクリフは嫌でも良く知っている。
いつもなら適当にかわすのだが今回はそうする気が起きなかった。
少女の目がキラキラと輝く。
ラドクリフを自分を救ってくれる救世主か何かと期待している目。
今、思えば大人げなかったが、戦後の処理に任された仕事で忙しくなる中、押し付けられた面倒事に苛立ちが募り、少女の期待するような眼差しに更に腹が立った。
『君は僕の弟子になったんだ。気安く僕の名を呼ぶな。師匠と呼びなさい』
冷たくいい放った途端、目を見開き傷付いた少女の顔。
あれから一度もローズはラドクリフを名前で呼ぶ事はしない。
今朝、ローズはラドクリフを起こさぬよう気をつけながら、今日も王立図書感に通った。
『君は僕がいないと生きていけない』
ラドクリフに忌々しげに告げられたのを、ハッキリと覚えている。
弟子になった日からずっとラドクリフに返しきれない恩を感じながら、それと同時に申し訳なさがあった。
だからこそローズは王立図書館に通い、魔力や魔術の書物を読み漁った。
自分の魔力をラドクリフの助け無しでコントロールできる術が見つかればラドクリフを縛り付けるものがなくなる事を期待して。
弟子であるにも関わらずラドクリフの講義に出席するのもその為だった。
だが今日は、いつも通り本を開いても頭に入りそうにないくらいに体調の悪さをローズは感じた。
集中できそうにないので家に帰ろうと開いていた本を閉じて元の棚に戻そうと手を伸ばしたが、それは叶わなかった。
「ううーーー!」
バサリと本が落ち、その傍らにローズは踞る。手が震え、目眩に襲われ立っていられない症状に見舞われたローズには思い当たる節があった。
魔力酔い
まさか急激に魔力酔いに襲われるとは思いもしなかったローズはその場で倒れぬよう踏ん張っていた。こんな所で倒れては困る。
魔力酔いという事情は、あまり人に知られていいものじゃない。
ラドクリフに早急に知らせねばと思ったその時
「ローズ?」
聞き覚えのある声にローズは顔を上げた。
「ゴー……ドン」
身体を起こすのもままならないローズの様子に違和感を抱き、ゴードンはローズの元へ近づくと症状を良く見ようと肩に手を置き顔を上げさせた。
「一体、どうしたんだい? 酷く、具合が悪そうだ」
「うん……」
肩に置いた手からローズの震えが伝わった。
目もどこか虚ろで、今にも意識がなくなりそうなほどローズの状態は酷かった。
とうしたものか、とローズを連れて休ませるか病院かと悩みながら、足元に落ちている本に目をやったその時、ゴードンはある本の一文に目が止まった。
魔力酔い
そして辺りに散らばる本の題は、ほとんど魔力のコントロールに関する事。
ゴードンはある考えが過った。
「ローズ、君は、まさか魔力酔いを起こしてる?」
勘のいいゴードンの事だ。言い逃れは出来ないと思いローズは正直に頷いた。
「そうか……」
ローズの魔力酔いと、まるでラドクリフの所有印かの如く嵌められていたローズの腕輪が目に留まる。
その二つがローズの魔力をコントロールする為の物だとゴードンの中で繋がった。
それを見るためローズの腕をとり、ゴードンは見入った。
「とても難しく魔術が施してある。細部まで完璧だ」
「ゴー……ドン?」
感慨深げにゴードンは呟いた。
一体、何をしたいのかローズには分からない。
「腕輪の魔術が君の魔力に負けて綻びが生じてる。少し落ち着いたらラドクリフ様の元へ行こう」
ローズの腕輪に手を添えると、ゴードンは呪文を唱えだした。
腕輪がゴードンの魔力を受けて作り替えられていくのが分かる。
「僕に出来るのは応急措置くらいかな。気分はどう?」
「あっ……少し、楽になった」
「良かった。立てる?」
全快とまではいかないが、このまま家までは帰れそうだ。
ローズは頷いた。
「ゴードン、ありがとう」
「ラドクリフ様に連絡は?」
今日のラドクリフは貴族という立場上、孤児院を視察に行く日だった。
そういう日は、なるべくラドクリフの邪魔をしたくない理由がローズにはあった。
「家に帰って休むよ。本当に助かった」
ローズはペコリとゴードンに礼をした。
それを聞いたゴードンは何か考える素振りを見せて、ローズにある提案をした。
「心配だから家まで送るよ」
思いがけない提案にローズは驚いた。
「そこまでして貰わなくても大丈夫だよ! ゴードンのお陰で良くなったし」
「それこそ余計に心配だ。ラドクリフ様みたいに僕の魔術は完璧じゃない。途中で術が切れて、また動けなくなったら大変だよ」
ゴードンの言うことは尤もだと思った。
「迷惑かけちゃうけど、お言葉に甘えて、お願いします」
「いいえ。こんなに、苦しそうなのに放っておけるわけないでしょ」
そう言ってラドクリフはに爽やかに笑った。
それに釣られるようにローズも、ほっとしたような笑みを浮かべた。
ゴードンが居てくれて良かったと、ローズは心底ホッとした。




