10.盤上の踊り(3)
* * *
クヴェン王子が落馬事故で命を落としたのは、去る九月の一日。
今年は寒くなるのが早かった。雪が降りてくるのも例年より早いだろうと思われていた、そんな冬の始まりの頃。
王子は生まれ月の祝いに父王から贈られた馬にずっと夢中で、その日も午後になり風が温まってくると、侍従にせがんで外郭の馬場へ出掛けていった。
王子の馬を世話していた馬丁は初めから異変に気づいていたらしい。今日は馬が落ち着かないので、お乗りになるのは明日になさいませ。彼はそう言ったそうだ。しかしクヴェン王子は駄々をこねた。
母が身罷ってからユニカと同じようにクヴェン王子も鬱ぎ込みがちだったので、誰もが彼の機嫌を損ねることを恐れていた節がある。乗馬は活発だった王子をもとのように元気にさせるので、どうしても乗りたい、ちょっとでいいの――そうねだられ、馬丁はついに自分が手綱を取って少し歩くだけならと、折れてしまった。
経緯はその程度だ。こんな遣り取りは過去にも何度かあったに違いない。馬丁は常に馬の状態に気を配り、その日はどれくらい王子に自由を許すか慎重に考えていたはずだ。
いつもより少し興奮気味だった馬は、王子を乗せ、馬丁に引かれながら歩き始める。そして普段なら驚くことのない時報の鐘を聞くなり、馬は馬丁を振り払って走り出し、やがて王子を振り落とした。
そういう事故である。
後日、口取りをした馬丁だけでなく、王子の厩を担当していた数名が責任を問われ処分された。
「当日、クヴェン殿下の馬を極度の興奮状態に至らしめていたのがこのヒュメル・ヴェロニカと考えられます」
事故の概要を淡々と説明した後、アーベライン伯爵は議場にいた官吏に指示を出した。答弁席に白い布が広げられ、その上に乾燥しきった花が十本ほど並べられる。一部はユニカや王、ディルクの手元にも運ばれてきた。
ユニカはそれに手を触れず眺める。青くて丸っこい星形の花は、同じく丸っこい葉よりも随分小さく遠慮がちだ。
これがユニカの部屋にあったハーブのブーケに混じっていたものだそうだ。
「リーゼリテ殿下、これに見覚えがありますかな。所持していた経緯についてご説明いただきたい」
告発人が匿名なため、訴状を受け取った議長のアーベライン伯爵が代理としてユニカに審問を行うことになっていた。
ユニカは気づかれないよう唾を呑んでから、ディルクに教えられた通りに低い声で答えた。
「ウゼロ公国の公子、エイルリヒ様からいただいたブーケの中にあったものだと思います」
「公子様から? なぜ公子様が、殿下に贈り物を?」
「私が、公子様のお命をお救いしたからです。そのお礼にと。公国では、病気見舞いのお礼にハーブのリースを贈るそうです。ですが公子様はご帰国の日程が近づいており、リースは作ることが出来なかったからと、ブーケをくださいました」
伯爵は次の言葉に詰まる。ユニカがエイルリヒの命を救ったことを、噂くらいには聞いているのだろう。
毒を飲んだエイルリヒが助かったのは、王太子が『天槍の娘』に請い、癒やしの力があるという血を提供して貰ったからだという、信じられないが信じるしかない噂。伯爵はその真偽を問うてはこなかった。
「では、ハーブはクヴェン王子の死とは関わりがないということですか」
「以前から持っていたものではありませんもの」
「公子様からいただいたものであるという証はございますか?」
「一緒にいただいたお手紙があります」
ユニカは自分の席に用意されていた封筒を取り上げて見せた。白地で、薄紅の染料と金泥で縁取りされたとても可愛らしい封筒だ。ディルクが用意したものだった。
「中を検めさせていただけますかな?」
「構いません」
中の手紙は誰が書いたのだろう。昨日文面を渡され、ユニカも一通り読んだ。普通のお礼状だが……どこか気分が浮ついた状態で書いたような、恋文ではないはずなのに恋文のような印象を受ける文章だった。
ユニカは知らないが、手紙のもとになったのはまさにエイルリヒがティアナに送った恋文そのものだった。エイルリヒの筆跡が残るものはないかとディルクが探していたら、ティアナが十数通の恋文を冷酷にも提供してきた。
そして、ディルクの指図で筆跡のついでに文章も真似られたおかげで、ユニカが違和感を覚えるような仕上がりになったのだ。
まさか自分の書いた恋文がこんな形で流出する羽目になるとは、エイルリヒは思ってもみなかっただろう。
官吏の手から手紙を受け取ったアーベライン伯爵は、文面を目で追い終えると気まずそうに咳払いをした。やはり彼にも、どこか恋文のような印象で受け止められたようだ。
「確かに公子様のお名前が記されております」
「印章は、捺されてあるのでしょうか?」
「いや、ご署名のみです」
伯爵の答えに、チーゼル外務卿はふんと鼻で笑った。
「その手紙、本物と言い切れましょうか。あとから用意された偽物とも考えられますぞ。そもそも、ヒュメル・ヴェロニカはこの時期アマリアではほとんど手に入らないハーブ。にわかに用意できるものではないはず」
「たかだか私的な手紙の一つです。使節の代表として書いたわけではない。印章がなくても不思議はない。それにヒュメル・ヴェロニカは抗鬱の薬になる。まったく流通しないわけではありません」
「わざわざ薬草を仕入れてブーケになさったと?」
「公子殿は、ユニカのために青い花を集めていらした。彼はこだわり始めたらとことんこだわる性分なのです。あり得ることでしょう」
ユニカの代わりに答えたのはディルクだ。彼が食い下がって答えるのでチーゼル外務卿は意外そうに片眉を上げた。すぐにむっと口を引き結び、意地悪く笑う。
「それでは王太子殿下、今すぐ使節の後を追う早馬を出し、公子様にこのことをお訊きするのはいかがですかな」
「無論、そうしていただくのがよい。仮にも王家に迎えられた者が同じ王族を害するなどという醜聞、あってはならぬことです。ユニカにかかる疑いを晴らすためなら証拠はどこまでも突き詰めねば。ただ……」
にこやかに答えていたディルクの声音が急に冷ややかになった。ユニカは思わず彼の横顔を覗う。必然、王もディルクを盗み見ていることに気づく。
「それで外務卿が構わないのなら」
「どういう意味ですかな」
「言葉の通りです」
ディルクがエイルリヒに向けて事態を知らせる早馬を送り出したのはもう四日も前のことだ。天候が悪くても今日、遅くとも明日には公国使節に追いついている。今からエイルリヒにことの真偽を問う使者を送っても、チーゼル卿らが求める答えは返ってこない。
エイルリヒはユニカのためにハーブを集めたと言うだろう。そして公国を盾に、それ以上の追求を拒否する。
この嘘を曝くには、ユニカにハーブのブーケを贈った張本人が名乗り出るしかないのだ。しかし名乗り出れば、ユニカに濡れ衣を着せようとしていたことも明らかになる。
彼らはどちらを選ぶだろうか。あるいはディルクが用意した第三の道を進んでくれても構わない。
「そもそもこのヒュメル・ヴェロニカ、ユニカが所持していたものだと言いますが、一体どうやって入手したのですか? これは彼女の部屋にあったはずだ。なぜここにあるのです」
ディルクは自分の手元に置かれていた小さな花をを掲げて見せた。乾いた薬草に重さはほとんどなく、頼りない。かさかさした手触りと一緒にほのかなラベンダーの香りがする。ユニカに贈られてきたハーブのブーケは、ラベンダーが中心だったという。その香りが移っているのだ。
匿名の告発人は答えなかった。議場がしんと静まり、書記官がペンを走らせる音もやがて止み、しばし完全な沈黙に包まれた。
「告発を受けて、近衛が押収したのでは?」
「私も陛下も、近衛隊長ラヒアックも、そのような指示を出してはおりません」
ある貴族の問いに対するディルクの答えに驚き、数名の貴族が顔を見合わせひそひそと何か話している。
「近衛隊に偽の命令を与え、ハーブをユニカの部屋から強奪した。この審問会で証拠として取り扱うために。……違うか」
氷水を浴びせかけるようなディルクの問いかけに、彼らもぴたりと口を閉じる。
それが誰に対する問いかけなのかは問われた本人にしか分からない。しかし誰も返答しないので、ディルクは更に続けた。
「近衛に命を下すことが出来るのは、国王陛下、その委任を受けた私と近衛隊長のみだ。近衛は王家を守る剣であり盾である。王家の敵を征伐することのみを使命としている。それゆえ我々の権限を侵すことは職制法に反するだけでなく、大逆の罪に値する。それを覚悟した上で近衛を使ったのだろうな」
「……王太子殿下、本日は、リーゼリテ殿下への審問を、」
「ユニカに答えられることはもうない。このハーブはエイルリヒがユニカに送り彼女のもとから盗まれたもの。彼女にかかる疑いは晴れた。ならば次は、王家の統帥権を侵した者を処分せねばならない」
ディルクはアーベライン伯爵の言葉を遮って立ち上がった。
「フーベルト・チーゼル外務卿。卿の席はそこではない。前へ出よ」
名を呼ばれた恰幅のよい大臣は無表情のままディルクを見上げる。
ディルクが指し示したのは、審問を受ける者の席だった。外務卿は両隣の議員たちから驚愕の眼差しで見つめられながらも、仮面のような無表情を崩さないままディルクの示した席へ向かう。
「証拠を掴まれていながら逃亡せずここへ来た卿の矜恃は認めよう。しかし、統帥権の侵犯について言い逃れ出来ると思っていたのなら甘いぞ」
近衛騎士ローデリヒが名指ししたのは、シヴィロ王国の公爵にして外務大臣を務め、王の政治顧問でもあるチーゼル卿だった。彼が、ディルクを王太子に迎えるにあたり、ユニカの排除を推し進めているのだと。
チーゼルがその動きの中心になる理由は、ディルクにも思い当たった。
彼はディルクがエルメンヒルデ城へ入る際、ユニカが現れたことにひどく焦っていた。ユニカの存在を新しい王太子にとって〝いてはならぬ者〟にしておきたかったのだろう。
王がユニカを庇護していても、次代を担うディルクが彼女の存在を認めなければ、いずれディルクがユニカを排除しようとすることを期待して。
しかしそれはあり得ないことだった。
ディルクは、ユニカに会うためにこの国へ来たのだから。
「卿は近衛騎士のローデリヒ・ブレンナイスに命じてユニカの殺害を企てた。それに失敗すると、今度は彼女を公の場で亡き者にしようという企てを……私が把握している限り、卿は三度にわたり近衛に不当な命令を実行させている。理由を述べよ」
「明らかなことです」
答弁席に立ったチーゼル卿は、じっとりと重く、這うような声音で言う。
「王家に巣くう、呪わしき魔女に死を」
廷臣として、それはまっとうな意見なのだろう。
背景がどうあれ、ユニカは数百の民の命を奪い、なんの裁きを受けることもなく、王家に守られ今日まで暮らしてきた。それは事実だ。彼女の苦悩や痛みや孤独など、廷臣たちの知るところではない。
チーゼル卿の言葉を合図に、ユニカが右手に見下ろす位置にある議場の扉を封鎖していた近衛兵が弩を構える。
誰より早く気がついたのは、その手前の証人席に座っていたエリーアスだ。
「伏せろユニカ!!」
彼が叫ぶのと同時に弦が弾ける。放たれた矢はびゅっと不気味な唸り声を上げ、王族の席へ向けて飛んだ。しかしユニカが避けるまでもなく、矢は身を竦めた彼女を反れて王の後ろにある天秤のレリーフに突き刺さった。
「魔女に死を!」
咄嗟に王の頭を押さえつけ自分も卓上に伏せていたディルクには、誰が叫んだのかを確認できなかった。
悲鳴をあげる議員がいる。封鎖されていた議場の扉は内側から開け放たれ、次にディルクが顔を上げると、なだれを打って剣と弩を掲げた兵士が議場に押し入っていた。
ざっと目算する。三十、いるかどうか。
想定より少ない。
多くの廷臣にとってユニカは罪人であり、不穏分子だ。王家のために彼女を排除しようという考えは至ってまっとう。それはディルクも認める。
しかし彼女を手に入れたいディルクにとって、それは容認できないのだ。
「ラヒアック!!」
議場の出入り口は三カ所ある。正面の大扉、東西の脇にある小扉だ。西扉の前では、ユニカに向けて弩を放った近衛兵にエリーアスが飛びかかり、すでにそれを押さえ込んでいた。
一方、ディルクの号令で反対の東扉が開き、抜剣した近衛騎士たちがラヒアックを先頭に駆け込んできた。
「制圧せよ!」
ユニカを排除しようとする者たちの気勢を殺ぐため、ディルクは彼らにある機会を与えた。
追い詰められた彼らが、ユニカを殺す最後の機会。
手駒を摘まれ、いつ捕縛されてもおかしくない証拠を握られていても、王家に捧げる忠誠心のために彼らは必ずユニカを殺しにやって来る。審問会という公の場所で彼女を粛正することで、自分たちの忠義を果たすために。
敵が必殺の一手を繰り出してきた時こそ、最大の好機だ。
議場に溢れた怒号。ユニカはどうしていいか分からなかった。
押し入ってきた兵士は貴族たちに興味がないようで、外へ逃げる彼らを尻目に議長や王が座る――いや、ユニカが座る壇上の席を目指して殺到した。それを近衛騎士が迎え撃っている。
わけが分からない。どうして王城を守る兵士同士が戦っているのだろう。
「魔女を殺せ!」
そんな叫び声がそこここから聞こえた。ああ、なるほど。騎士たちに立ち向かっている彼らは私を殺そうとしているのか。冷静にそう思う一方、剣を抜いた兵士と騎士全員がこちらへ向かってくるような気がして、一気に血の気が引いた。
それはユニカの悪い想像だったが、現実にはいくつもの弩がこちらを狙っているのに気づき、彼女は椅子を蹴倒して卓の下に隠れた。びゅんびゅんと風を切る音が頭上を通り過ぎていく。
どうしよう。逃げなくては。
そう思うが、本能的な恐怖にはユニカも逆らえない。屈み込んだが最後、脚が震えて上手く立ち上がれなくなってしまった。
「ユニカ! こっちだ、来い!」
呼ばれて、ユニカは何とか卓の上に顔を出した。また矢が飛んできて、その鏃はティアラを捕らえた。高い音とともに青金の冠が弾き飛ばされる。
エリーアスは西扉の前へ続く階段の端で手を伸ばしていたが、それを見た彼はいても立ってもいられずユニカの席まで駆け上ろうとした。しかしユニカに向けた弩の連射が止まないので、従者の少年僧がエリーアスに飛びついてそれを阻む。
エリーアスは従者を引きはがそうと怒鳴っているが、ユニカはほっとした。矢がエリーアスに中っては困る。
けれどいよいよ行き場がない。エリーアスのそばへ行ったら彼が危険だ。
不意に、卓の向こうにぬっと兵士の顔が現れた。ユニカに逃げる隙も与えず、卓上によじ登った兵士はユニカの黒髪を無造作に掴んだ。そしてものすごい力で彼女の身体を引っ張り上げようとする。
「っあぅ」
痛みに逆らえず立ち上がる。肩越しに髪を掴む兵士の出で立ちを確かめれば、彼は近衛の制服を着ていた。
この男は味方だろうか、敵だろうか。それすら混乱で分からない。
兵士はユニカの髪を掴んだまま、勢いに任せて彼女の頭を卓上に叩き付けた。あまりの痛さに視界で火花が散った。そんなユニカの肩を踏みつけ、兵士は頭上に大きく剣を振り上げる。
議場の天窓から光が差し込んでいた。雲が切れたのだ。
ユニカは首を捻って兵士を見上げる。逆光で相手の顔が見えない。黒い影でしかない剣の輪郭もぼやけている。まだ目の前がチカチカする。頭を打ったせいなのか、それとも。
そしてその影が、無言で振り下ろされ――
刃がユニカのうなじに達する直前、鞭を打つような音と同時に青白い光が弾けた。
「ぎゃああっ!」
青い電流をまとった剣を放り投げ、兵士が卓上を転がり落ちていった。その光景に混乱を極めていた議場は水を打ったように静まりかえった。
落ちていった兵士は議長席の卓上でびくびくと痙攣していた。鍔迫り合いをしたまま振り返る兵士や騎士は、ユニカの『天槍』を喰らった彼を呆然と見ている。
「殺せ!!」
その沈黙を打ち破って、チーゼル卿が叫んだ。
「殺せ! その魔女の首を落とすのだ!!」
わぁっと、再び怒号が湧き上がった。突っ伏したまま咳き込んでいるユニカのもとへ騎士を踏み倒し兵士が卓上を登ってくる。
王を卓の下に無理矢理押し込んだディルクは彼らと同じように卓上へ飛び乗り、ユニカに掴みかかろうとしていた兵士を蹴り落とした。
「立つんだ、こちらへ……!」
ひとしきり兵士を追い払うと、ディルクは苦悶しているユニカを乱暴に抱え起こした。兵士に踏まれたのが塞がりかけていた傷口だったようで、ディルクに腕を引っ張られるとユニカは短く悲鳴をあげる。
ディルクの胸にしがみつきながらようやく立ち上がったユニカは、弩を抱えた兵士が二人、彼らのすぐそばまでよじ登ってきているのに気がついた。
けれど咄嗟に声を上げることを思いつかず、ディルクの腕をぎゅっと掴むことしか出来ない。
じゃり、と金属の擦れるような感触が掌に伝わるが、そんな違和感も混乱した頭の中では一瞬で溶けて消える。
「殿下!」
兵士を取り押さえていたラヒアックが叫んだ。ディルクが振り返ったのと、弩の照準がユニカに合わせられたのはどちらが早かったか。
矢が弦から放たれる音と同時に、ディルクはユニカを押し倒す。
卓の間に倒れ込んだユニカは下敷きにされながら呻いた。重たい。けれどディルクが上手く庇ってくれたので今度は頭を打たずに済んだ。
「殿下……」
ユニカが呼ぶと、耳元でディルクの吐息が揺れた。くっと、微かに。
(笑った……?)
彼が起き上がろうとするので、ユニカは怪訝に思いながらもディルクの背に回していた腕を解いた。しかしその途中で、硬い小枝のようなものに手が引っかかる。するとディルクが動作を止めて息を呑んだ。
ユニカは小枝の正体を確かめようと、首をもたげてディルクの背中を見た。背中、というよりは左の脇腹に近いところに、今の弩から放たれた矢が突き刺さっているではないか。
「――でん、」
ディルクは悲鳴をあげそうになったユニカの唇ををやんわりと人差し指で塞ぎ、微笑んだ。そして起き上がり卓の上に登ると、抜き放った剣で迫ってくる兵士の手から武器を叩き落とす。
呆然とその後ろ姿を見ていたユニカは、更に叫びそうになって慌てて自ら口を塞いだ。
ディルクが自分の背中に生えている矢を掴み、何の躊躇もなくそれを抜いたのだ。
「フーベルト・チーゼル!!」
大音声は剣戟を切り裂き、興奮で顔を真っ赤にしながら兵士たちの戦闘を見ていた外務卿の耳にも届いた。はっと顔を上げた彼は、ディルクが掲げ持っている矢に気づいて一瞬だけ怪訝そうな顔をする。
「卿の号令で放たれた矢だ。これに私の血がついている意味が分かるか」
血の上っていた彼の頬が、みるみるうちに白く褪めていく。よろけたのか、外務卿は一歩後退った。
「逆賊を捕らえよ。抵抗する者は殺せ」
冷徹に命じるディルクの上着、矢を抜いたところにはじわじわと赤い染みが広がる。
エリーアスが駆け寄ってきて抱きしめてくれたのにも気づかず、ユニカは歯を震わせながら、王太子の後ろ姿から目を離せないでいた。
【第3章へ続く】




