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第92話「もし、それがあるのなら」


  ビッグ・テック社がディフレクターシールドを用意してくれたおかげで「食事処 げん」はとりあえず物理的に消失するという危機から脱した。

 

 しかし、近辺の建物にはわずかながらも被害が出ており、逃げ惑う人々が右往左往して近くのシェルターに駆け込んでいるのを見ると、自分たちもとりあえず非難した方がいいのか、と源二は考える。

 

 上空では三社統合軍とペッパーフィッシュ社が空中戦を始めたのか、爆発音が聞こえてくる。

 

 空爆に使われたものがどのような爆弾、あるいはミサイルの類かは源二には分からない。しかしディフレクターシールドによって攻撃が阻まれた際に近隣に霧散したレーザーやビームの類ではなく破片が飛び散って様々な器物を損壊したことを考えるとよくあるSF創作物、特にスペースオペラで出てくるようなエネルギー弾ではなく実弾が今でも使われているのだろう、とは想像できる。

 

 とはいえ、上空を見上げると時折緑色の光線が通り過ぎていくので戦闘機の機関砲はレーザー砲に置き換えられているのか、と考えてしまう。

 

 不謹慎ではあるが、未来の戦闘というものを目の当たりにして源二のテンションはかなり高まっていた。ディフレクターシールドによる防御、三社統合軍の援護という安心感が源二に命の危険を感じさせるより興奮を覚えさせてしまったのかもしれないが、現実で起こっているのに現実離れした戦闘は源二の興味を引くには十分だった。

 

「おいゲンジ、シェルターに行くぞ!」

 

 ヨシロウが源二の腕を掴む。

 源二も慌てて走り出した。

 上空を通り過ぎる熱核エンジンの轟音、空中での爆発音から続く地上での爆発音。

 

 ディフレクターシールドが展開されているのは「食事処 げん」が入っているビルの周囲だけなので、上空で戦闘を行っている戦闘機が撃墜されてもこのビルに向けて墜ちて来ない限り被害を抑える方法はない。

 

 流石にそこはパイロットもプロなので機体の落下先を東京湾にする、人気のない空き地にする、あるいは再開発のために人払いがされた廃墟区域にする、という極限の配慮は行っているだろうが、それでも市街地に墜ちる可能性がないとは言い切れない。仮にディフレクターシールドによる運動エネルギー偏向を狙った場合、シールドが維持できなくなればその時点で詰みである。

 

 だからこそヨシロウはディフレクターシールドの万能性を信用せず避難を決断した。それに、落ちてくるのが実体物だからといって油断はできない。ディフレクターシールドは物理法則には有効であってもエネルギーそのものを捻じ曲げる力はないのだ。地上に向けてレーザーを撃たれればシールドを貫通してしまう。

 

 ヨシロウに誘導されるまま近くのシェルターに身を寄せ、源二がはぁ、とため息をつく。

 

「……なんかとんでもないことになったなぁ……」

「いやマジで。生きてる間にトーキョー・ギンザ・シティが二度も戦場になるとか思ってなかったぞ」

 

 シェルターには数多くの避難民が思い思いの場所で座っている。何が起こったのか理解できず泣きわめく子供、怯えたように身を寄せ合うカップル、仕事が忙しいのにと愚痴る会社員、そういった面々を見て源二は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

 元はといえばペッパーフィッシュ社が「食事処 げん」を空爆しようと企んだからだ。その理由は推測になるが以前の交渉を打ち切られたことによる腹いせ、あるいは他の企業の手に落ちるなら全て消してしまえというやぶれかぶれの行動。

 

 いずれにせよ、火種が自分にあるのは源二にも理解できた。「食事処 げん」があったから、このような戦闘が起こってしまった。

 

「あー……。今近くのシェルターに避難した。『スノウフォックス』、援護する」

 

 シェルターの隅を陣取り、ヨシロウがぶつぶつと呟きながら空中に指を走らせている。

 

「ヨシロウ?」

「あぁ、悪ぃ。ペッパーフィッシュにお仕置きするために『スノウフォックス』と相談してたところだ」

 

 ヨシロウが「スノウフォックス」なるハッカーとやり取りしているのは彼の周囲に浮かんでいる通話ステータスで分かった。誰と通話しているかは分からずとも、この状況で関係のない人間と通話するはずがない。なんとなくは予想していたが、やはりビッグ・テック社が雇っているというハッカーだったか。

 

 「スノウフォックス」が空気を読んだのだろう、源二を通話に割り込ませてくる。

 

《はじめまして。『スノウフォックス』と申します。以後お見知りおきを》

「あ、どうも」

 

 ぺこり、と源二が会釈する。

 

《実は一度だけお邪魔して食事を楽しませていただきました。食事なんてただ生きるための作業だと思っていたのに『食事処 げん』の料理はその常識を覆した。ビッグ・テック社が貴方を守るというのであれば喜んで力を貸しましょう》

「え、お前食いに来てたの!?」

 

 ヨシロウが素っ頓狂な声を上げる。

 

「マジか、全然気づかなかった……」

《当たり前でしょう、私たちハッカーは常に素顔を隠して活動しています。私だって貴方の顔を知りませんよ。『食事処 げん』に行けばワンチャン見られるかと思いましたが不在だったので》

「ま、それもそうか」

 

 納得してヨシロウが引き下がる。

 

「……しっかし、女かよ……調子狂うな……」

 

 ヨシロウが視界に映り込んだホロキーボードに指を走らせながらぼやいているところを見ると、ハッカーというものは誰もがリアルを隠しているために素顔どころか性別すら知らないのが常識ということか。

 

《私が男か女かなんて今はどうでもいいでしょう。ヴァーチャルSNSではなくリアルで通話したのですから私が女とは知られてしまいましたが、これからの仕事に性別は不要なはずです》

「それはそうだけどよ、なんかやりづれぇんだよ」

「別にいいだろ。助けてくれるなら心強い」

 

 ぼやくヨシロウに、源二が横から口を出す。

 

「えーと、『スノウフォックス』さんでしたっけ? 俺としては心強いです。いつかお礼しないといけませんね」

《それでは——全てが終わってから私にタイショー渾身のフルコースをふるまってください。特別な食事でフルコースというものがあると聞きました。普段ならそんな時間のかかること、とは思うのですがタイショーの料理ならきっと映えると思いまして》

「それなら喜んで」

 

 「スノウフォックス」の提案を、源二はあっさり受け入れる。

 自分の料理を楽しみたいというのなら敵であろうと料理を出す、というのが源二のスタンスだが、「スノウフォックス」も隠れて店に来て料理を楽しみ、また食べたいというのであればそれ以上に嬉しいことはそうそうない。

 

 この時点で源二は「どんなフルコースにしようか」と考え始めていた。

 

「じゃ、俺はお仕置きの邪魔にならないようにその辺うろうろしてるんで」

《タイショー、》

 

 ハッキングにはかなりの集中が必要と分かっているからと離れようとした源二に「スノウフォックス」が声をかけた。

 

《制空権はすぐに取れるでしょうが、タイショーを狙った地上部隊の動きも関知しています。シェルターは封鎖されているでしょうからそう簡単に突入してくるとは思いませんが、それでも警戒だけは》

「ありがとう。しかし今回の戦いの火種が俺とか、実感湧かんな……」

 

 立ち上がり、源二はシェルターの中をぐるりと見まわした。

 こういった施設は数日は凌げるよう設備が整っているものだが、この時代で避難訓練など受けたこともなく、中に何があるのか皆目見当がつかない。

 

 ざっくり見た感じ、トイレ、シャワールームはすぐに目についた。

 トーキョー・ギンザ・シティの行政職員が広いホール状のシェルターを走り回って床のパネルを操作している。すると床からパーテーションのような壁がせり上がり、避難民のプライバシー確保のために区切りを作る。源二が床を見ると一定間隔でラインが刻まれており、床のパネルを操作することで世帯に応じた広さの区切りが作れるらしい。

 

 見た目はパーテーションのような薄い壁だが、吸音性能がいいのか壁に囲まれた世帯にいた子供の泣き声がほとんど響かなくなっている。

 

「……すげえな……」

 

 未来の避難施設はここまで進歩したのかと感心しながら源二は区切りが作られてマンションの廊下のようになったシェルター内を歩き出した。

 トイレとシャワールームは見ていたが、それ以外にも幾つか部屋があることには気づいていた。

 

 どんな設備だろう、とシェルターの壁際に出て歩いていた源二の足がとある部屋の前で止まった。

 

「……給湯室……」

 

 プレートを読み上げて、源二はいやいやと首を振る。

 給湯室といえばオフィスビルでもお茶やコーヒーを淹れるために湯が沸かせる設備であって、決して台所の類ではない。オフィスによってはガスコンロなども設置されているがそれで料理をする、という話は聞かない。ましてや味覚投影が当たり前のこの時代だと非常食も全てパウチ式のレトルトかエナジーバーのはずだ。フードプリンタがあるはずがない。

 

 ——と考え直した源二だったが、脳内には一つの可能性が浮上していた。

 もしかして、フードプリンタもあるのではないか——という。

 

 非常食が大量に用意されていて、味覚投影で好きに味を変えられる。しかし、乳幼児に対しては?

 もちろん、離乳食として作られたレトルト食品も常備されているだろう。それでも大人用の非常食に比べて量は少ないだろうし、日持ちの都合もある。その点フードトナーは超長期保存も可能で、離乳食も当然必要な量だけ出力ができる。

 

 そう考えると、フードプリンタがこの給湯室にある確率はぐんと上がる。

 思わず、源二は近くにいた行政職員に声をかけていた。

 

「あの、すみません」

「? どうされましたか?」

 

 首をかしげる行政職員に、源二は思い切って質問を投げかける。

 

「このシェルターに、フードプリンタは備え付けてますか?」

「……え?」

 

 思いもよらなかった源二の質問に、行政職員は驚きの声を上げるしかなかった。

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