第74話「選ぶべき道は」
「お疲れさん」
ピークタイムが終了し、客脚が捌けたタイミングでヨシロウが「食事処 げん」に顔を出す。
「お、そろそろだと思ってたよ」
何食う? と尋ねながら源二がヨシロウにお冷の入ったコップを差し出した。
あのマイクロピースの次期社長と名乗る青年と一悶着あったとき、ことの発端は「お冷を出せ」だった。
普段は源二が客と交流したくてお冷を差し出すことが多いが、本来のルールではお冷はセルフサービスである。その点で青年にお冷を差し出さなかったのは本能的に「関わりたくない」と思っていたんだな、と源二は後から考えていた。
青年のあの態度を考えればお冷を差し出したところで青年が無理難題ふっかけるなりありえない態度をとるなりで源二がキレた可能性もあったのであの展開はなるべくしてなった、と源二もヨシロウも考えていた。
「牛丼頼む」
「あいよ」
ヨシロウのオーダーを受け、源二が牛丼を出力する。
出来上がるのを待つ間、ヨシロウは源二に一つのニュース記事を転送した。
「あのドラ息子のせいでマイクロピース事業終了だってよ」
「マジか」
まぁ、派手に炎上してたもんなあ、と呟きつつ源二は苦笑する。
「でも、あれは俺にも非があったからそれで会社が潰れるのはなんか違和感——」
「それな。炎上ついでに不満を持った社員が内部告発して炎上が大爆発案件になったわ」
「マジでか」
思わぬ事態に源二が手を止める。
「マイクロピースって俺、BMS用のナノマシン作ってる会社って程度しか知らないがそんなにヤバかったのか?」
「ああ、ちょっと調べたらかなりのブラック企業だったっぽいな。あのドラ息子どころか親まで普通に横領してたらしいし社員に対する契約不履行とか当たり前だったようだ。声を上げれば即座に特定してストレスレベルを急激に上げて自主退職に追い込むとかザラだったようだぞ」
「うわ〜……」
流石の源二もドン引きである。
元の時代で勤めていた会社もブラック企業で、嫌がらせはいくつも受けてきたが、マイクロピースの悪事を聞くと俺の会社ってまだ可愛かったんだな……とさえ思えてくる。
企業社会も大変だな……と思いつつ、その企業の生き残り競争の激しさも思い知らされ、源二はちら、と後ろのフードプリンタに視線を投げた。
自分はどうだろうか。
今の自分の願いが「自分の料理で企業の頂点を目指す」と明確になった今、こういった企業の没落は見ていて辛い。同時に、きちんと襟を正さなければ次にこうなるのは自分だという実感も湧いてくる。
いや——ただ襟を正すだけではこの企業戦争に生き残ることはできない。表面的には襟を正しつつ、水面下でライバルの足に毒針を刺すくらいの覚悟がなければ生き残れない。
「……なあ、ヨシロウ」
ヨシロウの名を呼ぶ。ヨシロウが怪訝そうな顔で源二を見る。
不安が声に出てしまったか、と思いつつ、源二は胸の裡を吐き出した。
「俺、うまくやれるかな」
「やれるやれないじゃねえよ」
間髪入れず、返事が飛んでくる。
「やれるやれないじゃない、やるかやらないかだ。撃っていいのは何とかって言うだろ」
「ちょ、おま」
それは元の時代で人気を博したアニメに出てきた台詞だ。元々はアメリカのハードボイルド小説に出てきた文言らしいが、アニメで取り扱われたことによってネットミームとしてよく使われる言葉になってしまった。それが根強くこの時代にも生き残っていたのか。
言葉の意味としては「やり返される覚悟がないならやるな」として広まっているが、あれは元々その真逆の意図で使われたはず。撃たれる——やり返される覚悟を真の意味でできる人間などいない、だからそもそも撃つべきではない、そういう意味だったのかもしれない、と作中で語られていたはずだ。
とはいえ、文字通りの意味として広まったのは事実で、ヨシロウも例にもれず広く知られている意味で使ったのだろう。
しかし、ヨシロウの一言に源二の心はすとんと収まるところに落ちた。
やれるかどうか、は単純に日和っていただけだ。やると決めたのなら行きつくところまで走らなければ何も掴むことができない。
「——そうだな、やられることを怖がってやらなきゃ何も始まらない」
「そのための俺や白鴉組だ。企業のてっぺんを目指すなら利用できるものは何でも利用しろ」
ヨシロウの言葉に、源二はああ、と頷いた。
「頼むぜ相棒」
「任せろ相棒」
自然と二人の手が挙げられ、拳がこつんとぶつけられる。
「——で、だ」
手を下ろし、ヨシロウが店内を見回す。
「この店、手狭になってきたと思わないか?」
「あー……」
言われて源二も周りを見回す。
店内はカウンター席のみで、今はピークタイムを過ぎてがらんとしているが、混雑時は常に満席、店の外に多少行列もできるくらいである。時間に追われる常連は並んでいるのを見て諦めることもあるくらい、座席は足りないと言える状態だった。
源二もそれは自覚していたので、ヨシロウがまず話題にしてくれたことに感謝する。
「ちょっと待たせるのも申し訳ないんだよな」
「まぁ、待てる奴は待ってくれるが、時間のない奴の方が多いからな」
「そうなると、店としては機会損失だよな」
時間がないからで別の店に行ってしまえば、その分「食事処 げん」の売り上げは下がる。
しかもピークタイムとそれ以外の客の入り方は完全に二分されており、アイドルタイムは今のように客がいないタイミングも発生する。
できればある程度の波はあれども空席が多い時間を減らしたいと思う源二にとってはピークタイムの客の集中は大きな課題だった。
「……移転、した方がいいかなあ……」
もう一度店内を見回し、源二が呟く。
「食事処 げん」がオープンしてからずっと笑いが絶えなかった店内、移転という言葉を口にした途端、それが一気に静まったような錯覚を覚える。
移転、と口にするのは簡単だったが、それがすぐにできるようなものではないことは分かっている。新たな店舗の立地や各種許可、内装など考えることは多い。
幸い、店の人気やアジトモ社のパーティー参加といったことで収益はかなりの額に上り、よほどの高級店舗を借りない限り赤字になるようなことはない。移転に関して懸念点があるとすれば常連が付いてきてくれるか、ということくらいかもしれない。
とは思ったが、この店の常連は悪い意味で源二に惚れ込んでいる。ある種のカルト宗教のような勢いで崇められているような気がする。いい意味で考えれば源二の料理に唯一無二の価値を見出し、どこまでもついていくと言ってくれそうだが、それでも小ぢんまりとしたこの店を離れるのはいささかの寂しさを覚えた。
しかし、そんな感傷に浸っていれば「てっぺんをとる」は夢のまた夢。夢を本気で叶えたいと思うのなら、多少の犠牲は覚悟しなければいけない。
そう、思ってもやはりどこかで引っかかってしまった。
「移転、した方がいいと思うが、なんか日和っちまうんだよな……」
そう呟いたところで、源二は牛丼を出力していたことを思い出し、慌ててフードプリンタから取り出しヨシロウに差し出す。
「おっと、忘れてた」
ヨシロウも苦笑しながらスプーンを手に取り、牛丼を口に運ぶ。
「まあ、今すぐ移転しなきゃ店が潰れるってこともねえからさ。じっくり納得いくまで考えたらいいんじゃねえか? 俺はお前の意思を尊重する、移転しろとも移転するなとも言わねえよ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
できればこの店は守りたい。それでももっと多くの人に料理を楽しんでもらいたい。
源二の視線が壁のホロポスターに流れる。
「ゴーストネオン」とのコラボ告知ポスター。
そういえば、「ゴーストネオン」も源二のバタピーのおかげで客が増えたと聞く。
うまい酒と味覚投影せずとも食べられるうまいつまみという触れ込みは大成功だったらしい。
そんなことを思い出し、源二はふと一つの可能性を思いついた。
「……暖簾分け」
「ん? どうした?」
源二の呟きに、ヨシロウが牛丼を食べる手を止める。
「いや、暖簾分け——チェーン展開もありなのかな、って」
「チェーン展開……」
それは考えていなかった。
チェーン展開、ということは「食事処 げん」を完全に法人化し、決められた規格で作られた一定クオリティの料理を複数店舗で提供すること。
メリットとデメリットは、とヨシロウは素早く考える。
「確かに、本店はここで、移転しなくても客を他の店に分散させる、他の店に新規客を呼び込めるというメリットはあるな」
「そうだろ? チェーン展開することで『食事処 げん』を一つのブランドにすることができる」
「だが、デメリットも大きいぞ」
ここから先は源二がデメリットをどこまで受け入れるか、という話になる。
デメリットと聞いて、源二も真顔でヨシロウを見た。
「他の店舗の店員がレシピを漏らす可能性がある。他にも店舗自体が買収される可能性もあるぞ」
「分かってる」
それは源二も理解していることだった。
調味用添加物の調合レシピを各店舗に送れば、人間がかかわる以上セキュリティは弱くなる。店長にのみ調合レシピを教えても店長が企業に買収されればそれで終わりだ。
それを防ぐために、アジトモ社のパーティーで使ったようなカプセルを大量生産して在庫管理させるという手があるが、カプセルそのものを盗まれればそこから成分分析も可能。
店舗数を増やすということは、それだけレシピが流出するリスクも高まる。
これがどれだけ受け入れられるか、と源二は自分に問いかけた。
レシピ流出といえば「ゴーストネオン」にバタピーを卸した時点でその覚悟はできている。それが他の料理に対してもできるかどうか。
「……うーん、今すぐに答えを出せ、と言われると難しいな」
「考えるのやめやがった」
やはり、多くのことが懸念点となって思考が停止してしまう。
リスクを冒さなければリターンも得られないのは分かっているが、それでもそのリスクを極限まで減らしたいという欲が前に進む足を止めてしまう。
「ま、暫く考えたらどうだ? 最近、お前考えることが多かったからな。少し休め」
「そうだな」
ヨシロウの申し出に、源二は小さく頷いた。
移転するか、チェーン展開するか。
一つの分岐点だな、と考え、源二は自分も昼食を摂るべくフードプリンタにレシピを入力した。




