犬の正体とエピローグ
「夢、じゃなかったの?」
「はい」
パクパクと口を動かすけど声が出ない。そんな僕の頭を大きな手が撫でる。
「え、でも、どうし……えぇ!?」
「主は獣人をご存知ですか?」
母からは、怖い存在で食べられる、と教えられた。
だが、城に来てから学んだ内容によると、獣人は獣の強さを併せ持ち、騎士や貴族など国内でも重要な役割をしていることが多い、とあった。
「もしかして、ヴォルフは獣人?」
僕の問いに端正な顔が嬉しそうにとろける。
「はい、狼の獣人です」
「……そう、なんだ」
驚きながらも、なんとか状況を呑み込んでいく。
「えっと、じゃあ、なんで森の中にいたの?」
「それは森の中に王の血を引く者がいる、という話を耳にしまして、その存在を確認するためでした」
ヴォルフの話をまとめると、母は王都に近づかないことと、王位継承権を放棄することを条件に僕と森の中に住んでいた。そして、たまに来る行商も王家の密偵で、母と僕の様子を伺っていたという。
「長きに渡る重税と抑圧で民は限界でした。現状を進言した家臣は処刑、もしくは追放。治政はまともに機能しておらず、他国に侵略されるのが先か、国が亡ぶのが先か、という状態でした。そこで、民から革命を起こすから手助けしてほしいと相談をされ、王族の血縁について調べておりました」
「それは、殺すために?」
質問に答えるように逞しい腕が僕をギュッと抱きしめる。
「革命を成功させるなら、王の血は残せない。そう考えての行動でした。ですが、森の中で私は行商に扮していた密偵に見つかり、傷を負って動けなくなりました」
「それを僕が見つけた?」
「はい。最初は動けるようになったら、すぐに城へ戻るつもりでした。ですが……」
ふいに切れた言葉。
「なにか、あった?」
無言のまま黒い頭が動く。高い鼻が甘えるように僕の首筋を撫でた。そのひんやりとした感触に声が漏れる。
「ちょっ、くすぐった……ん!」
両手に力を入れて離れようとするけど、大きな体はビクともせず。
そのまま僕の耳元で囁くように訊ねてきた。
「番をご存知ですか?」
「つがい?」
そういえば座学で習ったような気がする。獣人は生涯でただ一人、番と呼ぶ伴侶を娶ると。それは本能であり、相手を見つけると首筋に噛みついて求婚するとか。
と、ここで僕の首筋に薄い唇が触れた。
「ふぇ!?」
驚く僕を楽しむように、太い指が首から背中へ添うように撫でる。
「はじめは信じられませんでした。ですが、本能には逆らえず、少しでも長く側に居たいと感じてしまいました。それでも、城に戻らないわけにはいかず、苦渋の想いで去りました」
なんとなく嫌な予感がしつつも、質問をしたらドツボに嵌まる気がして僕は無言のまま続きを促した。
「それから、しばらくして主が城へ連れてこられたことを知りました。ですが、その頃の私は王と革命軍、両方の動きを追っていたため自由に動けず。ようやく、主の部屋へ行けた時はこのまま閉じ込めてしまおうかと考えたほどです。まぁ、すべてが終わったら自分の屋敷に閉じ込めるつもりだったんですけどね」
最後は軽い口調だったが、内容が激重すぎて僕の背中に嫌な汗が浮いた。
「もしかして、このまま閉じ込めるつもり?」
質問に答えるように高い鼻がツンと僕の耳を撫でた。
「いえ、その気持ちは消えました。あの時に」
「あの時?」
ずっと僕を抱きしめていた腕が緩む。そして、端正な顔が蕩けるような笑みを浮かべた。
「絶望していた民に希望を示し、導いた。その輝かしい姿に、私は心の底から惚れました」
「惚れっ!?」
思わぬ単語に絶句していると、ヴォルフは夢うつつに語りだした。
「最初は番だから惹かれているかと思っていましたが、そうではなかった。私の本能は主の真の姿を見抜いていた。閉じ込めていては主の輝かしい姿を見ることはできない。もっと主の輝く姿が見たい。だから、私は主に仕えることにしました」
頭を殴られたような衝撃の連続に言葉が出てこない……というより、現実逃避したい。いや、夢であってほしい。いや、夢ということにしよう。
「おやすみなさい」
僕は目を閉じて無理やり寝ることにした。
窓から入る朝日は眩しいし、やらないといけないことは山積み。でも、この現実は受け入れられない。
意地で寝ようとする僕の首にチョン、と爪が触れた。
「噛んでもいいですか?」
「ダメ!」
反射的に体を起こして逃げるようにベッドから飛び降りる。
「あれ?」
しっかりと抱きしめられていた腕から抜け出せたことに驚いていると、ヴォルフが服を着ながら声をかけた。
「王としてしなければならないことは山積みですから。さっさと行きましょう」
「あ……うん」
全身を包んでいた温もりが消えたことに何故か寂しさを覚える。
(なんでだろう……)
理由がわからず考えていると、ヴォルフが提案した。
「私も早めに仕事を終えますので、そうしたら狼の姿で一緒に寝ましょう」
黒いもふもふの毛の感触が脳裏に浮かぶ。あの温もりと寝られるなら……
「頑張る!」
僕は両手を握って意気込んだ。
~
それから、僕は周囲の力を借りて国の立て直しに奔走している。
ちなみに捕らえた元王は、隣国に亡命をして、その間に隣国の兵に革命軍を片付けてもらい、反抗する者がいなくなったところで再び国に戻って王となって優雅な生活をするつもりだった、という。バカバカしいも、呆れるも、遥か彼方に投げ放つほどの舐めくさった計画をしていたという。
その報告を聞いた僕は怒り狂ったが、ここで処刑をするのは違う気がした。
そこで、元王と一緒に逃げた親族と家臣には城の修繕の仕事をさせることに。肉体労働なんてしたことない人たちだから、ブチブチ文句を言っていたらしいが、今はそれどころではない。
一緒に城の修繕をしているのが、革命軍に参加して、その場のノリと勢いで城を破壊した民たちなのだ。民たちも最初は反論していたが、自分で壊したんだから、自分で修繕しろ、と言ったら渋々従った。
そんな血気盛んで、王家を憎んでいる人たちが働いているところに放り込まれた王たち。一応、殺されないように兵に見張りをさせているが、王たちは殺気のこもった視線と怨嗟のこもった陰口を毎日浴びている。
「元王たちは、しばらくあれでいいとして……」
城内の廊下を歩いていると、疲れた顔で立ち話をしているバルトルトがいた。
「王の仕事がこんなにあるなんて聞いてねぇよ。なんで、オレが補佐なんか……」
「口を動かす暇があるなら、手を動かしてさっさと報告書を出せ。民の状況はおまえの方が詳しいだろ!」
僕はグチグチ文句を言っているバルトルトの尻を蹴った。物理的に。
もともとは、僕を生贄のように殺そうとしたんだから、これぐらいしてもいいと思う。
少し伸びた金色の髪の下にある緑の瞳がジロリと僕を睨む。それから、肩を落として軽く手を振った。
「へい、へい。頼むから、おまえは倒れるなよ。おまえの仕事までしたくないからな」
バルトルトも負い目があるのか蹴られたことの文句は言わず、渋々と仕事に戻っていく。
こうして執務室に入ると、すでに書類の束を抱えて控えている文官たち。その他にも、執務机の上には書類の山。
その光景に僕は頭をかいた。
「街の整備と、あの案件があったんだった。あと、国内の有力貴族に根回しをして、復興の財源も……あー、もう! 知識も人手も足りない! 全部たりない! 身分とか関係なしで優秀な人材がほしい!」
「そこは今、集めていますから」
そう言いながら、僕の背後に控えていたヴォルフが手紙を差し出した。
「シナ王子より、遊びにいってもいいか、という催促の手紙が来ております」
「この前、断ったばっかりなんだけど? 一年ぐらいは来るなって返事しておいて」
「わかりました」
城の人手不足は深刻で、騎士団長のヴォルフが護衛も兼ねて執事のようなことまでしている。超優秀だからできることだが、いつまでもこうしてはいられない。
「早く有能な執事を見つけないとなぁ。ヴォルフも騎士団長の仕事ができなくて困ってるでしょ?」
「いえ」
平然とした顔で僕の手を取って甲に薄い唇を落とす。
「主と一緒にいられるので、問題ないです」
僕はカァァァと顔が熱くなるのを感じた。たぶん、きっと、絶対、顔が赤くなっている。
「それが問題なんだ!」
執務室に控えていた家臣たちの生温かい視線を感じながら、僕は今日も王として慣れない執務に取り掛かった。
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