【四二】妖精族 その一
高大一貫教育の大学三年生になり、実習のために船で離れ小島へ向かっていた主人公は突然の嵐に遭遇してしまう。
気が付くと大学生男子一名、女子七名と女教師二名だけが異世界の孤島に漂着していた。
ここから孤島でのサバイバル生活が始まる。彼、彼女らは専門分野別に集められたエリート達だった。
生活する上で不可欠な拠点造り、食料の調達から始めることになる。
かつての世界の技術力を駆使した武器や輸送手段を筆頭に様々な開発も行うことになった。
最大の問題は武器、輸送機に使用されていた原料がこの世界には存在し無いこと。
新たなエネルギーを得るために悪戦苦闘するメンバー達。
発見された常識を覆す新エネルギーは後の大発明へとつながって行くことになる。
この世界を統治する王国や巨大生物、未知の病などと格闘する日々が続く。
次々と降り掛かる問題を持ち前の技術力と結束力で乗り越えて行く。
自分達の国を創り上げるため奔走する冒険と青春の物語である。
心愛と花江は一路、南東に位置する森林地帯を横目に大陸の南部目指してミニホバーで爆走していた。
森林地帯へは花梨と初音が向かっている。
西側を見ればどこまでも続く広大な草原の先に大きな山々が見える。
愛理と希美が向かった先だ。
心愛達はエルフ族のいる森林地帯を抜けた更に南方にある大きな湖を目指していた。
この湖は広い湿地帯に囲まれていて、飛行出来れば良いものの人族では心愛達の乗るホバーのような水陸両用車でないと湖に近付くことも出来ない。
妖精族は基本的に羽を持ち、飛行出来るので何の障害にもならないのだ。
森林地帯を抜けて二日ほど進むと湿地帯に入る。
現在、これから湿地帯に入ろうかという位置まで来ていた。
「いよいよ妖精族の住む湿地帯に入りますね」
「うん、順調・・」
花江の問いに、ここまで問題無く順調に来れたことに安堵する心愛だった。
この湿地帯は湖を囲むように形成されていて、南端は外海に面している広大なものだ。
かつての世界では釧路湿原という外海に面した環境の湿原があったが、規模はざっと十倍以上はあるだろう。
夕闇に空が染まり始め、湿地帯の中で停泊することになった。
水生植物が生い茂り、葦に似た植物が水上に多く茂る場所を選んで停泊した。
心愛達は通常時に使用するタープとスクリーンでは無く、水上でも設置出来る浮き袋で囲まれた大きな筏をホバー横に浮かべた。
トンッと躊躇無く飛び移る心愛を見て「そ、そんな飛び降りて大丈夫なの?」と花江の方があたふたしている。
「んっ・・大丈夫・設計通り」
心愛は筏の上でジャンプして筏の出来具合を確かめ、予定通りの性能に満足げな顔をした。
あわあわ言っている花江の手を取って筏に連れてくると、最初はおっかなびっくりだった彼女だったが予想以上の安定感にホッとしたようだ。
「良かった、これならここで食事が出来るわね・・私の方がお姉さんなのに慌ててごめんね」
「・・大丈夫、想定内・・」「うっ・・それはそれで堪えるわ」
徹底した合理主義の心愛は一人で放っておくと最低限の簡単な食事しかしない。
今回、心愛の同伴に花江が選ばれたのは交渉相手が妖精族で好戦的では無いことに加えて、ちゃんと食事を摂る環境を花江が整えてくれるだろうという算段があってのことだ。
これは拠点を出発する前に勇作から頼まれたことでもあった。
テーブルや椅子等の用意を心愛に任せて、花江は夕食の支度を始めた。
今夜のメニューは燻製肉と野菜のサンドウィッチ、ソーセージと野菜たっぷりのポトフ、茹で野菜を特製マヨネーズで和えて巻いたベジ生春巻き、デザートは蜂蜜をふんだんにかけたフルーツ乗せパンケーキだ。
ともすれば食の細くなる心愛のために思わず食指が伸びてしまうメニューで構成してみた。
「・・んっ、美味しい・・花江は料理上手」
「ふふっ・・ありがとう、他ではあまり役に立てないから頑張っちゃった」
「・・グッジョブ・・」
心愛は次々と料理を口に運び、リスのように頬を膨らませながら賞賛した。
苦笑いしながら花江は一仕事終えたと肩の力を抜いた。
野宿としては豪華な夕食後のティータイムに二人は満天の星空を眺めていた。
「本当にこの世界の星空って綺麗ね・・」「・・んっ」
「日本では町の明かりが強くて星空が見えないから、よく近場の高原まで足を伸ばして見に行ったわ」
「・・花江は星が好き?」
「そうね、好きよ・・大空で数え切れないほどの星空を見ていると嫌なことも忘れられるからかな?」
「・・嫌なこと?」
「うん・・私っておっとりしてるじゃない?と言うか鈍くさいでしょ?・・教師の仕事を始めてからそのことで同僚達によくいじめられたわ」
「・・」
「催事の準備をしていても同僚達みたいにサクサクこなせないし、結局、周りに迷惑掛けちゃうしね」
「・・」
「でもね、お料理とかお裁縫だけは同僚達よりも早くて出来も良かったわ・・その時、思ったのよ・・私にはこれしか無いって」
「・・卑下することは無い、花江は十分凄い」
「うふふ、ありがとう・・天才と呼び声高い心愛さんにそう言われると嬉しいわ」
「・・大丈夫、私達には勇作がいる」
「そうね・・最近、心からそう思えるようになってきたわ」
しばらくの間、ガールズトークに花を咲かせた二人は夜も更けた頃、仲良く片付けをして就寝したのだった。
翌朝、朝食を軽く済ませた心愛達は妖精族の住む湖に向けて出立した。
この湿原をあと一日程度進めば湖の畔まで到着出来るはずだ。
彼女達の乗るミニホバーは先に開発したスタンダード型ホバーの三分の一程に小型化したものである。
小型化によって当然、積まれるエンジンも出力を抑えたものになっているのだが、それでも馬車で移動するより倍近い速度が出せる。
心愛はホバーの設計者の一人であり、細部に至るまで熟知している。
その知識を生かして限界速度で爆走していた。
ホバーの通った後には水飛沫が高々と噴き上がる程であった。
「ひあああっ・・こ、心愛さん、もっと安全運転でお願いします・・」
「・・大丈夫、想定の範囲内」
「いやああっ・・もっとゆっくり走ってえぇぇ・・」
「・・天井の染みを・・数えている内に終わる・・」
「な、なんの例えですか、それ・・」
「むぅ・・仕方無い・・」
花江の訴えに多少なりに思うところがあったのか、幾分か走り方が大人しくなった。
「心愛さんって、こんなに小っちゃくて可愛らしいのに・・なんてアグレッシブなの?」
花江の悲鳴を置き去りにしながら、心愛はホバーを爆走させた。
湿原全体が夕闇に包まれようとする頃、前方の視界が急に開けた。
その先には大きな湖が見てとれた。
「・・ふぅ、やっと着いた・・」
「・・」
心愛が爆走させて来たホバーに一日揺られてきた花江は既に息も絶え絶えだ。
「・・花江・・着いたよ」
「・・」
「・・むぅ、この程度で情けない・・」
半分白目を晒して気絶している花江を置いて、心愛は機外に出た。
湖畔にある僅かな陸地に降り立った心愛は、荘厳な景色に言葉を無くした。
湿原から止めど無く流れ込む数え切れない小川が奏でるせせらぎは、まるで小川達が競い合う演奏会のようであった。
湖からは薄い霧が立ち上り、周囲の背の低い木々の葉を濡らし夕陽をキラキラと反射していた。
湿原に囲まれているせいか、大きな獣の姿は無く蝶や蜜蜂といった小型の虫達が花々の間を飛び交っていた。
湖の中央には小さな陸地があり、木々に覆われた宮殿が建っていた。
周りの樹上にはたくさんの箱のような小さな家が吊されている。
妖精族はこの樹上家に住んでいるのだろうか?
目を凝らして見ると湖畔から一本だけ中央へと繋がる橋が架かっているようだ。
ホバーは湖畔に停泊させたまま、目を覚ましたもののフラフラしている花江を連れて橋を目指して歩き出した。
橋のたもとに着くとまるで湖面に浮かぶように宮殿に向かって橋が架かっている。
揺れる橋に足下を気にしながら渡りきると、何ともファンシーなお伽噺に出てきそうな装飾のされた門の前に着いた。
「綺麗・・」
花江は装飾の美しさと夕陽にキラキラと反射して輝く様子に見とれていた。
心愛はそんな花江の手を引いて門前に立つと声を掛けた。
「・・誰か、私達は使者・・門を開けて欲しい・・」
「・・」
「・・誰か・・」
「心愛さん、ちょっと待って、私に言わせて・・すみません、どなたかいませんか?私達はシステア共和国代表から依頼を受けて参った者です・・誰か!」
少し待っていると門内が騒がしくなり、ゆっくりと門が開き始めた。
そこには虹色に光を反射する羽を使って宙を漂う妖精族が数名いた。
伝え聞いていた通り、薄絹を纏った妖精族は人族の半分程の背丈で皆、女性ばかりのようだ。
「・・私達は共和国の使者・・女王に会わせて欲しい・・」
「言葉足らずで申し訳ありません、私達はシステア共和国代表から依頼を受けて参った者です・・こちらが心愛、私が花江と申します・・女王様にお取り次ぎ頂けませんか?」
一瞬、キョトンとした顔をした妖精族達は勝手気ままにしゃべり出した。
「人間、来た」「女二人」「飛べないの?」「遊ぼ・・」
「「・・」」
全く話が通じていない雰囲気に呆気に取られる心愛達。
そこへ一回り大きな背丈をした一人の妖精族が前に出た。
「使者の方々、失礼しました・・この子達はまだ幼く、珍しい人族の方に会えて戸惑っているのですわ・・ほら、貴女達は下がりなさい」
周りに群れていた小さな妖精達が空間を滑るように下がった。
「改めまして、私は妖精族代表エレクトラ女王様の側近でアロマと申します・・使者の件、承っております・・ご案内します、こちらへどうぞ」
宮殿へと続くなだらかな坂道を登ると入口なのであろう花々に飾られたアーチが見えてきた。
これをくぐり中へと進むと、様々な果樹が実る樹木と咲きみだれる花々の絨毯に囲まれた宮殿が姿を現した。
「綺麗・・」「・・確かに、これは凄い・・」
花江が感動の声を上げ、心愛が納得する程に美しい光景であった。
案内にしたがって通された広間は謁見用と言うよりもパーティーを催すような煌びやかな空間だった。
但し、金銀財宝をあつらえた装飾品、調度品はほとんど無く、色とりどりの花達が部屋の中にも咲き乱れ、何の材質で作られているのか分からないが陽の光をキラキラと反射するこれまた色とりどりの装飾がちりばめられていた。
部屋の中央奥、窓際に一段と美しい装飾の鏤められた机に一際、美しい女性が座っていた。
「女王様、使者の方々をご案内しました」
「ご苦労様でした・・使者の方々、遠路はるばる我が国までお越し頂き恐縮です・・私が妖精族代表のエレクトラと申します、お見知りおきを・・」
エレクトラは立ち上がると優雅にお辞儀をしてそう言った。
「・・んっ、心愛と言う・・」
「ゴホン、ゴホン、ちゃんとご挨拶しなきゃダメじゃない・・す、すみません、連れが失礼しました、共和国代表様から依頼を受けまして参りました私は花江と申します・・そしてこちらが心愛と申します、宜しくお願いします」
花江はここまで言うと深々と頭を下げた。
「ふふっ・・大丈夫ですよ・・何より心愛さん?でしたかしら?この方からは全く邪気が感じられないので気にしておりません、普段通りで結構ですよ・・」
「ふっ・・流石、懐が広い・・」
「こ、こら、心愛さん・・そんな言い方したら不敬ですよ」
「ん?・・ただ正直に言っただけ・・」
「ふふっ・・どこまでも自分に正直な方のようですね・・ところでご用向きを伺っても宜しいかしら?」
エレクトラは脱線しかけた話を本題に戻した。
「はい、共和国で蔓延しつつある疫病に関することです」
「なるほど、共和国の官邸からも便りが届いていましたわね・・」
詳しい説明になると、やはり心愛からしてもらった方が齟齬が無い。
「詳しいお話は心愛さんから・・お願い出来る?」
「んっ・・分かった・・」
心愛は現在の共和国内で猛威を奮っている疫病について詳しく説明した。
当初は獣人族のみが感染していたものの、最近ではエルフ族、ドワーフ族でも感染者が出ていること。
この疫病は二つの感染原因が重なって発生している可能性があること。
疫病を起こしている原因が既に変異という今までに無い感染力を持つ段階に来ている可能性が高いこと。
これを押さえ込むためにはワクチンという特効薬を生成する以外に無いこと。
ワクチン生成には疫病を媒介する者の特定と原株と言われる特定のサンプルが不可欠なこと。
条件さえ揃えば我々にはワクチンを生成する技術があること。
感染の状況確認と媒介者、原株の調査のためにこの地に赴いたこと等を説明した。
俯き加減で暫し難しい顔をしていたエレクトラが顔を上げて聞いてきた。
「この疫病は我々妖精族にも感染するのでしょうか?」
「・・調べてみないと分からない・・」
「そうですか・・分かりました、是非調査をお願いします・・我々も出来る限りの協力をさせて頂きます・・ただ、今宵はもう暗くなってきてしまったので明日からで宜しいでしょうか?・・であればお食事をご用意させて頂きますね、お部屋もご用意しますのでゆっくりお体をお休め下さい」




