【二四】ケートス討伐_前編
今回の討伐は今までと違う点が二つある。
一つは巨大生物のサイズだ。村長は二十メートルと言っているが、王国からもたらされた情報を総合して判断すると三十メートル以上はあると思われた。
オケアノスの全長は八十メートル程であるから、その大きさが分かる。
エルピーダの全長は約六十メートルだ。体当たりでもされたらひとたまりも無い。
もう一つは攻撃されると深海へ逃げてしまうことにある。
トゴイル島付近の海の深さは深いところでも千メートルは無い。
オケアノスの活動最高深度は千メートルまであるものの、深海での戦闘には常に危険が付き纏う。
出来れば避けたいところだが、今までの奴の戦い方を考えると深海での戦闘も視野に入れておかなければならない。
重苦しい雰囲気のまま村長宅を後にした。
その日の夕方、エルピーダがトゴイル島に到着した。
夕食後、メンバーは全員、エルピーダの指令室に集まっていた。
メンバーを見渡してから勇作は「これより巨大海洋生物・・ケートスの討伐について会議を行う」と切り出した。
様々な意見が出る中でやはり不透明で不確かな不安要素は深海での戦闘についてだった。
「そうは仰いますけれど深海での戦闘にエルピーダは参加できませんわよ・・」
「・・必要無い・・」
「もし、ケートスの泳力や敏捷性が想像以上であったらどうしますの?・・」
「・・問題無い・・」
「何を根拠にそう言われるのかしら?・・出遭ったことも無い怪物ですわよ?」
「・・想定内・・」
「全く心愛は!・・これじゃ話になりませんわ、勇作はどう思いますの?」
今まで二人のバトルが凄まじくメンバーの誰も口を挟める状況で無かったのだが、突然、勇作に話が振られた。
「・・コホン・・あまり二人とも熱くなるな、花梨が心愛のことを心配して言っていることは分かるだろう?・・心愛が開発者としてオケアノスに自信を持っているのは分かるが、その自信の訳を教えてくれ・・」
「・・ふうっ、分かった」
おもむろに立ち上がった心愛はテーブルにモニタを出して立体映像を映し出しながら説明を始めた。
「オケアノスには通常潜航深度での対応策以外に活動最高深度での戦闘用に用意しているものがある・・」
心愛はモニタにオケアノスの全景を映し出した。
「オケアノスには最高深度による水圧に耐えるために開発した特殊な高強度弾性体がある・・これを利用したデコイを周囲に浮かべる」
心愛が操作するとモニタのオケアノスの周囲に複数のバルーンが映し出された。
「これは言って見れば風船・・中は外と同じ水圧・・そしてこの中には収束砲で使用した砲弾が入っている」
なるほど、奴の攻撃は基本的に体当たりと咬み付きだ。
デコイに攻撃した時に収束砲弾を爆破する算段か。でも疑問が残る。
「でも、砲弾がこの水圧に耐えられますの?・・」花梨に先手を打たれた。
「・・当然対策済・・」
「まだありますわ・・砲弾の爆発にオケアノスが巻き込まれたらどうしますの?・・これほどの近距離ですのよ?」
メンバー達も同様の心配があるようで皆、頷いている。
「・・問題無い、対策済・・」
「だ・か・ら!・・それを説明しなさいと言っているのですわ」
心愛は熱くなる花梨を見つめて「・・バカ?」と呟いた。
「い、今、な、なんて仰いましたの?」
「何でも無い・・はぁ、しょうが無い、説明する・・」
心愛はモニタへオケアノスの外部装甲を映し出した。
「オケアノスの外部装甲には深海での水圧に耐えるため、装甲層内に特殊な高強度弾性体を使用している・・この弾性体はゆっくりとした荷重には変形するけど、衝撃的な荷重に対しては鋼より強い性質を持つ・・だから平気、分かった?」
「わ、私とてその道の専門家ですわよ、仕組みは理解しましたわ・・でも外側の外部装甲は耐えられないのじゃなくて?」
「そう、良く気が付いた・・でも形状記憶合金を入れているから多少の変形は治る・・無かったのと同じ・・ふぅ、喋り過ぎて疲れた・・」
心愛はそう言うと席から離れて勇作の膝の上へ向き合うように座った。
「なっ!・・心愛、何してますの?説明はまだ終わっていませんわよ?」
「・・終わり・・」
花梨はまだ説明が足りないと問い正したが、心愛の方は全く聞く気が無い。
「・・勇作を充電中・・」
勇作の顔をガシッと両手で掴むといきなり口づけた。
「「「「・・あー!・・」」」」
突然のことに凍り付くメンバーをよそに息の続く限り口づけを続けた。
「・・チュパッ・・」ようやく離れた唇の間に唾液が糸を引いた。
その後は青筋を立てたメンバー達に襲い掛かられ、討伐前夜とは思えない喧噪?修羅場?の中で勇作は翻弄された。
翌朝、勇作を除いて生き生きとした顔のメンバー達は朝食を摂っていた。
何か納得いかない勇作であったが、これからのことを考えると良い傾向ではある。
オケアノスの指令室に集まったメンバーを見回して「今日は今までの討伐と違い、かなりの危険を伴う・・引き際を見誤るな、絶対に全員無傷で王国に戻るぞ・・愛理、そちらのことは頼んだ・・では出陣!」と勇作は作戦開始を宣言した。
勇作、心愛、希美、陽鞠、初音の勇作チームはオケアノス、愛理、花梨、志摩、早苗、花江の愛理チームはエルピーダへと分かれて搭乗した。
トゴイル島の沖合二キロ地点まで海上を並走した二機はそこから二手に分かれた。
今回の討伐計画はこうだ。
まずオケアノスは海底の浅瀬から深海へと落ちていく大陸棚と言われる傾斜底で待機する。
エルピーダは垂直離水出来るよう準備した上で海上待機する。
二機共にソナーを用いて索敵を続け、ケートスがエルピーダに接近してきたところで緊急離水する。
その後、エルピーダは上空から、オケアノスは海中から挟み撃ちにするという作戦だ。
作戦通りエルピーダはツインエンジンを垂直離水状態にセットしたまま海上を漂っていた。
海は今までに無く穏やかでバカンスであれば最高の日であっただろう。
しかし、いつ始まるか分からない討伐に向けて、メンバーの顔には緊張感が滲んでいた。
愛理は艦長席、花梨と志摩は操縦席、早苗はレーダーやソナーの計器の並ぶ機関席、花江は通信席に着いている。
「今回に限り、指示に対する復唱は不要です、ケートスを出来る限り接近させてから緊急離水します・・花梨、接近限界の予測距離は?」
「・・安全を見れば五百メートルと言いたいところだけれど、出力最大でギリギリ三百メートルと言ったところですわ」
「分かりました、ケートスに二度と同じ手は通じないと思います・・接近距離三百メートルで緊急離水します・・その後、上空から攻撃を開始します、総員、準備をお願いします」
「「「「了解!」」」」
その頃、オケアノスでは・・。
「・・俺の予想では多分、愛理達のことだ・・ケートスをギリギリまで惹き付けて緊急離水しようとするだろう」
「・・多分、正解・・」「そうだねー!」「あら、私も同意見だわ」「・・」
「そういうことだ・・最悪、エルピーダがケートスの攻撃を受けてしまうことも考えられる・・エルピーダヘの援護も必要になる、討伐は海中が主戦場になるだろう・・俺達の力を見せつけてやろう、総員準備を頼む」
「「「「了解!」」」」
何事も無く一時間が経過した。極度の緊張状態にある人間がそれを維持出来るのは一時間程度と言われている。
そろそろ緊張状態に疲れが出始めたその時、突然、警報が鳴り響いた。
「あら、ケートスと思われる物体が接近中よ・・」
「ついに来たか・・総員、第一種戦闘配置!」「「「「了解!」」」」
この情報はすぐにもエルピーダへも伝えられた。
「ついに来ましたね・・総員、第一種戦闘配置」「「「「了解!」」」」
「ケートスを三百メートルまで惹き付けてから緊急離水します・・花梨、離水準備、志摩はそのサポートを・・早苗はエンジン制御を・・花江さんは索敵、接近距離の監視をお願いします!・・離水のタイミングは花梨に、離水後の攻撃は志摩の判断に任せます」
「了解しましたわ!」「任せろやね・・」「・・了解だねぇ」「了解しました」
しんと静まり返った艦内にソナー音だけが響く。
花江がカウントダウンを始めた。
「ケートスが接近中です・・カウントダウンを開始します、十、九・・五、四、三、二、一、ケートスが接近限界に到達しました」
「エルピーダ発進!!」愛理の掛け声にメンバーは即座に反応した。
「エルピーダ、緊急離水・・対ショック用意ですわ!」
エルピーダの両主翼にある収束ツインエンジンが最大出力で火を噴いた。
「エルピーダ、ツインエンジン最大出力・・だねぇ!」
僅かに遅れて機体が浮上した。
「ケートス、さらに接近中・・距離、二百・・百五十・・百・・」
「くっ・・間に合わない?・・花梨!」愛理が叫ぶと花梨は即座に早苗へ緊急要請する。
「早苗!・・メインエンジン点火用意!」「わ、分かったねぇ・・準備良し」
「距離、五十・・」
「メインエンジン点火!・・最初からMAXフルパワーですわ、耐ショック用意!」
直後にメインエンジンが轟音と共に火を噴き、メンバーはシートに縫い付けられた。
収束ツインエンジンで上昇しながらのメインエンジンによる爆発的で強引な推進は機体を大きく揺さぶった。
エルピーダの通過した海面には激しい水柱が立った。
メインエンジンを切り、平常飛行に移れるまでの十秒ほど、花梨と志摩は休む間も無く暴れ回る機体を安定させるため懸命な操縦を行っていた。
二人は言葉を交わすこと無く、無言で操縦に集中していた。
指令室のモニタにはエルピーダが離水した数秒後に口を大きく開いて海上高く現した姿が映し出されていた。
「ふぅっ・・間一髪でしたわ」「結果オーライや・・」「ギリギリだったねぇ・・」
「い、生きた心地がしませんでした・・」花江は腰が抜けかけていた。
「エルピーダ・・スローダウン、通常飛行へ移行しますわ」「・・了解だねぇ」
「奴から離れ過ぎやで・・攻撃出来ん」
「至急、機体を旋回して元の座標に戻って下さい!」
「了解ですわ!」「見つけ次第、撃ったるで!」「・・収束砲の準備だねぇ」
エルピーダが担当する予定だった上空からの援護が無い状態で、オケアノスはケートスと対峙しなければならなくなってしまった。
「すぐに戻るから・・待ってて勇作くん」愛理は祈るように呟いた。
正確な座標に戻るためにはどんなに急いでいても、微妙な加速制御の難しいメインエンジンは使えない。
フルパワーで収束ツインエンジンを使用するしか選択肢が無かった。
エルピーダは緊急回避に使用してしまった距離を必死に戻っていた。




