【十六】勇作の旅立ち
待合所の生徒達は一様に緊張した面持ちで、落ち着かない様子であった。
面接会場には対象の生徒以外は入れない。
付き添いで来ていた親達は別室で待機となっていた。
全寮制であることもあって、自立を重視していることの表れだ。
ピンッと張りつめた空気の中、面接が始まり、順番に生徒が呼ばれて会議室に消えて行った。
面接後は別の出口が使われているようで、待合所に生徒が戻って来ることは無かった。
勇作は平常心を保ったまま、自分が呼ばれる順番を待った。
入口扉に立っていた案内係の女性から名前を呼ばれた。
挨拶をして室内に入ると、椅子への着席を促され一礼した後、静かに着席した。
面接官を見ると初老の男性一人、中年男性が二人、中年女性が二人の計五名であった。
中年男性から問われて、面接番号、氏名、年齢、出身校などを返答した。
面接官からの質問は災害に遭った時のこと、中学校での生活、進学理由や進学後の目標など多岐に亘って聞かれた。
勇作は臆すること無く、災害によって自分の家族に降り掛かった悲劇、自分の言葉で丁寧に答えていった。
面接が終了すると退席を促され、一礼して会議室を後にした。
勇作の退席した会議室の中では・・
「中々、肝の据わった少年でしたな」
「はい、全ての答えに言い淀みはありませんでした」
「あの歳で想像を絶する色々なものを乗り越えてきたか・・」
「揺ぎ無い確固たる自分を持っているようですね」
「彼ならやってくれるかもしれぬな・・」
初老の男性は彼への期待を込めて呟いた。
面接結果が出るのは二週間後のことになる。
二週間後、勇作は愛華に呼び出された。
社会科準備室には彼女の他にクラス副担任の女教師も同席していた。
クラス副担任の女教師には願書の作成から出願、面接の段取りなど多方面で大変お世話になった。
「お呼びと伺い参りました」
「ご苦労様、そこに座って・・」「・・はい」
勧められたソファーに座ると、いつものようにクリームたっぷりのコーヒーを用意してくれた。
いつものように勇作が一口飲むまで待ってから話し出した。
「今日来てもらったのは、これのことよ」
「もしかして結果が出たんですか?」
「開けてみて・・」
勇作は震える手で封筒を開けると中から書類を取り出した。
『貴殿の入学を認める』
「やった!」勇作は思わず立ち上がってガッツポーズを決めた。
「「おめでとう!勇作くん」」
「流石ね・・大丈夫だとは思っていたけれど、やっぱり結果が出るまでは心配だものね」
「本当におめでとう、本校始まって以来の快挙よ!」
二人の女教師は手放しで勇作を褒め称えてくれた。
「ありがとうございます・・本当に先生達のお陰です」
勇作は深々と頭を下げた。
合格通知をもらってから卒業までの二カ月間はまるで嵐のような忙しさだった。
入学手続きや準備のため何回も叔父のいる鎌倉の間を往復した。
中学校生活最後のイベントとして卒業パーティーが開催され、勇作はその実行委員長であった。
大講堂を貸し切り、先生たちも全員出席しての大々的なパーティーとなった。
校長先生を始め、担当教師の挨拶が続き、最後に委員長である勇作の挨拶となった。
会場が水を打ったように静まり返る中、勇作の挨拶が始まった。
「初めにお礼を言わせて下さい・・先生方、ありがとうございます・・そして皆・・ありがとう」
一旦、区切ると呼吸を整えて挨拶を再開した。
「個人的なことですが・・津波災害に遭って、家族を失い・・生きる希望すら失っていた僕が・・今、ここにいられるのは全て皆さんのお陰だと思っています・・本当にありがとう・・皆の掛けてくれる励ましや思い遣りが・・どれほど僕の助けになったか・・言葉に出来ないくらい感謝しています・・先生方の生徒でいられたこと、皆の友人でいられたことを誇りに思います」
会場では女子達の啜り泣きが聞こえた。
「これから僕達はこの学校を卒業します・・でもこの学校で過ごせた日々のことは絶対に忘れません・・僕の・・僕達の宝物として大切にしながらそれぞれの道を歩いて行きましょう・・最後にもう一度言わせて下さい・・ありがとうございました!」
勇作は深々と頭を下げた。
突然、会場が割れんばかりの歓声に包まれた。
教師、生徒を問わず壇上から降りた勇作に駆け寄って握手やら、ハグやらもみくちゃにされてしまった。
勇作にとっては世話になった人達へのお礼を述べただけだったのだが、予想外の展開に目を白黒させた。
熱気に包まれたパーティーも終わり、それぞれが熱い気持ちを胸に帰路に着こうとしている頃、勇作は愛華と社会科準備室にいた。
「勇作くんはいつ叔父様のところへ向かうの?」
「はい、一週間後の予定です」
「そっか・・寂しくなるわね・・」
「手紙書きますよ・・長期連休には・・帰ってきても良いですか?」
「えっ?・・だ、ダメよ・・」
「なっ!・・ダメなんですか?・・どうして?・・そうですか・・迷惑ですよね?」
「迷惑なんかじゃ無い・・でも・・きっと・・帰したく無くなっちゃうもの」
「・・!」
「私ね・・最初は教師として何とか勇作くんの力になりたくて・・押し掛け妻みたいなことしちゃって、逆に迷惑だったと思うの・・でもやっぱりほっとけ無くて・・その内にあなたのところに行くのが楽しみになっていて・・凄く不謹慎よね?」
「・・いえ、そんなことは」
「段々、勇作くんと過ごす時間が積み重なって行って・・いつのまにか、ね・・あなたのことをいつも考えているようになっていたわ・・こんなに歳の差があるのに・・私は教師なんだからって何度言い聞かせても、この気持ちをどうすることも出来なくて・・ごめんね、迷惑だよね・・でもこれで最後だから言わせて・・好きよ、勇作くん」
「・・!」
勇作は不意に愛華に抱き締められた。
愛華の身長は百六十センチ、勇作は百八十センチの身長差があるためにどちらかというと愛華に抱き付かれている形だ。
「せ、先生・・」
「ごめんね、私の気持ちばっかりで・・迷惑なのは分かってる、こんなおばさんに言われてもね、困っちゃうよね・・でも本当にこれで最後だから、もう少しこのままでいさせて・・」
勇作の胸に愛華の涙の暖かさを感じた瞬間、彼の中で無理矢理押さえ付けていた何かが壊れる音がした。
愛華を抱き上げるように抱き締めた。「キャッ・・」
驚いた表情の愛華の濡れた瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。
「僕も先生のことが大好きです・・先生がいてくれなければ僕はここにはいません・・先生がいなかったら・・僕はこの世にすらいないかもしれません」
「そんなこと言っちゃダメよ、この世にいないなんて・・それに・・ありがとう、そう言ってもらえただけでも私は幸せだわ」
「僕は冗談で言っている訳じゃありません」
「分かってるわ・・優しいのね、でも私はもう二十八歳よ・・あなたとは年齢が釣り合わないわ・・本当は分かっているの、ごめんね・・私から言っておいて勇作くんを惑わせちゃったね・・」
勇作は憮然とした表情で愛華に言った。
「・・それは僕が子供だからですか?」
「ふふっ・・怒っちゃった?違うわよ?・・私、今まで勇作くんのこと子供だなんて思ったことは一度も無いわ・・教師と生徒という関係はどうにもならないけど、一人の男性として好きになっちゃったの」
「だったら・・」
「ダメよ・・一時の感情でそんなこと言っちゃ・・私の方が先にお祖母ちゃんになっちゃうし・・勇作くんの周りには可愛い娘が一杯いるじゃない?」
「そんなの関係無いです」
「もう・・ズルい言い方してごめんね・・私ぐらいの年齢の女にそんなこと言ったら本気にしちゃうわよ?・・」
「先生は大人だから僕なんて釣り合わないって諦めていたんです・・でも先生は僕のことを好きだって言ってくれた・・もう遠慮はしません、今日で教師と生徒の関係は卒業ですし・・先生も僕とこれだけ付き合ってくれていたのに分かっていないですね・・僕は一度決めたことは絶対に曲げませんよ?・・僕も先生のことが大好きです」
愛華の瞳をジッと見つめながら愛を囁いた。彼の視線に堪え切れえず頬を染めて俯いた。
「私、あなたから見たらおばさんよ?」
「先生はおばさんじゃありません」
「遠距離恋愛になっちゃうわよ?」
「僕も会いにきます、先生も会いに来て下さい」
「今度の学校には私より頭が良くて可愛い娘が一杯いるわ」
「先生より綺麗な女性はいませんよ」
「買い被りよ・・私よりずっと若くて綺麗な娘が・・」
「先生!」「・・!」
勇作の強い言葉にハッとして彼を見た。
「僕はそんな言葉が聞きたいんじゃありません・・僕にとって先生は恩人であり、心の拠り所であり、何よりかけがえの無い存在なんです・・年齢なんて関係ありませんよ、まして若くて可愛い娘なんて僕は何の興味も無いです・・さっき、もう遠慮はしないと言いましたね?」
「え?・・ええ・・」
「もし先生が嫌で無ければ・・この後に続く人生を僕と一緒に歩いてはくれませんか?・・僕も先生に釣り合うような男になれるよう一生懸命頑張ります・・僕は先生じゃなきゃ嫌なんです」
そこまで言うと勇作は愛華をギュッと抱き締めた。
「うっ・・わ、分かったから・・ちょっと力を抜いて、息が出来ないわ」
「す、すみません」
勇作が抱き締めていた腕の力を緩めた。
「ふうっ・・もう加減してよね、壊れちゃうわ・・本当に私で良いの?」
「はい」
「私、浮気とか許せないわよ?」
「はい」
「私の方が先にお祖母ちゃんになっちゃうわよ?」
「はい、問題無いです」
「うっ・・そ、そこは少しフォローが欲しかったわ」
「すみません・・でも先生は年を取っても綺麗なままですから問題ないと言いたかったんです」
「あ、ありがとう・・それと私、結構・・その・・我がままで甘えんぼよ?」
「はい、知ってます」
「もう、そこは嘘でも『そんなこと無い』って言ってくれないと」
「先生に嘘は言えませんから」
「全くもう・・頑固者」
「大好きです。先生」
「分かったわ・・こんな私だけどこれからよろしくね・・それとこれからは先生じゃ無くて名前で呼んでね」
「えっと・・先生?」「こらっ!」
「・・あ、愛華さん・・」「さんなんて付けないで」
「・・愛華・・」「はい、勇作くん」
二人は抱き締めあうと口づけた。
その影は下校時間の音楽が流れるまで重なっていた。




