【十四】勇作の過去 前編
花梨と心愛の言葉を聞いたメンバーは全員で勇作の部屋の前に移動した。
愛理はメンバーと目を合わせて頷くと、深く一度深呼吸して声を掛けた。
「勇作くん・・私です、愛理です・・大丈夫ですか?」「・・」
声を掛けても勇作からの返事は無かった。
「勇作くん・・部屋に入らせてくれないかな?・・」
暫くして「カチャ・・」と鍵が開けられた。しかし、勇作が出てくる気配は無い。
愛理は一回深く深呼吸した後、「入らせてもらうね・・」と一言断ってから部屋の中へと進んだ。
勇作の部屋は夜だというのに電気も付けず真っ暗だった。
「勇作くん?・・」
目を凝らして見るとベッドに腰掛けて俯く勇作の姿があった。
勇作の隣まで歩を進めて、再度、声を掛けた。
「勇作くん、大丈夫?・・皆、心配してるよ?」「・・」
「勇作くんが怒るのも分かるし、皆のことを大切に想ってくれているのも分かってる・・花梨と心愛は心から反省してるよ?」
花梨と心愛の名前が愛理の口から発せられると勇作はピクンと肩を揺らせた。
「お願いだから彼女達を勇作くんの中から捨ててしまわないで・・一生懸命だったんだと思うの、全てはメンバー皆のためにって・・彼女達にもう一度チャンスをあげて・・お願い・・」
愛理はいつの間にか膝を付き、ベッドに座る勇作の膝に縋り付いて懇願していた。
滑走路で倒れている花梨を見て、勇作は湧き上がる自分の感情を抑えられなかった。
勇作は今まで学校の誰にも話したことの無い自身の過去について話し始めた。
当時、両親と二つ違いの妹の香奈、父方の祖母の五人家族で福島県に住んでいた。
その日は仕事が休みだった父も含めて全員が家に揃っていた。
あの日、勇作達家族は突然の巨大地震に襲われた。
海岸線に比較的近い位置に自宅を構えていたが、海岸線には巨大な防波堤もあり当初は楽観視していた。
自宅は建て直して数年と建物も新しく、地震による被害も軽微なものだった。
地震の揺れが収まった十分後、町内無線が流された。
先程の地震は震度七以上であり、津波の危険があるため避難を呼び掛けるものだった。
当初は防波堤もあり、自宅の損傷も軽微であったために勇作の家族は自発的な避難をせずにいた。
その十分後十メートルを超す津波が海岸線に向かっていると町内無線が入った。
ところが勇作達家族はそれでも自宅に留まり、非常袋を持って全員二階でその時を待っていた。
非常用のラジオからは刻々と地震、津波の最新情報が流されていた。
その僅か五分後にラジオから聞こえてきた情報に家族全員が固まった。
津波の大きさが優に二十メートルを超える高さで迫っているという。
防波堤の高さは確か十五メートルだった。
津波が防波堤を超えて襲ってくる。現実感の無い衝撃に両親でさえ、すぐには行動に移れなかった。
避難をしなかったのには他にも理由があった。
勇作の祖母は寝たきりで酸素呼吸器無しではいられない状態だったのだ。
バッテリーで駆動もできるが一時間程しか持たない。予備バッテリーを使っても二時間が限度だ。
行き付けの病院までには約一時間掛かる。
平時であれば渋滞など無い地域なので時間通りに到着できるが、町全体で避難をしている現状ではそれも難しい。
勇作の家族は迷った。酸素吸入が稼動できる時間内に病院へ着けることに懸けるか、このまま津波が押し寄せるであろう家の中でそれが収まるのを待つか。
結局、勇作の家族は家で津波が収まるのを待つことになった。
数分後、何かが激しく倒れ、衝突し、爆発する音が鳴り響いた。
その音は急速に勇作達に近付いて来ていた。
外の状況を屋根裏から確認して戻ってきた父親は青褪めた顔で家族に告げた。
「かなりマズい状態にある・・全員すぐに屋根裏部屋に移動するんだ」
ベッドに寝かせたままの祖母を何とか屋根裏部屋に運ぶと父は勇作に「すまん・・こちらのことは頼む」と言って階下に降りて行こうとした。
「待ってくれ、父さん・・どこに行くんだ?」
「俺は今できることをする・・そっちは任せた」
「だけど・・」「大丈夫だよ・・こっちは任せて、お兄ちゃん」
香奈は父を追い掛けて階下に降りて行った。
何故、あの時、香奈を止めなかったのか・・今でも深い後悔に苛まれる時がある。
自分の側にいればもしかしたら助かったかもしれないと。
しかし、現実はそのような甘いもので無かったことも痛いほど知っている。
津波が倒壊した家屋や車、電柱などを巻き込みながら勇作の家に到達したのは数分後だった。
突然、家全体が立っていられない程の激しい振動と共に窓ガラスの割れる音がした。
直後、津波が家の中に雪崩れ込んできた。
勇作はハッとして階下に降りようとすると・・そこには柱を残すだけで一階と二階にあるはずだったものが全て濁流に飲まれていた。
「な、なんで・・と、父さんは?・・そ、そうだ、香奈!・・どこだ、香奈!・・返事をしてくれ!!」
しかし、不気味な軋み音、何かの衝突音、ベキベキと何かが折れる音が断続的に聞こえるだけだった。
「キャーッ!」
勇作の耳に階上にいる母の叫び声が突き刺さった。
「か、母さん・・どうした?何があった?」
急いで屋根裏部屋に駆け上がると勇作は目の前の状況に一瞬、立ち竦んだ。
津波によって押し流されてきたのだろう折れた木製電柱が、壁を突き破って部屋中に侵入し・・あろうことか母の太腿を貫いていたのだ。
呻きながら出血箇所を押さえる母の顔は真っ青だった。
「母さん・・何てことだ・・ちょっと待ってて、救急箱を持って来る」
勇作は父が何かあった時のためにと屋根裏部屋に設置されている物資の中から救急箱を探し出すと母の治療を始めた。
太腿には太い血管が走っている。大量の出血はその血管を傷付けたためだろう。
勇作は着替え用に置かれていたシャツの腕の部分を引き千切ると母の腿の付け根をキツく縛った。
「母さん・・かなり痛いと思うけど我慢して・・ごめん・・」
勇作は母にそう告げると腿に刺さっている尖った木の部分を残すようにノコギリで切断を始めた。
何回も激しい痛みに呻き声を上げる母を励ましながら何とか切断を終わらせた。
木が刺さったままの傷口に消毒液を十分に掛け、母を抱き上げた勇作は敷いた布団に傷口の負担にならないよう横にならせた。
「・・勇作・・ごめんね・・」
母は苦悶の表情で勇作に詫びてきた。
「何を謝っているのさ、母さんは何も悪いことはしていない」
「でも、足手纏いになって・・ごめん・・」
そこまで言うと痛みからか、出血のためか母は気を失った。
勇作は祖母の状態を確認した後、階下に降りて行こうとした。
しかし、唖然となり立ち竦んだ。階段の中程まで津波の高さが迫っていた。
「父さん・・香奈・・」
血が滴るほどキツく唇を噛み締めた勇作は「そっちは任せた・・」と言った父の言葉を思い返した。
屋根裏部屋に戻った勇作は小窓を開けて外を確認した。そしてあまりの光景に言葉を失った。
津波の高さは小窓のすぐ下まで迫っていた。
「くっ・・!」
勇作は即座に行動に移った。今出来る最良の結果を求めて・・。
小窓から這い出た勇作は屋根にある煙突にロープを括り付けると端を持って屋根裏部屋に戻った。
母は出血による影響からかグッタリとしていた。
彼女の両脇にロープを通して手際良く身体に巻き付けると、自分の身体に縛り付けた。
かつてボーイスカウトをしていた経験が生かされていた。
彼女を抱いたまま小窓を出るのに手間取ったが、何とか屋根の上で比較的平らなところに横たえた。
「母さん、ちょっと待っててね、お祖母ちゃんも連れて来るから・・」
反応の無い母を屋根に残し、屋根裏部屋に戻った。
母の時と同じようにロープで縛ると、祖母を背負って小窓を出た。
祖母の酸素呼吸器はバッテリーに切り替えられ、三十分以上が経過していた。
母を寝かせた位置とは煙突の逆側に祖母を横たえた。
曇天の空からは雪が舞い降りて来ていた。
毛布を持って来ようと屋根裏部屋に戻った時のことだ。
家全体が激しい衝撃に見舞われた。
小窓から外を見ると、流されてきた家屋が勇作たちの家に衝突してきたのだ。
「くそっ・・何てことだ」
屋根の上に出た勇作はミシミシと音を立てて勇作たちの家に食い込もうとしている流れてきた家屋の屋根を蹴り付けた。
当然のことだが、ビクともしない。それでも勇作は止めなかった。
この突然降り掛かった理不尽な現実に怒りを込めて何度も蹴り付けた。
偶然、荷重の支点がズレ、流されてきた家屋は回転しながら勇作達の家から離れて行こうとした。
しかし、ここで悲劇が起こった。
流されてきた家屋の一部が勇作達の家に引っ掛かり、四本ある主柱の一本を破壊して行ったのだ。
急に傾き始める勇作たちの家。
意識を取り戻した母は自身のロープ解き、祖母を抱くように煙突に縋り付いていた。
「母さん!・・今、行く!」
不安定な足場だが必死に煙突まで辿り着いた。
母は勇作に「勇作・・ごめんね、母さんもうダメみたい・・お祖母ちゃんをお願いね・・愛してるわ・・勇作・・」と涙を流しながら詫びた。
急に力が抜けるように頽れた母はすぐ後に迫っている津波に向かうように屋根を滑り落ちていった。
勇作は咄嗟に母の腕を掴んだ。
「母さん!・・ダメだ!諦めないで!・・母さん!」
掴んだ母の腕は氷のように冷たかった。
直後、またしても家全体に衝撃が走った。
勇作は母の腕を掴んでいることが出来ず、彼女は津波の中に消えて行った。
「母さーん・・待ってくれ、行かないで・・か・あ・さ・ん・・うぅっ・・」
どのくらいの時間そうしていただろう。母が津波に飲まれてしまった。
助けることが出来なかった。もう涙も枯れ果てていた。
勇作は煙突の祖母の側にフラフラと戻り、キツく抱きしめたところで意識を失った。
勇作が目覚めた時、自分がどこにいるのか分からなかった。
真っ白な天井と部屋に差し込む陽の光があった。
「暖かい・・」
勇作の最初の感想は凍えていたはずの自分が暖かい部屋のベッドで寝ていることへの違和感だった。
少しずつ記憶が蘇ってきた。
祖母はどうなった?母は?父は?妹は?・・。
勇作は突然ベッドを飛び起きると叫んだ。
「お祖母ちゃん!・・母さん!・・香奈・・父さん・・」
身体に刺さる点滴を引き千切って、病室を飛び出した。
力の入らない身体を叱咤してフラフラとナースステーションへ向かった。
「・・す、すみません・・僕の・・家族は・・どうなりましたか?・・」
勇作に気が付いた看護師はギョッとした。
あまりにも勇作の姿が凄惨だったからだ。
顔色は悪く、腕からは出血し、身体中に包帯が巻かれている。
「や、八城くんね?・・ちょっと待って、あなた今動ける状態じゃないのよ?・・」
「・・僕の家族は・・」
「今確認してくるから病室に戻ろう?」
「・・」
勇作はそこで頽れるように意識を失った。
後で聞いたことだが、地震のあった翌朝、家の煙突にロープで固定された人影を捜索隊が見つけて病院に搬送してくれたのだという。
入院後、三日間眠り続けた勇作は一時的に意識を取り戻したが、再度、意識を失い二日後に目を覚ました。
担当の医師、看護師、救急隊の人達からその後の状況について説明があった。
津波は既に引いていること。町全体に甚大な被害が出ていること。国や県の支援を受けながら津波に飲まれた人、崩れた家屋に取り残された人達の捜索が二十四時間体制で続けられていること。
勇作と一緒に病院へ搬送された祖母は酸素吸入器のバッテリーが切れたことで呼吸困難となり見つけた時には事切れていたという。
目の前で津波に飲まれた母は翌日、五キロ程離れた海岸線で遺体で見つかった。
現在、母の遺体はこの病院に移送されている途中であること。
父と香奈については今のところ情報が無いこと。
勇作は一切の表情を失っていた。一瞬で家族の全てを失った。
守れなかった。何故、香奈をあの時、行かせてしまった?何故、母の腕を掴んだ手を離してしまった?
勇作は取り返しのつかない後悔と自責の念に押し潰されていった。




