その9
ケーセス空軍基地のケージというケージは怒号に満ちていた。
スクランブル発進のためにシャッターが開かれると同時に、ケージ内でアフターバーナーを点火した戦闘機達が滑走路を無視して飛び立ってゆく。
ケーセス基地は、緊急時のために基本的に各ケージから直線で伸びる短い滑走路を最低一本有している。
最初の敵機確認から、2分後には、最初の対応機が迎撃に上がっていた。
しかし、最初から、決定的に敵機に気づくのが遅すぎたのだ。
そもそも、ハープ基地と違い、ケーセス基地のスクランブル発進可能な機体は絶対的に不足している。
ハープは、スクランブル迎撃対応、ケーセスは、作戦出動という基本的分業体系がここに来て禍してしまった。
飛び立つ機体の中には、ミサイルを積んでいない機体さえある。
スタインは、ケーセス基地中央大ケージを疾走してゆく。
基地で最大規模を誇るケージの中には、数十機の戦闘機が並んでいた。
『試験コード7号機 被撃墜・・・。』
その間にも、館内放送によって適性試験機、“2機目”の被撃墜が報告されてゆく。
その途端、ケージ内の各所で罵倒とざわめきが起きる。
「どけぇ! 通せー!」
鬼気迫る形相で駆け回る整備員達だが、スタインの殺気漲る雄叫びに、蜘蛛の子を散らすように機体へ道が開ける。
「班長っ!」
目指す、V-54の脇でスタインを待つ機付長である初老の男に叫ぶ。
「火は入っている! 燃料50%! 短2、中2、機銃フル!」
言うが早いか、ヘルメットをスタインに放り投げる。
スタインは走りながらそれを掴み、素早く被る。
走っている勢いそのままに、コックピット脇に架かっているタラップに跳びつき、着地時の衝撃を脚に貯めゴムボールが弾けるように、一足飛びにコックピットに着座する。その時には既に整備員によってタラップは取り去られている。
スタインの機体はキャノピーを降ろしもしないまま、真っ先に、スロットルが開かれ前進を始める。
『ウィング01発進、ウィング01発進!
別隊機、進路を開けよ!
ウィング大隊、隊長機、最優先機である!』
最大ボリュームの、放送がケージ内に響く。
動き出そうとしていた別隊のV-53等がギアブレーキをかけ、前を通過するスタイン機に礼をするように一斉に機首を下げる。
推力方向変更ノズルまで使い、スロットル半開の状態でフットペダルのステアリング操作で進路を無理やり出口に向ける。
ノズル・ベーンが稼動し、“コルトヴァンス ky-f029-v54a”エンジンから排出される熱塊の進行方向が捻じ曲げられる。
機体を両足のラダーだけで操りながら、スタインは通常なら面倒な手順を踏む各種飛行準備を、尋常でない速さでこなしてゆく。
『大隊機は何機上がった!』
V-54のコックピット内で叫ばれた声が、無線回線を通じてケージ内に流れる。
『一、いや!二機だ!』
スタインの言葉に、アンプが素早く答える。
錯綜した状況の中、しかし、プロフェッショナル達は的確に自らの仕事をこなしていた。
『北西に向かった機はいるのか! 適性試験の奴が2機いるはずだ!』
『何っ?! 知らないぞ! 確認する!』
一瞬、ケージ内に沈黙とざわめきが走る。
「ちっ!」
スタインは舌打ちしながら、最後に残ったシートベルトを締め、キャノピーを下ろす。
この様子では、誰も向かっていないという可能性が大きい。
この基地のスクランブル機は少ないが、通常機で対応すれば、北西の2機よりもここの方が対処は早く戦力比は勝る。
危険なのは此方ではなく、ここと分断されている北西の2機である。
(まずい。)
グルリと機首が回り切り、V-54進行軸がケージ・ゲートを通して滑走路を向く。
スロットルレバーを全開に押し開き、その角度をレバー根元からガクリと変える。
アフターバーナーの点火と同時に爆発音にも似た咆哮が響き、圧縮機フィンの甲高い回転音が重なる。
ケージ内でアフターバーナーを焚いたことで、V-54の後方に突風となった熱塊が荒れ狂う。
虹色の虹彩が蠢き、更に出力が高まる。
周囲の整備員達は荒れ狂う熱塊に吹き飛ばされる道具や、帽子を無視し暴風の中で機体の発進作業を進めている。
整備員達がイヤーガードをしていなければ、鼓膜が破れていただろうほどの轟音がノズルから指向性を持って噴射されている。
軽量機であるV-54は、見る間に加速してゆく。
儀式のように居並ぶ、戦闘機達の鼻先を掠め、スタインのV-54はケージ・ゲートを潜り、微かに赤に染まりかけた秋空の下に飛び出してくる。
今、スタインにはその赤が、染まりかけた血の色に見えてしかたないのだ。鮮血の赤は、まだ、この空を染めるつもりなのだろうか。
「こちらウィング01。
ケーセス・1、北西のフラット2機はどうなっている!」
コックピットに響く警告を無視するように、無線によって情報を得ようとする。
『ケーセス1 V-53試験コード20番機の空域離脱は確認していますが、V-53sに関しては、レーダー沈黙により状況不明。
ウィング0、基地防空を優先してください。』
その命令の意味する所は、つまり、試験機一機を見殺しにして基地を守れということである。
「バカなっ!
誰の判断だ?!」
しかも、その試験機には受験生でありコックピットに座ったこともないであろう、ロード・ハーノクス、一人しか乗っていない。
この命令は、ロードへの死刑宣告と同意である。
耳を疑うほどに冷酷なその命令をスタインは到底理解することができなかった。
『基地司令との回線不通につき、緊急措置として、視察中でしたライオネス司令が立てられた方針です。』
「ユーデリヒ基地司令だと?
ここは宮殿警護の近衛基地じゃないんだぞ!
ウィング大隊隊長機 カーヴィナス1 権限で命じる、先の命令は破棄!
人命優先だ、中装フラット2機を向かわせろ!
当機も直ちに向かう!」
『え?!
特殊命令系統 レベル1を確認。了解しました!』
全く予期していなかった命令に、管制官が必死に対応しようとしている様子が感じ取れる。
そのやりとりに、管制官の背後にいた初老の男が静かに顔を歪ませていた。
ユーデリヒ基地司令、ライオネス・バンクス将軍である。
「狙って、来るか?!」
スタインの確認したレーダー上に、滑走路に移り加速を続ける自機にベクトルを向ける敵機がいる。
速度はとっくに離陸速度を超えているが、今飛び立っては速度不足のためにミサイル回避の旋回さえままならない。
『Waning! Waning!』
敵機からのミサイルロックを告げる警報が、滑走中のV-54コックピットに鳴り出す。
(遅すぎる。
結局、俺が最初になる訳か!)
スタインは微かに機首を引き上げ、ギアを浮き上がらせる。
依然として、計器にはミサイル警報が表示され続けている。
「ギア・アップ」
スタインの音声命令によってランディング・ギアが収納され空気抵抗が軽減されると、V-54はさらに加速度を上げてゆく。
『Caution! レーダーミサイル、一時方向、仰角40度、距離4,200。』
右上方から接近する敵機から、ミサイルが発射されたのだ。
スタインはしかし、まだ、対応を開始しない。
(もう少し…。)
機体速度を示す計器は、目まぐるしく上昇していくにも関わらず、機体高度は10mにも満たない超低空飛行を持続している。
過剰なほど過敏にセッティングされているV-54をこれほど正確に操縦できるのは、紛れも無くスタインの腕である。
V-54の配備数が少ないのは、最新鋭機で高価であるという理由だけではない。
そもそも、このタイトな操縦特性をもつ機体の性能を活かし切れるパイロット自体が少ないのである。
「ふぅっ…!」
スタインは短く息を吸い込み、ミサイルからの急激なブレイクに突入する。
中距離レーダーミサイルの追尾をかわすための、アフターバーナー全開による急速旋回。
一見するとただの旋回なのだが、V-54にとってのそれは、操縦を失いかねないほどの危険性をともなう機動なのだ。
異常なまでの機動力を有するV-54の機動は、旋回動作というたったそれだけで翼面からの気流剥離・失速を招く危険性を有している。
ミサイルは、急速にV-54に近づいてくる。
スタインが睨む、右上の空間には目視では確認不能な距離にあるミサイルの形状が、HMDの輪郭補完映像によってはっきりと確認できた。
脇に表示されている距離数値は3,500を切っている。
「・・・・・・。」
繊細な操作によって、安定した一定の旋回率を維持しながら、対レーダー用ジャマー―であるチャフがV-54の腹面から放出される。
「・・・。」
V-54は自動的に、対レーダーミサイルへの対抗策を張り巡らしてゆく。ECM・レーダー封鎖・レーダー波放射体の放出、スタインの操作無しに機体は状況を正確に把握し最善策を講じているのだ。しかし、それでもスタインの汗に濡れる左手は、イジェクション・レバーをギチリと握っている。
「・・・。」
コックピット内には、途切れたと思うと、また鳴り出すというミサイル警報が続いていた。
あと少しで、ミサイルシーカーの圏外に脱出できるのだが、それと同じようにミサイルと機体との絶対距離も無くなってゆく。
(来た!)
スタインから見える擬似的ミサイル輪郭が、点状から棒状に変化し線となって後方に消え去る。
素早く、レーダー画面に目を移すと、機体後方にあるザラザラとした砂嵐のようなレーダー反応にミサイル光点が向かって行く様子が見て取れる。
スタインは機体を、回避機動から回復させるためにクルリと、旋回方向の流れに乗るロールを打つと
、機首を俯角にとり加速を再開する。
射撃してきた敵機は、その動きに合わせるように機首を此方に向けようとしている。
「ウィング01、北西の2機を救出に向かう。
敵機は無視する。」
遠距離から、再度スタインを狙おうとしていた敵機は、しかし、加速を続けるV-54の背後を取る事はできても、ミサイル到達範囲内に捉えることは出来ない。
敵機との距離は3,000程であるが、機体速度の差によってその数値は急速に上昇し続けている。
いくら、敵機がミサイルと撃とうとも、スタインが直進を続ければ、V-54への到達前に推進力を使い果たすことになる。
「くそ、接触まで2分もかかるのかっ!」
スタインは身に染みて分かっているのだ。
戦闘空間に於ける2分という時間の長さを。
それでも、整備員の機転によって燃料を減らされていた分、機体は軽く加速は早い。
ロード・ハーノククスの行く末は、カーヴィナス最新鋭戦闘機V-54の潜在能力に懸かっている。
『Caution! IRミサイル 6時方向 1,800』
警報は躊躇無く、且つ冷酷に敵機からのミサイルが発射されてしまったことを伝える。
(なんで・・・、こうも・・・、悪いことばかり・・・が!)
シート越しに、背後の敵機を見つづけているロードの目に、自機が音速を超えたことを示す、雲の輪、が急速に遠退いていく様が映る。
先程からロードは全く機体を操作せずに加速を続けている。
V-53sはチューンアップされているだけに見る間に加速していくが、いかんせん既にミサイルが発射されてしまっていてはこのままフルスロットルで飛んだとしてもミサイル燃料が切れる前に捕らえられてしまうのは確実である。
ビーーーー!
(落ち着け、落ち着くんだ!
速度はある、まだ時間はある!)
ミサイル警告が鳴り響くコックピットで、ロードは正面に向き直り計器を確認する。
加速のために俯角を大きくとっていたため高度が下がりすぎている。
レーダーには他には何の機影も映っていない。
回避には高度が足りなすぎた。
いずれにしろアクションは早く起こさなければならない。
(山の陰に入って・・・だめだ遠すぎる・・・。
いや、あっても慣れない機体で低空飛行は自滅がオチか?
ダメだ、考えてる場合じゃない!)
すぐさま上昇へと転ずる。
ゆっくりと機首を煽っていくとピッチスケールがくるくると回っていく。
が、いきなりに機首が大きく振り仰ぎ、コックピット左右のストレーキからベイバーが発生する。
「なっ!!」
『ストール』
突然のピッチアップによって、翼面が大仰角になり過ぎ、失速警報が響く。
予期せぬ挙動に驚き、操縦桿を押さえ込もうとしてロードは気づく。
右手が震え、細かく繊細な動きができなくなっているのだ。
力加減が出来なくなっている。
少しの動きには反応もせず、力をこめると一気に動き過ぎてしまう。
緊張と恐怖が堰を越えて、思考を覆い運動神経にまで影響を及ぼしているのだ。
融通の利かないデジタルな動き、これでは操縦はままならない。
「・・・くっ・・・そっぉぉぉ・・・!
ああああぁあぁぁぁぁっ!!!」
行き場の無い感情の迸りが怒号となってロードの腹から発せられる。
同時に、制御を失った機械人形に電気ショックを加えたように、腕だけでなくロードの全身が一瞬だけ打ち震える。
この期に及んで、いうことさえ利かない自分の体に、もどかしさを通り越し怒りさえ沸いてくる。
(これは誰だ!
黙って、僕に従え!!)
ロードは左手も右スティックに添え、全身で覆い被さるように機体を操る。
右手を全身で固定し、体全体を使う大きな動きで、普通ならば右手だけで行う小さな動きを作り出す。
(大丈夫だ。
ブレイクに複雑な操作はいらない。
これを引くだけでいい!)
回避のためのタイミングはすぐそこに迫っていた。
操縦桿に被さりながら左の肩越しに迫り来る破壊の航跡を凝視する。
左手を慎重にスロットルにもどしフレア放出ボタンを探る。
ミサイルを発射した敵機はやはり単発機だったのだろう、加速を続けたV-53には追随出来ず、二機の距離は大きく開いている。
覚悟は出来ていなかったがやらなければならない。
この際、ブラックアウトなどは気にしてはいられないのだ。
ロードは加減の出来ない体で一気にスロットルを閉じ、フレア放出ボタンを痛いほど押し込む。
全開で飛行する轟音にかき消されてフレアの放出音は全く聞こえないが、ヘッドマウントディスプレイの隅に点滅した頼りない青い文字だけが、かろうじて操作が実行されたことを示していた。
急減速によって前方につんのめる体にシートベルトが喰い込む。
構わずにロードは右スティックを左手元に引き込む。
加減のない操縦はV-53sに急激な挙動を与える。
スラットが伸び、翼面キャンパーが最適化される。
フラップとエルロンが左右の揚力差を作り機体をロールさせる。
瞬時にV-53sは上昇と左ロールの混ざった、小半径バレルロールの軌道を描く。
翼面はその面積さえ変え、意思を持った生物のように蠢く。
軸線が空を向き、押さえ付けられるように空を仰ぎ地平線を潜る。
「くう・・・。」
そこで左ロールのベクトルを解き、純粋なピッチアップベクトルだけを残す。
正面へ向かう視界は、その全てが赤黄色い何も無い大地で覆われる。
どこを見ても同じような地面は、距離感を喪失させ、地面へ向かっていく感覚はロードに恐怖を与える。
そうでなくとも、このままの飛行を続ければ、機体は二次元の地面に吸い込まれる事になる。
早く、ミサイルを振り切り機体の水平を回復させなければ、どちらにせよ死ぬことになる。
(・・・。)
ロードは左手を射出座席の作動レバーにかけたまま、ミサイルを睨みつける。
頭上に輝く光球へ、長く尾を引いてきたミサイルが引き寄せられて行く。
あっけなくはあるが、思惑通りにはこんだ回避行動は、ロードにとって希望となり彼を呪縛から解放するものだった。
ロードの鼓動は依然速いままだったが、かるく火照った頭は思考を加速させ、多少のGは無力にしてしまう。
息さえ止めずにロードは機首を素早く水平に戻し、背後の敵機に向き合う。
(戦術だけなら、本職のパイロットにだって対抗できる、“はず”なんだ!)
ロードは無理やりにでも思い込むことにする、自分の発想・技術はこの状況を超える・・・と。
左に見えている敵機に向かいロードは大きく切り込んでいく。
敵機はそのまま直進を続け、ロードから見える機影は左から右へ流れだす。
「いける。」
左旋回を切り返し、敵機の未来予想位置、その背後をとるように右に旋回する。
敵機はそれに対し右旋回をする。
二機の軌跡は、円を描き本格的ドッグファイトの始まりを啓示する。
(やはり減速しながら旋回している。
そんな手には乗らない!)
ロードもすでに減速していた。
簡単な、オーバーシュートを狙った敵の機動に的確に対応する。
(小回りは向こうの方が有利か?
しかし、こちらも・・・。)
ロードは限界までスロットルを絞り込み、操縦桿を引き敵機に追随する。
チューンアップされたV-53sの真価がここで問われ・発揮される。
今やV-53sのエレベーターは前進翼となり、敵機には完全な平面となって認識されているだろう。
ロードにも敵機の細部まで認識できるほどに、2機の距離は近づいている。
あと30度でもピッチを上げればミサイルロックサイト中央に敵機をとらえることができる。
前進翼となったエレボンが風を掴み、ゆっくりとだが、確実にロードはユグの背後を取りつつあった。
エルドシン機は、滑走路から離陸直後の速度不足で機動力がない戦闘機だけを効率よく狙っていた。
アフターバーナーを全開にしてはいても、音速を超えて向かってくるミサイルに対して、離陸直後の戦闘機の速度・高度では回避動作をする暇さえ敵機は与えてはくれなかった。
敵機にすれば、ミサイルの追尾方式が赤外線受動方式ならば、滑走中の機体だろうと、うるさいハエを空に上げることなく地面に釘付けにすることができた。
「ウィング3、テイクオフ」
「ピート1、テイクオフ」
ビーーーーー!!
並列に並んだまま、間隔も考慮せずに同時に離陸していく戦闘機群の背後から、素早く旋回を終えた敵機のミサイルが発射される。
位置関係を全く変えず、加速・急上昇する戦闘機群の一機に敵機の放ったミサイルがフレアのデコイに欺瞞されることなく命中してしまう。
糸で引っ張られるように吸い寄せられたミサイルが、フラットのテールノズルで破裂を起こす。
幸い、燃料への誘爆はなく、速度も遅かったため空中で機体が四散するすることは無かったが、エンジンの一基を失ったフラットは黒煙を吐きながら減速・降下してゆく。
右側のエンジンとエレボンを失いながらも、パイロットは何とかコントロールを維持し機体を帰還させようとしていた。
離陸に成功した機体は高度と速度を確保すると同時に、鋭く旋回、敵機に正対する軌道をとる。
ケーセス基地空域上空にいる敵機は7機、それほど大規模な攻撃ではない。
むしろ奇襲攻撃としては、7機という機数は少なすぎて、攻撃力に欠けるとさえ言える。
続々と離陸するカーヴィナス戦闘機にエルドシン侵入機は対応しきれていないのだ。
「敵機確認。ウィング3、エンゲージ。」
「5、エンゲージ。」
「カウル1、エンゲージ」
スクランブル発進したカーヴィナス機達が続々と、ケーセス基地滑走路から飛び立ち、縄張りを荒らす侵入者を睨み上げる。
「周辺機、こちらウィング3。
緊急時につき、本機が指揮を執る。
エレメントリーダ資格機は各機、続け。」
準備の整った機体から編隊も組まないまま飛び立っているため、空中戦闘のセオリーである二機一組のエレメントが組まれていない状態にあった。大隊指揮資格を持つウィング大隊3番機は、指揮系統の混乱しきった状況でも素早く組織的対抗力を形成してしまう。
「ノーズアップ、ナウ。」
空域に散らばるエレメントリーダーの資格を持つ機体が、ウィング3の指示に従い、一斉に上昇をかける。
リーダーを確認した残る機がウィングマンとして旋回交差やインターセプトでリーダーの後方に張り付き、それぞれにエレメントが形成されれば、個々にバラバラで散漫だった抵抗力は途端に統率された組織として動き出すのだった。
「こちら、ウィング3。
3エレメントを確認、以降、本機をα1とし、大隊戦闘指揮を執る。」
『2、ラジャー』
『3』
『4』
『5』
『6』
同じリズムで隊機が自分のナンバーを宣言していく。
高度や位置関係から自らのナンバー順位を把握しているのだが、統率され、約束された動きのように乱れぬその息合いからは集団が一つの意思を持っているかのように感じられる。
「タクティカルフォーメーション、エシェロン。」
レーダー画面上に無造作にばら撒かれた交点が意図的に収束していく様は、エルドシン機に撤退を決断させるに余りある恐怖であった。
正面の敵機はその動きを察知すると同時に回避・離脱軌道を取り始める。
先にスクランブル発進していたカーヴィナス機と格闘していた敵機は空域にカーヴィナス機が増えていく様子を察知すると、撤退のためにシザース機動からすぐさま離脱し、加速上昇を開始する。
残る敵機も、次々撤退し始めている。
『ありがとう、コミ。助かった!』
敵機と格闘していたフラットからの通信である。
『奴ら、フェザー大隊だ。』
「何っ!」
ウィング3はHUDに表示される敵機データに目を移す。
無機質なフォントで表示されるのは編隊名を示すFeatherという文字と、付随するナンバーである。
今頃になってウィング3の体に悪寒が走る。
フェザー大隊・・・それは、エルドシン最強の戦闘飛行隊の名。
「奴は、11番、“ジュラーヴリク”はいたのか?」
フェザー大隊、その自由行動機三機の内の一機、機体識別信号『エルドシン フェザー11』で示されるフェザー大隊エースパイロット。
現在の編隊戦術はカーヴィナス・エルドシン両軍に於いて大隊規模にもなると、一機ずつハッキリとそれぞれの役割が変わってくる。
その中の自由行動機とは、部隊で最高の技術を持つエースパイロットが就く場所だった。
この機は、その部隊の殆どの撃墜数を担い、大隊の中核をなす存在。
敵機撃墜を任務の全てとする最も警戒しなければならない相手。
彼らは遊撃戦力ではない・・・、自由行動機、彼らの能力こそが部隊の戦闘能力を決する。
『分からん! エイムズ、見たか?』
『いや、ユーネスは確認していない。いたら逃げてる!』
『だな。ヴリクがいたら、お前が上がるまでもたなかった。』
エルドシン・フェザー大隊とカーヴィナス・ウィング大隊はほぼ同等の作戦遂行能力を誇る、両国随一の飛行隊である。
しかし、組織としての統制のとれていない個として大隊機と、万全の部隊がぶつかった場合、同等という戦力評価は当てはまらない。
彼が生き残っているのも、フェザー大隊エースであるジュラーヴリクの不在があったからだ。
「ここに居ないなら、どこにいる。」
ウィング3の心に浮かんだものは、酷く暗く冷たい諦めに等しい予感だった。
「コントロール、カーヴィナス1に伝えてくれ・・・」
(動く・・・か?)
敵機は、転がるように突然左に切り返す。
(捉えきれない・・・。)
今から敵機と同じ機動で背後を取るには、軸線の作り出す角度が鋭すぎた。
敵機が低速度なだけに、このまま旋回されれば背後を取られてしまうのだ。
しかし、ブレイクだけが目的ならば、こちらの上昇Uターン、ヨーヨー機動で背後を取ることがきる。
一般的には・・・。
(しかし、それでは遅い。
上を・・・とれば・・・。)
ロードはリミッターが外れるほど無理やりの上昇をかける。
敵機のブレイク、自機の上昇反転によって、2機は同じ飛行軸線上に機首を向けている。
ユグがロードの前下方に位置している。
ロードが、敵機の背後上方取るという戦術的に有利な位置である。
安定した上昇機動に復帰させつつ、ロードは機体をロールさせ機の水平を回復、敵機へとピッチダウンによって機首を上からかぶせこむ。しかし、
「っ!!やられたっ!!」
ロードが背面飛行から回復し、ピッチダウンによって見たものは急上昇するユグの背面だった。
ロードの正面を、瞬時に下から上へユグの軌道が切り裂いていく。
それは完全にロードの戦闘機動に対応されたことを示していた。
近距離において、後ろから降下加速しながら追いかける者と、上昇減速して追われる者とが取らざるをえない直線上での軌道は、攻守の逆転である。
(くそっ!
オーバーシュートさせられた! 後ろを取られる!)
「ジュラーヴリクだとっ!」
スタインは、コントローラーから告げられた無慈悲な単語に我が耳を疑った。
(よりによって!)
戦闘機の最大速度を引き出すために、高度10,000mを目指しアンロード加速を続けるスタインには他に取るべき手段もない。
地上広域レーダーから得られるデータからは、目指す空域に光る見方機の青と敵機を示す赤の光点の健在が見て取れる。
無機質な光はしかし、黒く沈むレーダー画面において自らの意思によって軌跡を描く尊い命の光でもある。
ほぼ重なってしまうほど近い距離を動き回る二つの光点だが、赤い光点がスタインの鼓動とともに大きくなり、か弱い青い光を今にも飲み込もうとしているように見えた。
「くっ・・・。」




