その5
「まったく、俺までひよこ選別に借り出されるとわ。」
パイロットスーツ姿で短めに髪を刈りそろえた筋肉質の男が、飾り気のない通路を歩きながら愚痴をこぼす。
朝の十時。
本当なら今日は非番のはずだったスタインが空を見上げる。
抜けるような青空が目に痛い。
「どうもすいません、スタイン大佐。実技試験は今回が初めてなのでッ!!」
ベシッ!!
先導していたパイロットスーツの男がスタインに手袋で頭を叩かれる。
「わかったから、さっさと行け。ほらっ!」
「は、はいっ!」
頭をおさえつつ逃げるように走っていく。
そのうしろ姿を、腕組みをし、溜息を吐きながら見送る。
「また5分後に、すぐ飛ぶくせに余計な気を使って。
親切に俺に説明している場合か。」
スタインは世話焼き部下の後ろ姿に向かって小さく微笑む。
「大佐、その様子では、”また”、負けたんですか?」
スタインが声の方を振り向くと、違う通路から女性仕官が歩いてくる。
スタインの顔が引き攣る。
幸い、ニンマリとしていたところは見られていなかったようだ。
士官は、スタインが部下を叩いたのを見て、“機嫌が悪い”と思ったのだろう。
「いや、そうではなくて・・・。
今日一日中、ガキどものゲロばかり見なければならないんですよ?」
焦りを隠すために、スタインは言い訳を取り繕う。
彼女の言う、自分の機嫌を損ねたと推測された理由自体は、思いがけず当たっていた。
なんとも鋭い人である。
話しかけてきた人物はずいぶんと可愛らしく見えるが、スタインは頭が上がらない。
実際176cmのスタインより16cmも低い。
この女性仕官はスタインよりも階級が微妙に上なのだ。
縦社会の軍隊においては、階級の違いは絶対的な権力を持つ。
それにしても、あまりにもスタインはうろたえ過ぎている。
それは階級によるものだけでなくこの女性の性格に因るものだろう。
つまりは、スタインは彼女の“ノリ”が苦手なのだ。
「ふ~ん、そうですか~?」
明らかに疑っている目で腰をかがめて、じとっと見上げる。
「ん、なっ・・・。そ、そんなことは・・・。」
呂律が回らずあたふたしているスタインを面白がるように続ける。
「でも誰でしょうね~?うちのエースを撃墜せるNo.1のエリクスンて・・・。」
「エルドシンの”ジュラーヴリク”でしょうか?」
一転、真剣な顔つきになりあごに手を当ててスタインは考え始めてしまう。
「まっさか~って・・・、やっぱり図星じゃないですか。」
そう言って、据わった目でスタインを小突く。
「・・・。」
スタインは気まずそうに顔をしかめるだけだった。
「だいたい、実技の適性試験やろうって言い出したのは大佐じゃないですか?
それを一人だけサボろうなんて、言語道断。
嫌でも働いてもらいますよ~。」
「いや、あれは、もともとフェスに頼まれて。」
「昨今のパイロット候補生の身体能力について、航空機の技術的変化にともない、従来の基準だけでは~」
今、サミーがスラスラと語ってみせているセリフは、スタインが軍上層部に提出した提案書の文面である。
「加えて、パイロット候補生として覚悟の足りない者を篩いにかけ・・・」
「う。」
サミーはスタインに話す隙を与えず、一気に捲くし立てる。
何度か発言を試みたスタインは、その度に機先を制され、金魚のように口をパクパクさせている。
「然るに、パイロット候補生選抜適性試験においては、実機使用による査定が望ましいと判断する。
以上、意見書として提出するものである。」
「・・・。」
提出した文面はそれだけだったのだが、スタインは今度、発言していいのか躊躇している。
サミーは余韻を味わうかのように、一息ついていたのでスタインが口を開くのだが、
「そ・・・」
「大佐知ってました?」
又、出鼻を挫かれた。
「大佐は、あれに“びっくりマーク”つけてたんですよ~?
“提出するものである!”って。
いやぁ~、あれは笑ったなぁ~。」
「あれは、エクスクラメーションマークだ・・・。」
スタインもツッコミで反撃を試みるが、根本的に分が悪い。
「まさか、本当になるとはな。」
ガラス張りの通路から、青空に孤を描く白い飛行機雲を見上げる。
ロードは昨日とは別の場所で試験開始を待っていた。
ロードが乗ってきた電車の終点のひとつ前、カーヴィナス最大規模のケーセス空軍基地である。
ここから西には国防の最前線たる、ハープ空軍基地が位置し、さらにその先に国境に等しいケイブ中央大平原が広がっている。
路線の終点はハープ基地、その先には道すら存在しない。
カーヴィナスは今、中央平原を挟んだ西側に位置するエルドシン連邦と戦争状態にあった。
とはいっても、現在は戦闘頻度は少なく、数か月に1度程の小規模な戦闘があるだけになっている。
そうそう”今”と言ったが、この”今”は神話の昔より2000年にもわたって続いている。
中央平原の上空はその昔より両国戦闘機の決戦の空間となっているのだ。
戦闘機は両国軍備の主力であり、カーヴィナスの首都パーシ・ブロックでも毎年パイロット候補生の採用が400名ほどある。
国防を一手に任されている手前、カーヴィナスのパイロットは英雄視されており、毎年全国から人材の良し悪しを問わず数多くの志願者が集まる。
一昔前までは、最も尊敬される職業・将来なりたい職業を聞けば まず一位であった。
だから、それらを動機としてパイロットを志望する者がほとんどであり、昔も今もそれは変わらない。
たとえ、採用者の4分の1が確実に戦死していようとも・・・。
ロードの志望理由も“表向き”は似たり寄ったりだった。
(・・・!前に進み出せるかどうかは、これに懸かっているんだ。全力以上を出し切る!)
受験生の待機場所は試験直前のキリキリとした緊張感にのしかかられている。
時折聞こえてくる戦闘機の爆音が腹に響く。
そこは空軍基地の無機質で殺風景な大ホールにパイプ椅子を置いただけの簡単なもので、通路を通る軍関係者やパイロットを普通に見ることが出来た。
何故だかロードは自分達が晒し者にされているような気がする。
その、場違い然とした感覚が緊張感を倍にする。
一体、これから何が始まるのか?
実技とは聞かされていても、実際何をするのかはこの場の誰も知らなかった。
《2日目 実技試験 実際に航空機に搭乗し、身体的・空間認知等の適性を審査します。
それに伴い当日、朝食はお控えください》
募集要項に記された情報はそれだけだった。
どのような試験かはともかくも、戦闘機に実際に乗るという事実と先の記述、後の文を見ればどんな状態になるかは明白である。
加えて悪いことに、実技試験は今年から始まったこともあり、前例がなく対策の立てようもない。
「300番から350番の受験生は第二控え室に移動してください。」
仕官らしき女性が時折そうやって受験者を先導していく。
試験後はそのまま帰って行くのだろう、ここに戻ってくる人はいない。
次に呼ばれる事が分かっている人達はいよいよ緊張も限界に来たのか動きがせわしなくなってくる。
震えを抑えようとする者。トイレに行く者。ロードの受験番号は625番、約30分おきに次へと移動するためロードの順番はまだまだ先ということになる。
長い待ち時間はろくなことを考えさせない。
特に試験直前ともなれば不安ばかりが思考を覆い、試験前に頭が疲れ果て、曇った頭で試験を受けた結果、解かるものも解からないという経験が何度もあった。
だからロードは何も考えない。
そうすると・・・、当然眠くなる。
(さて、審査規定の要点は、一定Gにおける180度ターン。
そのときに耐えうる最大Gの計測か。)
V-53複座型戦闘機の後席にはスタインが着いていた。
前席には借りてきた猫のように固まっている受験生が座っている。
「前もって説明したように、どうしても無理だという限界を感じた場合はその場で申告すること。
だが、なるべく高Gの記録が残るように、できるかぎり我慢するように。
申告または、此方が試験続行不可と判断した場合は、そこで審査終了となるからな。」
「は、はい。」
震える声が前席から返ってくる。
「それでは、始めよう。」
スタインは、ディスプレイ上の審査用特別メニューを操作し予めプログラムされた旋回機動を開始する。
(まずは、3G。
0.5G刻みで、最大7Gの計測までか。
あまり高Gだと試験官がブラックアウトするってか?
そこまで耐えられる受験生などいるのかね。)
実際は、試験官が意識喪失した場合も考慮し、一定旋回後は航路を自動確保し水平飛行へと移行するようにプログラムされている。
そんなことをスタインが考えている間に、自動的に、機体は決められた機動で一定のGを受験生とスタインに加えていく。
「ぐぐぐ・・・。」
しばらくすると方位計が180度回転しきり、機体は水平飛行に回復する。
「30秒休んだら、次は3.5Gだ。」
「はい。」
(まだ余裕がありそうだな。)
スタインには受験生の声に、まだ活きの良さが感じられた。
「3.5G。」
(しかし、耐Gは入隊後の訓練である程度は向上すると思うがな。)
「次4G。」
(やはり、入隊希望者に対する精神的な審査という意味合いが強いな。)
「4.5G」
(耐Gの計測なら地上の耐G計測器を使えばいいだけの話だからな。)
旋回のたびにだんだんと、V-53の翼端と背面に発生する霧のような水蒸気が濃くなってゆく。
前進翼となった水平尾翼が風を切り、猛獣の威嚇のような迫力とともに機首がゆっくりと向きを変えてゆく。
ただ、受験生だけを見るだけでは彼にかかっている負荷を窺い知ることはできない。
ヘッドアップディスプレイの角に表示される無機質な数値だけが、このコックピットが異常な空間であることを示していた。
人間が耐えうるGには限界がある。
瞬間的なGに対して人間は15Gを超える負荷に対しても耐えることができる。
しかし、戦闘機の旋回動作におけるGは瞬間的なものだけではなく、ある程度継続的なものである。
時間の経過はパイロットの体力を奪い、筋肉が硬直し続ける事ができない以上、絞り上げられた血液はGにしたがって降下してくる。
息を止め、全力疾走しているようなものである。
鍛え上げられた熟練パイロットでも、平均10Gによる数十秒単位の旋回が限界といわれているのだ。
しかし、高速飛行する機体で、素早く方向転換するためにはより高Gな旋回が必要となる。
負荷の小さい低Gで時間をかければ、その軌道と同意の旋回をすることも可能であるが、敵機の背後を奪い合うドッグファイトにおいてはその時間は、追いかける敵機には離脱を許す事になり、迫る敵機には致命的背後の占有を許す事になる。
耐G能力はドッグファイトにおいて戦闘機パイロットとしての最大の武器となるものなのだ。
「う、ぐ…」
恐らく、生まれて初めて体験するだろう高負荷に受験生の口からは呻き声が漏れ出す。
G表示は5Gを示している。
スタインもその声に気付き現実に目を戻す。機体の水平が回復し始めていた。
「ぐ、ぶ、」
ガチャガチャと受験生が油汗を浮かべながら、懸命に呼吸補助マスクを外そうとしている。
(ここまでだな。)
スタインは息をはきつつ、色付く秋の山々に目を移す。
「うぇぇ!」
水平が回復すると同時に、嘔吐する受験生の生々しい音が聞こえてくる。
「よし、ここまでにするか。」
そういった途端、前席から聞こえてくる“バチッ”というショート音と、多目的ディスプレイに表示される警告表示。
ビービ―ビー
『す、すいません。』
前席からのその声に、無表情に冷や汗を流すスタインだった。




