1.嘘告されるらしい
「じゃあ、罰ゲームは嘘告で決定な!」
「告って、実は嘘でしたってやつ?」
「おーっ、面白そうじゃん!」
騒がしい声が耳に入ってきて、俺はふと足を止めた。
3学期の期末試験期間が始まった初日。
部活動も今日から停止となり、生徒の多くは試験勉強のために下校したようで、廊下は静まり返っていた。
だからこそ、その声は響いた。
校門近くまで行ったところで俺は大事な忘れ物に気付いて、慌てて戻ってきたところだ。声がしたのは2組の教室。運動部らしい張りのある声の主に憶えがある。
始めに宣言したのはバスケ部キャプテンの上杉憲人か。
次はサッカー部の副部長・里見芳也。体格の割に声が高い。
最後の野太い声は佐竹銀仁朗。野球部の捕手で主将を務めていると聞いた。
運動部の中でも花形とも言える部の代表格ということもあって、2年2組の中心メンバー。俺のような陰キャからしたら、やたらと声がでかくて煩いだけの連中だ。
これでも俺は身長180cmを超えていて、体格はいい方だ。いくつかの運動部から勧誘されたこともある。その中にはバスケ部もあったな。
しかし、放課後と休日はバイトなどで忙しいので、どこであろうと入るつもりはない。
そう言って断ったので、あまり連中との関係は良くない。
まぁ、何かと騒がしい陽キャグループのお遊びに興味はない。俺は静かに通り過ぎようとしたが、次に聞こえてきた会話に思わず足を止めた。
「さすがに嘘告はよくないと思うわ」
「でも、公平なゲームの結果だし。今さら無しはねーぜ」
「で、北条さん、誰に告るの?」
北条という苗字は学年で一人だけ。北条麗だ。
頬のラインでぱつっと切り揃えたサイドの髪と、背中の中ほどまで伸ばした黒ロングのコントラストが特徴的な姫カット。色白な肌に切れ長の目が涼やかな小顔。お淑やかで清楚。ほっそりとしているように見えて、実はスタイル抜群。学年でも群を抜いた麗しさから我が校の麗姫と称される。
学年問わず何度も告白されているが、すべて断っている。誰とも付き合う気は無いという理由らしい。卒業までに麗姫の心を射止める男は出てくるのか。うちのクラスでさえ噂になっているほどだ。
俺は学校では話したことはない。
クラスが違うこともあるし、騎士気取りで周囲を固める男子もいる。主にさっきから賑やかな男どもがそうなのだが。
話は続いていた。
「これまで麗に告白してきたやつは除いておくか」
「そりゃそうだな」
「同じクラスもやめとこう。後で気まずいしな」
「ははっ」
「嘘って聞いてキレそうなのもハブこうぜ」
「おとなしそうなやつがいいだろ」
「ちょうどいいの、いるかぁ?」
麗自身の声は聞こえない。女子が一人反対したようだが、男どもは強引に進めようとしている。
「1組に転校生がいたな。ちょうどよくね?」
ギギっと軋むような音がしたが、それを打ち消すほどの大きな声。上杉だ。あらかじめ決まっていた台詞を読み上げるような不自然さだった。
「そういやいたな。なんて名前だっけ?」
「確か、女みたいな名前だった気がする」
上杉の声音に誰も突っ込まない。年度内に来た転校生といえば、ただ一人。
「伊勢……伊勢瑞樹だ」
刑事ドラマで真犯人を告げるように断定した上杉の声。彼の中ではすでに標的は決まっていたように思える。
マジかよ……。俺は心の中で呟いた。
それは俺の名前だったから。
しばしの沈黙を破ったのは女子の軽い声だった。
「いいじゃん。面白そう。ウチ、さんせー」
「ちょっと、花鈴! そういうの、やっぱりよくないよ」
成田花鈴だったっけ。賛成したのはウェーブがかった明るい茶髪が特徴のギャルっぽい女子。
終始反対を貫いているのは大道寺麻沙美。眼鏡をかけた真面目そうな子だ。どっちも直接話したことはない。そもそも、数少ない男子の友達を除き、学校で女子とはあまり関わらないからな。
そして、肝心の麗はさっきから黙ったままで一切声を発しない。賛成とも反対とも表明していなかった。
「だったら、多数決で決をとろうぜ!」
上杉の声が響いたところで、階段からの足音に気付き、俺はそっと離れた。
聞こえてきた声からして、あの場にいたのは6,7人。男子3、女子1が賛成に回れば決まる。
ということは、俺は嘘告をされるのか。しかも、麗からねぇ。
机の引き出しから忘れていた参考書を取り出し、鞄に入れながらも俺は考えていた。
1組の教室には男子と女子、それぞれ数人ずつ固まって話をしていた。
「伊勢、忘れ物?」
「あぁ、うっかりな。懸命に走ってきたんで汗かいた」
「あははっ」
教室に戻ってきた俺に真っ先に気付いて声をかけたのは風間を始めとする男子三人組。
ラノベ・漫画・アニメのオタ仲間でもある。俺はラノベに限らず小説はよく読む方であり、転校初日に知っているタイトルの文庫を見かけて話しかけたら、すぐに仲良くなれた。
普段は真面目で物静か。どこの部活にも所属せず、放課後はすぐ帰る俺なので人間関係は限られているが、進んで壁を作っているつもりはない。
自分のドジで笑いを取るくらいする。
彼らは気のいい連中だが、捕まると話は長くなる。
俺は急いでいるからと三人に別れを告げて教室を出た。
幸いなことに廊下では誰とも出くわさなかった。隣の教室ではまだ嘘告で盛り上がっているらしい。
試験期間が始まったというのに、暇なやつらだ。巻き込まれた人物に同情しつつ、俺は気づかれないように階段を降りていった。




