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真実の愛の正しい処理方法  作者: 章槻雅希


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茶番劇の後

 重厚な扉が大きく開かれた。磨き上げられた床を踏み鳴らし、王宮近衛騎士たちが整然と大広間へなだれ込む。その中央を歩くのは王命を受けた近衛騎士団副団長だった。


「王命である」


 張りのある声が広間中へ響く。


「第五王子ループレヒト・ベッケラート、並びにミリヤム・ビュルス、その父フォルカー・ビュルス、母カトリン・ビュルスを国家反逆罪の容疑により拘束する!」


 その宣言に漸くループレヒトの顔色が変わった。


「国家反逆……?」


「お、お待ちください!」


 ミリヤムも悲鳴を上げる。しかし騎士たちは容赦しない。広間の柱の陰に隠れていたフォルカーとカトリンまで引きずり出される。


「離せ! 私は公爵だぞ!」


「違う。アーレルスマイヤー公爵はローザリンデ様だ。お前は入り婿で公爵ではない」


 副団長は冷ややかに言い放つ。


「それに貴様はひと月前、アーレルスマイヤー公爵家から籍を抜かれている」


 その一言でフォルカーは言葉を失った。たとえ夫婦であっても婚家にとって有害と王城で認められれば同意なく籍を抜くことが可能なのだ。


「正式に離婚が成立し、公爵家との婚姻関係も解消済みだ。更に実家ガニバロフ伯爵家は貴様の復籍を拒否した。現在はビュルス子爵家の、跡取りではない娘に婿入りしただけの男に過ぎん」


 最早公爵家とは何の関係もない。その事実が公の場で宣言された。


 フォルカーとカトリンが頽れる側らでループレヒトも己を守るために必死に叫んでいた。


「誤解だ! 俺はただ婚約を破棄しただけだ!」


「違う」


副団長は即座に否定した。


「婚約破棄だけならば前例に倣い有責者として責任を負えば済んだ」


 広間にいた年長の貴族たちは静かに頷く。20年前、ライナルト・アーレルスマイヤーが示した道。婚約者以外を愛したなら自ら有責を認め慰謝料を支払い生涯をかけて償う。それが『真実の愛の正しい処理方法』。


「しかし、貴様は違う。そこの阿婆擦れを将来の『国母』と称した」


 副団長の声が一層厳しくなる。が、ループレヒトはそれでも理解できないのか、眼を瞬かせる。


「それがどうした!」


「理解していないのか」


 副団長は深い溜息をついた。


「国母とは、国王の母を示す呼称だ」


 静まり返った大広間でその声だけが響いた。


「貴様が国王になることはない。何せ貴様の王位継承順位は第14位、最下位だ」


 淡々とした指摘にループレヒトは眼を見開く。彼は自分が次の王だと信じていたのだ。王太子ですらないのに。


「現在の王位継承順位第1位は第一王子である王太子殿下。第2位は第二王子殿下、第3位は第三王女殿下。王妃殿下所生の方々だ。以下、第13位まで健在。第14位の貴様の妻が国母となるためには、上位13名全てが王位継承権を失わなければならない」


 周辺国との関係も良好で戦争の気配もない。疫病などの発生もない。王子や王女が臣籍降下や嫁入りで継承権を失ったとしても、ループレヒトが最下位であることに変わりはない。王太子の子が産まれれば、その子のほうが上位になる。


 つまり、彼が王位に就こうとすれば、意図して上位者を排除するしかない。策謀か暗殺か。


 そこで副団長はループレヒトを真っ直ぐに見据えた。


「それは王位簒奪である。国家反逆罪だ」


 広間に重苦しい沈黙が落ちる。漸くループレヒトは自分が何を言ったのか理解した。正確には自分が王となる未来などなかったことに漸く気づいたのだ。


「ち、違う……」


 顔から血の気が引いていく。母親が国王の寵愛を受けていたから、母親が自分が将来の国王だと言っていた。第一王子が王太子なのは自分の成長を待っている間の仮の王太子だとも。


 頭の足りない第四側妃の妄想をループレヒトは信じていた。実際に第四側妃は国王の寵愛など既に失せていたし、国王は特別ループレヒトを可愛がっていたわけでもない。母の言葉を信じただけとも言えるが、王族が王位継承について正しく理解していなかったことのほうが問題だ。


「俺は……母上の言葉を信じただけで」


「貴様がどう思い込んでいたかは関係ない」


 副団長はループレヒトの言葉を切って捨てた。


「継承順位は理解していて然るべきことだ。それを貴様は理解していなかった。そのうえで貴様は貴族の前で公言した。証人は数百人。更に各家から王宮へ報告も届いている。それが事実だ」


 言い逃れは不可能だった。ループレヒトはがっくりと膝をついた。


 反論はないと確信した副団長は今度はミリヤムに向き直る。


「ぶ……無礼だわ! あたしは公爵令嬢よ!」


 ミリヤムは叫ぶ。先ほど父親が公爵であることを否定されていたにも拘らず、己が公爵令嬢だと主張する。


「違う」


「弟は次期公爵なの!」


「違う」


「お父様は公爵で」


「違う」


 副団長は淡々と一つ一つを否定する。


「貴様はミリヤム・ビュルス。ビュルス子爵令嬢カトリンの私生児で子爵家預かりの平民。アーレルスマイヤー公爵家とは法的にも血統的にも何ら関係ない」


 改めて事実を突きつける。ミリヤムはその場にヘタリと座り込んだ。


「嘘よ……」


「戸籍を見れば判る。学院の学籍簿を見ても判る。貴族名鑑にお前の名も弟の名もない。つまりは貴族ではない」


 誰も反論できない。それは紛れもない事実だった。


 そして副団長は更に続ける。


「此度の件、アーレルスマイヤー公爵家には一切の責はないとの国王陛下のご判断です」


 マルガレーテに視線を向け、一礼し告げる。公爵家への礼節と敬意を示す態度で。


「離婚成立以前より、フォルカー・ビュルスとその家族は公爵家の運営に一切関与しておりません。公爵邸に居住していない。公爵家の者としての責を全く果たしていない以上、公爵家の者ではないとの陛下のご判断です。何より離婚成立により、フォルカーとアーレルスマイヤー公爵家の縁は完全に切れております。ゆえに今回の事件はビュルス家と第五王子及び生母第四側妃による国家反逆事件であり、アーレルスマイヤー公爵家への咎めは存在しない、寧ろアーレルスマイヤー公爵家は被害者であると陛下より承っております」


 マルガレーテは静かに深く礼を返した。


「陛下のご裁定に全て従います。ご厚情に感謝申し上げます」


 その姿に広間の貴族たちも安堵の息を吐く。誰もが危惧していた。筆頭公爵家まで巻き込まれれば、国内最大派閥が揺らぎ、政情不安を招きかねない。だが、それは避けられた。








 事件の処理は驚くほど速かった。証言は十分、証拠も十分。判決は覆らない。


 第五王子ループレヒト・ベッケラート。国家反逆罪、王位簒奪未遂。王命により毒杯を賜る。


 第四側妃。王子を唆し、国家反逆を招いた責により毒杯。なお、実家の男爵家の関与はなくお咎めなしとなったが、兄である男爵は爵位と領地を返上し、元男爵一家は市井に下った。


 ミリヤム・ビュルス。


 反逆への積極的加担、及び身分詐称により絞首刑。


 フォルカー・ビュルス、カトリン・ビュルス、ニクラス・ビュルス。


 共謀及び反逆幇助、身分詐称により、それぞれ相応の極刑が執行された。


 誰一人として助命を願う貴族はいなかった。当然だった。王位簒奪だけは、どの貴族にとっても絶対に許されない禁忌なのである。








 数か月後。王都では一つの言葉が再び語られるようになった。


 ──真実の愛の正しい処理方法。


 愛した相手と結ばれたいのなら、それは自由だ。しかし、婚約者を裏切るなら責任を負え。家の恩を受けたなら返せ。契約を蔑ろにするな。他者へ罪を擦り付けるな。ましてや国家を巻き込むな。


 20年前、ライナルト・アーレルスマイヤーは自己弁護することもなく、己の選択の責任を取った。それを周囲に示し、理解を得た。そして、実践した。だから、愛する者と共に生きることを許された。


 20年後、ループレヒト・ベッケラートは、それを理解しなかった。己の欲望に周囲を従わせようとした。だから受け入れられなかった。結果的に死を賜ったのは、真実の愛とは別の問題によるものだから、真実の愛を選んだことで死んだわけではない。


 周囲に受け入れられたか、受け入れられなかったか。その違いはただ一つ。真実の愛を選んだことではない。愛を選んだことの責任から逃げたことだ。それだけだった。


 そして、マルガレーテ・アーレルスマイヤーは新たな婚約者を迎えた。公爵家の次代を支える伴侶となるに相応しい青年だった。








 こうして、『真実の愛』を履き違えた愚か者たちの茶番劇は幕を下ろしたのである。


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