廃兵達
訓練場の一角に集められた元騎士たちは、一様に暗い顔をしていた。かつての誇り高い姿は影を潜め、杖をつき、あるいは仲間に支えられて、ただそこに「存在している」だけのように見えた。
その静寂を破ったのは、軍靴の音だった。
「皆、よく集まってくれた」
アルベルト閣下が前に出ると、騎士たちの間にさざ波のような動揺が走った。その後ろには私と、ヴォルクス、ユーリ、そしてハインリヒたちが控えている。
まさか、アルベルト自ら出てくるとはおもっていなかったのだろう。
「まず、紹介したい者がいる。我が辺境伯家専属の癒し手、シェラだ。先の戦いで私を死地から救い上げ、多くの騎士の命を繋ぎ止めた。……中には、彼女を『聖女』と呼ぶ声を聞いた者もいるだろう」
閣下の言葉に、騎士たちの視線が私に集まる。驚き、疑念、そして縋るような期待。
そんな彼らを真っ直ぐに見据え、閣下は深く、重々しく声を響かせた。
「……辺境のために、私のために戦い、傷ついたそなたたちを、今日まで捨てるような扱いで放置してしまった。……本当に、済まなかった」
騎士団長であり、辺境伯であるアルベルトが、深々と頭を下げた。
「閣下!? 止めてください、我らのような廃兵に!」
「顔を上げてください、我らは騎士として当然の義務を果たしただけです!」
廃兵たちは慌てふためき、その場は騒然となった。彼らにとって、主君に謝罪されることは、傷ついたこと以上に衝撃的な出来事だったのだ。
私は一歩前に出た。戸惑う彼ら一人ひとりの瞳を見つめ、静かに、けれどはっきりと告げる。
「正直に申し上げます。皆様の状態は魔法の『癒し』ですべてを元通りに治すことは、現時点では難しいかもしれません。……ですが、これから先の生活を、今より少しでも良くするために、もう一度だけ私と一緒に頑張ってみませんか?」
その言葉は、奇跡を約束する甘い言葉ではなかった。けれど、現実を見据えた私の「共に頑張る」という宣言は、かえって彼らの乾いた心に深く染み込んでいったようだった。
「……聖女様がそう仰るなら」
「俺たち、もう一度、やってみてもいいんでしょうか」
絶望に沈んでいた男たちの目に、小さな、けれど確かな灯が宿り始める。その光景を、アルベルト閣下は痛みを堪えるような、それでいてどこか誇らしげな表情で見守っていた。
「よし、では一人ずつ診察を始めます。あと、わたしのことは聖女ではなく、シェラと呼んでください。……ハインリヒさん、ルシアンさん、準備を!」
私は一人ずつ椅子に座ってもらい、その身体に直接触れていく。
「……失礼しますね。少しズボンを捲りますよ」
躊躇なく男たちの傷跡だらけの脚や腕に伸びる私の手に、屈強な男たちはギョッとして顔を赤くするが、私は気にしない。
「……次はあなたです。お名前を」
「……カイルです。二年前の討伐で大腿部を噛みちぎられました。傷は塞がったのに、膝から下に力が入らなくて……。俺は、もう一度自分の足で、領地の市場を歩きたいんです。今は家族に背負われないと外出もできない。……情けなくて」
カイルさんの脚は、一見綺麗に治っているように見えたが、内部の筋肉はガチガチに固まっていた。
「カイルさん、ここは瘢痕で筋肉が癒着しているだけです。神経は生きています。地道なリハビリで、また自分の足で市場へ買い物に行けるようになりますよ」
「本当……ですか、シェラさんっ!」
「ルシアンさん、カイルさんは『軟部組織の癒着による可動域制限』です。マッサージとストレッチの計画を。……はい、次の方」
次は、腕が不自然に固まった年配の騎士だった。
「ガイだ。骨は繋がったはずなんだが、重いものが持てなくてな。……先月生まれたばかりの孫を、この腕でしっかり抱き上げたいんだ。今のままだと、落としてしまいそうで怖くて触れられない……」
私は彼の腕を丁寧に触診し、眼で確認する。すぐに原因を特定した。
「これは偽関節に近い状態です。中途半端な癒着のせいで強度が足りていません。……でも、これなら今すぐ癒せます。正しい位置に骨を戻すので、ちょっと痛いですよ」
言うが早いか、私は彼の腕をぐいと引いた。
「痛っ!!」
「ハインリヒさん! このまま固定して抑えてください!」
「は、はいっ!」
ハインリヒが力強く固定した隙に、私は一気に『癒し』を流し込む。
「はい、終わりです。これ、持ってみてください」
少し重たい水差しを渡すと、彼は目を剥いた。
「……持てる。痛くない。これなら、これなら孫を抱けます!」
「筋力は落ちているので、まずは軽いトレーニングを始めてくださいね。お孫さんを抱っこする時は、座ったままで他の方がいる時にして下さい。……はい、次!」
私は廃兵達に寄り添いながら、早いテンポで診察していく。
診察の最後、数人の騎士に抱えられ、一人の男が運び込まれてきた。かつての魔獣討伐で吹き飛ばされ、岩壁に背中を打ち付けた元騎士、マルクさんだ。
彼はほぼ寝たきりの状態で、視線には生気がなく、ただ運ばれるままになっていた。
「マルクさん。……何か、やりたいことはありますか?」
私の問いに、彼は力なく、けれど切実な掠れ声で答えた。
「……外の景色が、見たい。ずっと家の中の天井ばかりだ。……風の匂いすら忘れてしまった」
胸が締め付けられる。私は彼の身体を丁寧に確認し、静かに告げた。
「マルクさん。……正直に言います。今の私でも、あなたの身体を完全に治すことは非常に厳しいです。……でも、もしかしたら、ほんの少しだけ感覚を取り戻せる可能性があります。やってみますか?」
男は、縋るように深く頷いた。
「お願いします……何でもします」
その時、後ろで見ていたアルベルト閣下とヴォルクスがたまらず声を上げた。
「待て、シェラ! 無理をするな。以前の私の時(視神経)のように、お前が倒れるような真似をするつもりじゃないだろうな?」
「大丈夫ですよ。そこまで無茶はしません。今の私の全魔力を使ったとしても、断裂した脊髄を一瞬で繋ぐことはできないと分かっていますから」
私はマルクさんにうつ伏せになってもらい、脊椎の損傷部位を視て確認する。アルベルトの視神経に触れた時と同じように、祈るような気持ちで少しずつ、精密な『癒し』を流し込んでいった。
張り詰めた沈黙が流れる。ある程度の魔力を通したところで、私は手を止めた。
「マルクさん。どうですか、何か感覚に変化はありますか?」
マルクさんは困惑したように顔を横に振った。
「……いえ、何も変わりません。やはり無理ですよ……」
私は黙って、彼の麻痺しているはずの足先に指先でそっと触れた。
「えっ……あ、……ぁ?」
マルクさんが震える声を上げた。
「……今、何か、ほのかに触れているような……。誰かが、足に、触れて……っ」
男の瞳から、大粒の涙が溢れ出した。驚きと歓喜で声が震えている。
「痛みを感じるまではまだ遠いようですね。でも、同じ場所にこれから何度も『癒し』を施せば、もう少し感覚が戻ってくるかもしれません。麻痺した部分を動かしたり触れたりすることが大事ですから、奥様にも毎日触れてもらうよう伝えてください」
「毎日……。癒しをかけてもらいに頻回にくるのは……」
「ここに来るのが難しいのであれば、私の方から伺います。お家でゆっくりリハビリを続けましょう」
訪問看護の提案に、マルクさんは言葉にならない声を上げて泣き崩れた。彼を支えていた騎士やハインリヒ、ルシアンたちも、奇跡を目の当たりにしたように震えている。
マルクさんが丁重に運ばれて帰った後、診察スペースに残されたのは、私とアルベルト閣下、そしてヴォルクスとユーリの四人だけだった。
「……やはりシェラ、君は本物の聖女なのだな」
ユーリが胸に手を当て、心の底から崇めるような眼差しで私を見つめた。
その言葉に、私はなんとも言えない、苦笑いとも困惑ともつかない顔を向ける。
「……私はただ、できることをしただけです。…失敗する可能性だってありましたし」
ユーリはますます瞳を輝かせ、「それだけじゃなく、彼らへの接し方もだ」といい、ヴォルクスも「シェラの行動全てがそう呼ばれる原因だ」と呆れたように笑った。
ふと隣を見ると、アルベルト閣下が深いため息をつきながら、片手で顔を覆っていた。
「……閣下? どこかお疲れですか? 脈を診ましょうか」
私が顔を覗き込むと、彼は指の隙間から、射抜くような、それでいてひどく困り果てたような蒼い瞳を私に向けた。
「……いや。お前のその、無自覚な底なしの慈愛に……頭が痛くなってきただけだ」
「慈愛だなんて、そんな大層なものじゃ……」
はぁっと大きなため息をつき、
彼はそれ以上言葉を続けず、がしがしと乱暴に自分の頭を掻き回した。
結局、彼はそのまま仕事を片付けてくるといい、自室へと帰っていった
その様子にヴォルクスとユーリは含みのある笑みをこぼし、シェラは何もわからず、首を傾げた。
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