討伐の始まり
朝霧の中、整列した騎士団を前に、アルベルト閣下が愛馬に跨り、凛とした声を張り上げた。
「これより魔の森へ出発する!前回の活性化で撃ち漏らした個体が潜んでいる可能性が高い。各員、慢心せず、一角の隙も作るな。命を無駄に散らすことは俺が許さん。……出立!」
「「「おおおッ!!」」」
その力強い号令と共に、騎士たちの士気が一気に跳ね上がる。大地を揺らすような蹄の音が響き、いよいよ遠征が始まった。
私は隊列の最後尾で、アルベルト閣下に呼び止められた。馬の上からではなく、わざわざ地上に降り立った彼に真っ向から見据えられていた。
「いいか、シェラ。もう一度言うが、絶対に無理はするな。前線がどうなろうと、お前は救護所からなるべく離れないように。自分の魔力の残量を常に計算しろ。いいな、絶対に、だ」
「閣下、もう十回は伺いました。私は非戦闘員ですから、わきまえております。……それに、閣下こそ無茶をして運ばれてこないでくださいね?」
私が少しからかうように微笑むと、閣下は「……ふん」と苦々しく顔を背けた。その様子に、周囲の騎士たちは「あの厳格な団長が、まるでお嬢様を心配する父親のようだな」と苦笑いを浮かべている。
さらに追い打ちをかけるように、カシムが私の足元に膝をつき、今にも泣き出しそうな顔で訴えてきた。
「ああ、シェラ隊長……! お側でお守りできない私をお許しください! 不甲斐なさに、私の心は今にも張り裂けそうです……!」
「カシム、もういいから。ほら、騎士達が呼んでいるわよ。早く行きなさい」
「ああ、隊長! その冷たい視線すら、今の私には救いです……!」
同じ隊の騎士達が「はいはい、行くよカシム」と、半ば引きずるように彼を連れて行く。周囲はもはや爆笑の渦だが、私は彼らの賑やかなやり取りに、少しだけ肩の力が抜けるのを感じていた。
やがて、軍は領都を離れ、鬱蒼と生い茂る「魔の森」へと足を踏み入れた。
光を遮る巨大な樹木、湿った土の匂い、そして肌を刺すような魔獣の気配。
「救護隊、予定の位置に到着。幕舎を急ぎ設営しましょう」
私の指示で、救護部隊メンバーと補助で付いている後方支援の騎士たちが素早く動き出した。森の中の一角、比較的見通しの良い場所に陣営を整える。
準備してきた清潔な布や水、度数の強い酒などを使いやすいように展開していく。
粗方、準備が整ったころ、遠くで最初の戦闘が始まったことを告げる咆哮が轟いた。
私は、一瞬手を力強く握りしめ、ふぅと息を吐く。
私は救護所で最初の一人が運ばれてくるその瞬間を待った。
森の奥から断続的に響く怒号と魔獣の咆哮を背に、少しずつ、負傷した騎士たちが救護所へ運び込まれてきた。
「こちらへ! 傷口を見せてください」
私は運び込まれた騎士たちの状態を素早く確認する。幸い、今のところは裂傷や打撲など、比較的軽い傷で済んでいる者が多いようだった。私は心のどこかで小さく安堵のため息をつく。
救護部隊の面々は、私の指示に従って手際よく動いていた。
「ハインリヒさん、そちらの方の癒しを。ルシアンさんは次の方の洗浄をお願いします」
「了解しました、シェラ隊長!」
指導を始めた当初は戸惑っていたハインリヒさんやルシアンさんも、今では見違えるほど癒しの技術が向上していた。無駄な魔力を使わず、必要な箇所に的確に癒しをかけていくその姿は、非常に頼もしく、私の視界を心強いもので満たしてくれる。
しかし、そんな平穏は長くは続かなかった。
「……道を開けろ! 救護隊!頼む!!」
森の茂みをなぎ倒すような勢いで、一人の騎士が飛び込んできました。その背には、ぐったりと項垂れた別の騎士が担がれています。周囲の空気が一瞬で凍りつきました。
「こちらへ! そのまま、平らな場所へ下ろしてください!」
私の鋭い声に、騎士が崩れ落ちるように仲間を地面に寝かせる。
私はすぐさまその横に膝をつき、観察を開始した。
「大型だ…大型の魔獣が出たんだ…」
仲間を担いできた騎士は譫言のように、言葉を発する。大型の魔獣という言葉に周囲の緊張感が一気に高まる。
(意識レベルの確認、呼吸、脈拍……それから、外傷の部位は――)
「ルシアンさん、布と洗浄水を! ハインリヒさん、この騎士の鎧を脱がすのを手伝って!」
先ほどまでの穏やかな表情を消し、意識を切り替える。運ばれてきた騎士の顔色は土色で、鎧の隙間からは嫌なほど鮮やかな赤が溢れ出している。
ここからが、本当の戦場。私は自分の指先が冷たく冴え渡るのを感じながら、傷口を見つめた。
展開というのは、手術に必要な器械や材料費を清潔な台に出し、使いやすいように並べることです。
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