優先順位
救護所の前まで来ると、カシムは私の数歩後ろでぴたりと足を止め、深々と一礼した。
「それでは私は、朝の訓練に行って参ります。訓練が終わり次第、再びおそばへ馳せ参じます」
そう言って、彼は朝の光を弾きながら颯爽と去っていった。私はその背中を見送りながら、深いため息を一つついて、救護所の扉を開けた。
中には、すでにユーリ様、ハインリヒ、ルシアンの三人が揃っていた。
「おはようございます。皆様、お早いですね」
挨拶を済ませ、私はすぐに今日の予定と、先ほどアルベルト閣下から告げられた件を共有した。
「近々、大規模な魔物討伐が行われます。救護部隊にとっては、これが初めての実戦になります。……そこで、戦闘下における負傷者の優先順位について説明します」
私は机の上に、赤、黄、緑、黒の四色の布切れを並べた。
「負傷者をその場で四つの群に分けます。
まず『赤』、これは今すぐ処置しなければ命に関わる最優先郡。次に『黄』、重傷ではあるけれど、数時間は待機が可能な群。『緑』は歩行可能で、簡易的な処置で済む軽傷群。そして……『黒』は、すでに絶命しているか、今の我々の力では救命が不可能な群です」
「教会で行っていたものだな」
ユーリは顎に手を当て頷く。
「……救わない、選択をするということですか?」
ルシアンが震える声で尋ねた。私は前世で何度も直面したその痛みを胸に、冷徹なまでに頷いた。
「そうです。全員を救おうとして全滅させるのは、本末転倒。私たちが『黒』に割く時間を、救える可能性のある『赤』に回す。それが戦場での非情かつ唯一の正解です。判断はすべて、責任を持って私が下します」
三人の癒し手が、息を呑んで私を見つめている。その重圧を背負うのが、隊長である私の仕事。
「君だけで背負う必要はない。ここにいる私たちも背負うべきものだ」
ユーリが沈黙を破り、シェラの肩に手を置く。
私は少しだけ軽くなった気がした。
「ユーリ様、ありがとうございます。限られた時間と魔力で、一人でも多くの命を繋ぐための判断です。基本的な役割分担は重症者の処置は私とユーリ様、中等症はハインリヒさん、軽傷者はルシアンさんにお願いします。手が空いている時は他を手伝うという形です」
前世の災害現場や救急外来で叩き込まれた概念。それを、魔法が存在するこの世界に当てはめて最適化していく。
「必要な物資の搬送や補助は、後方支援の騎士たちに各自で指示を出してください。現場で判断に迷うことがあれば、すぐにユーリ様か私に声をかける。……この形でいきたいと思います」
三人の表情が引き締まる。私はさらに続けた。
「本来なら癒し手も前線に随行するのでしょうが、今回は前線の少し後方に『野戦救護所』を設置し、そこで待機する形を提案します。負傷者を運ばせる方が、魔法の精度も安定します。もし動けない重症者がいる場合のみ、そこから癒し手を派遣する……。ユーリ様、いかがでしょうか?」
私の問いかけに、ユーリは少し考える仕草をした。
「……面白いな。閣下の許可を仰ぐ必要はあるけれど、一箇所に集約するなら、君の言う通り魔力の無駄も省けるし、より多くの騎士を救えるかもしれない」
ユーリ様は納得したように微笑んだが、その瞳には戦場を前にした癒し手としての鋭い光が宿っていた。
「……では、その方針で救護計画書を作成し、私から閣下に提出してきます」
私がそう言って筆を執ろうとした瞬間、ユーリ様が「おっと」と制するように慌てて手を伸ばしてきました。
「いや、シェラ。今回は計画書は私が書くよ」
「えっ? ユーリ様にお手間をかけさせるわけには……」
「いいから、私に任せなさい」
ユーリ様は苦笑しながら、諭すように首を振ります。
「君は昨日、閣下にこっぴどく叱られたばかりだ。そんなタイミングで、また君が1人で計画書を直接持っていったら、閣下の胃に穴が空いてしまう。ここは私を通した方が、話がスムーズに進むと思うぞ」
昨日の今日で、また「効率」を重視した破天荒な提案を突きつければ、アルベルト閣下がどんな顔をするか。……想像して、私は思わず「あ……」と声を漏らした。
「……確かに、そうかもしれません。閣下の血圧をこれ以上上げるのは、本意ではありません。でも、計画書を持っていくときには一緒に行きますので」
「はは、わかった」
ユーリは苦笑を漏らし、計画書に取り掛かった。
またも計画書を作成しようとして、ユーリに止められたシェラでした。
よろしければ、お手隙の際にリアクションや評価をぽちっとよろしくお願いいたします。




