第2話 私は商人としての身分証明書を持っているし
私は商人としての身分証明書を持っているし、店も構えていた。だから、エルミス王国まで買い付けに行くと言えば、あっさりと国境を抜けられた。
まあ、難民でなければ元々簡単に通り抜けられる。問題はない。
王国からエルミス王国までは、起伏もない平たんな道。代わり映えのない風景。遠くに丘。丘の木々は緑色だったり、紅葉していたり。
それが、ずっと続く。
紅葉の黄色や赤の葉の色と、夕日のオレンジ色って違うのね……なんて。馬車に揺られていると考えてしまう。
幼い時、屋敷を追い出されて母と一緒に馬車に乗った。夕暮れの空。段々と暗くなるオレンジ色の空。
同じ道を通っているのではないと思うけど、あの時も道は平たんだった。
馬車の車輪の音も同じようなかんじ。
……でも、私の隣に母はいない。
乗り合い馬車だから、見知らぬ他人の一緒に馬車に揺られているけれど。
私は一人。
服の上から首飾りをぎゅっと握る。
……大丈夫。今度こそ。私は私の居場所を見つける。
馬車の窓から入ってくる風は少し肌寒くて。私はほんの少し、首をすくめた。
***
数日後、エルミス王国にある魔法学校にほど近い街に到着。まずは宿を決めて、食事をとる。それから、魔法学校に赴いて、試験の申込み。
試験まではあと三日。
……時間が出来たので、街を散策する。
エルミス王国はルブルクセン王国よりも南側。だから、紅葉の時期だと言うのに体感的にはあたたかだ。
ショールでも肩から掛けていれば、まだコートは要らない。
あたたかい場所は良いね。気持ちが少し楽になる。きっと未来が明るいなんて思ったり。
空を見る。
白い雲と青い空。
世界はきれいだ。そう思える。
だから、大丈夫。……知らない国で一人でも、さみしくはない。
そうして。
筆記試験は合格して、面接試験の日を迎えた。
案内された教室には、既に面接官と思しき認定魔法使いが待機していた。
ロマンスグレーの紳士。背筋がしゃんと伸びているし、若かりしときは超モテモテだったんだろうなあなんて、思わず見惚れてしまうほど、かっこいいご老人。
その面接官は、椅子からすっと立ち上がって、私に向かって言った。
「受験番号88番、オードリー・K・プレスコードさんですね。今回あなたの試験を担当するクライヴ・ユーバンク・クリスです」
他国人の私だって知っているほどの超有名認定魔法使い。ローレンス魔法伯の片腕とも呼ばれるクライヴ・ユーバンク・クリス様だ。その人が面接官? うわあ……、大物すぎる……。
と、とにかくご挨拶を……。
「は、はい! オードリーです! よろしくお願いします」
接客のときのように、手をお腹に当てて、きっちりと頭を下げる。
「それでは面接試験を始めます。どうぞ、そちらの椅子にお座りください」
クライヴ・ユーバンク・クリス様に促されて、椅子に座る。
「まず、志望動機から。オードリーさんはどうしてエルミス王国の魔法学校に入学しようと思ったのですか?」
ここが正念場だ。
私はごくりと唾を飲み込んでから、言った。
「申し訳ございません。私は魔法学校に入れるほどの資金を有しておりません。ですが、商売のためにおぼえたい魔法がある。そのために、なるべく格安で、魔法の家庭教師をお願いしたいと思って参りました!」
「ほう?」
怒られるかもしれないと思ったけれど、クライヴ・ユーバンク・クリス様の瞳がおもしろそうだとばかりに輝いた。
「商売? おぼえたい魔法とは、どういうものですか?」
「はい。私はこれまでルブルクセン王国にて商売をしていたのですが、独身の平民女の商売でしたので、獲物を狙うハイエナのような者たちがやって来て、結局立ちいかなくなりました。ですが、私は商売を諦める気はありません。新しい商売をするつもりです。そのために、私が唯一使える乾燥魔法を強化……というか、コントロールしたくてですね!」
一息に言った。
クライヴ・ユーバンク・クリス様は、顔を顰めて「乾燥はわかりますが……、コントロール?」と眉を顰めた。
あ、コントロールって、ルブルクセン王国独特の単語か!
ルブルクセン王国やエルミス王国、近隣諸国は共通言語なのだけど、地方や国によって、多少の言葉の違いはあるのよね……。
ええと……。どう説明しようかな……。
「たとえば、押し花というものがありますね。辞書か何かの間に紙を挟んで、その紙の間に花や草を挟んで。重しをして、乾燥させて、保存させておく」
「ああ、はい。ありますね。押し花を作るための魔法を?」
「そのようなものです。ただし、本に挟んで圧縮するのではなく、花の形はそのまま、立体のまま、花の色も変色しないように……。つまり、生の花を、長期間ずっとと枯らさずに保存したいのです」
生の花を乾燥させて、枯らすことなら私にもできる。
というか、私が使える魔法はそれだけ。
ずっと前に、お屋敷で暮らしていた時に習った唯一の魔法。
……魔法を習えたくらいだから、やっぱり私は元々どこかの貴族……だったんだろうけど。
まあ、いい。今は、それはいい。
とにかく乾燥魔法を花に向けると枯れてしまうのだ。
だけど、私は花を枯らしたいのではなく、そのまま長期が保存したい。
「なるほど……。花は、枯れる。ですが、長期間保つ花があれば……」
「商売として、成り立つと思うんです。たとえばプロポーズのときに花束を差し出しますよね。その花束が永久に……は無理でも、長期間艶やかなままであれば、プロポーズ専用花束として売れると思うのです!」
「なるほど。おもしろいですねえ……」
クライヴ・ユーバンク・クリス様の瞳が細められる。興味は引けたらしい。
「私に必要なのは、生の花を長期間保存できる魔法。だから、家庭教師をお願いしたくて。ですが、伝手もないので、この入学試験を利用させていただきました!」
申し訳ございませんと、もう一度頭を下げる。
そう、私は魔法学校に入学する気はない。
色々な種類の魔法を覚える気もないし、魔法協会の認定魔法使いになる気もない。なれるとも思えない。
今後の、新しい商売のために、乾燥の魔法のコントロール……調整を覚えたい。
だから、それだけを教えてくれる魔法の家庭教師を希望している。
「乾燥魔法が使える魔法使い……。濡れた衣服を乾かす程度なら、できる魔法使いはいるでしょうが……。花の水分を抜いて、美しいままに保つのと、服を乾かすのでは……魔法の使い方も異なるでしょうねえ。乾燥ではなく保存……になると思いますが……」
「そう……ですか……」
普通の乾燥じゃダメか……。
濡れた服の乾燥も、生の花の保存も、似たようなものだと思ったのに。
似ているのなら、私にもできるかなって。
……全く使い方が異なるのなら、私が保存の魔法を習うのは難しいかな。
がっくりしそうになったとき、クライヴ・ユーバンク・クリス様はおもむろに立ち上がって、そして、窓際までゆっくり歩くと、ご自分で窓を開けた。
そして何かの魔法を発動したのか。
一瞬の後には、クライヴ・ユーバンク・クリス様はクレマチスの白い花を手にしていた。
「さて……、湿気や水分を抜けば、この花が美しいまま、長期間保たれるのかどうか……」
手にしていたクレマチスの花から水分が抜けた……みたい。
生き生きとした花がゆっくりとしおれていく。白い花弁は茶色に変色した。
やっぱり無理か。諦めて、別の商売を探すしかないか……。
「ふむ……。やはり乾燥だけではダメですね。生花のままのみずみずしい美しさが保たれません」
クライヴ・ユーバンク・クリス様は茶色に変質してしまった花弁をじっと見つめて、何やらぶつぶつと唱え始めた。
「しっとりとした花びらの手触りやふっくらとした柔らかい質感を残すには……。水分をまず抜く必要がある……。だが、水分を抜くということは、つまり枯れるということで……、すると……、たとえば……」
ぶつぶつと唱えるづけるクライヴ・ユーバンク・クリス様。
完全に研究モード。
ええと……。
諦めますと言うべきか、どうしようかと思っていたら、教室のドアがノックされて、魔法学校の職員と思しき人が入ってきた。
「あのー、クライブ様。面接時間、過ぎています。次の受験者が……」
「ああ、すみません」
クライヴ・ユーバンク・クリス様はにっこりと笑って。
「受験番号88番、オードリー・K・プレスコードさん。試験は不合格ですが、あなたのご提案は非常におもしろい。花の乾燥もしくは保存、私も興味があります」
「は、はあ……」
「少々時間をください。この私が責任を持って研究をしてみます」
「ホントですか!」
「ええ。そうですね……。五日後、またこの魔法学校に来て下さい。その時に改めてお話をしましょう」
私は何度もクライヴ・ユーバンク・クリス様にお礼を言って、魔法学校をいったん辞した。
五日間……、どうしようかなと思いつつ、とりあえず、街をふらつく。ただ一人の知り合いもいない街。
エトランゼ……異邦人なんて、自分を称するのはちょっとカッコつけかな。
ま、でも、私には故郷なんてないようなものだ。
だから……かな。
マイケル様を捨てて、ミリーとも別れて。
あっさりと新天地を求めるなんて。
悪化した関係を元に戻すために奔走するよりも、全部捨てて、新しい場所で、一からの再出発を求めてしまうのは。
それでも。
マイケル様と婚約を結んだときは、ようやく定住の地を得られたような安心感があったのだけど……。それは幻想だった……。
なんて。
私は首を横に振る。
過去はイマサラどうしようもない。今はただ前を向け。
目についたカフェで食事をとって。街をぶらぶらして。書店があったので入ってみる。
初級魔法の本があった。
とりあえず、手にしてみて、読んでみる。
……うーん、何が書かれているのか全く分からない。
乾燥の魔法が使えるのなら、他の魔法も、きちんと習えば私でも使えるようになるかもしれないなんて思っていたんだけど。甘かったかなあ……。
「あのーすみません。この本よりももっと簡単なっていうか、一番簡単な魔法の使い方の本ってあります?」
書店の店員さんが取り出してくれた、超初心者用の魔法理論の本をとりあえず買ってみた。金貨一枚。高い。けどこれは経費。
宿に帰って読む。
……難しいわ。
なんとか読み終わったけど、書いてあることの十分の一も理解できなかった。




