第10話 マダム・クリスへのお手紙には
マダム・クリスへのお手紙には、クライヴ・ユーバンク・クリス様のご紹介であること、レシュマ先生のお力をお借りして保存花を作ったこと、ランディア王国で保存花の商売をしたい旨を書いた。
ミラー子爵家と懇意にしている商人からも、取り扱いたいとの言葉をいただいている。ありがたいけれど、まだ研究中で、どのくらい長く保存できるのかどうか分からないからと言って、待っていてもらっている……などの現状も。
とにかく、まずは、マダム・クリスに会って、いろいろ聞きたい。商売のこともあるけど、ランディア王国の流行とか、この国の人たちの好みとかも知りたい。
手紙を書いて、返事を待つ間。作った保存花をいくつか選んでフラワーバスケットと花冠を作ってみた。それから、ごく普通にいくつかの花を束ねて、普通の花束と変わらないものも。実物をマダム・クリスに見てもらわないとね。
数日後、マダム・クリスから手紙の返事が届いた。
お店はもう息子夫婦に半分任せているし、お店には居るけれど、のんびり過ごして引退をしているようなものだから、いつでも店を訪ねに来ても大丈夫とのことだった。
ありがたい。
更にありがたいことに、ルーク様もお店まで同行してくださるとのことだった。
「マダムには、レシュマの結婚式のときにお世話になっておりまして。それ以来不義理をしているので、一緒に行かせてもらってご挨拶をしたいのです」
ルーク様は、そう言ってくれたけど。
本当はランディア王国に不慣れな私が、ルーク様に助けてもらうことを負担に思わないようにしてくれているのだろう、きっと。
部屋が余ってるから使って下さいとか。
挨拶したいから同行させてくださいとか。
親切の押し売りにならないように、さりげなく支えてくれている。
なんてありがたいんだろう。いい人だなあ。
ルーク様も、クライヴ・ユーバンク・クリス様も。ランディアの国の人たちは、押しつけがましくならないように、それからこちらが負担にならないように、援助なんて大袈裟なものではないですよ、ついでに、このくらいできますから……って感じに支えてくれる。
……ルブルクセン王国の人とは違う、のんびり……じゃないか、心の余裕がある感じ。
国民性?
それとも運よく親切な人に出会えているだけ?
……もしかしたら、ここを新天地にして、私、新しい居場所を見つけられる?
ううん、まだ分からない。
マイケル様だって、最初は普通だった。支えあえると思っていた。一方的に搾取されるなんて、思ってもみなかった。
どちらにせよ、受けた恩をいつか返せるように。
クライヴ・ユーバンク・クリス様やレシュマ先生、ルーク様たちに直接恩返しできればいいし、できないのなら、私に余裕ができた頃の未来で、私も誰かを支えることができたらいいな……。
なんて。
今はそんな未来を描く余裕はないけど。
ここで、保存花の商売がうまくいったら。
ミラー子爵家のタウンハウスをずっとお借りするのではなくて。
でも、ここの近くで。
私の居場所を、作ることが出来たらいいな……なんて、少しだけ、思い始めたの……。
***
さて、両手で抱えるくらいの保存花の大きな花束を作り、それを手に持って。更にバスケットに入れたもの、大きめのリースの輪っかにしたものもルーク様に持っていただいて、マダム・クリスのお店を訪ねた。
「すごい……」
王都の一等地。高級感漂う店舗や劇場やカフェがずらりと並ぶ高級商業ストリートの一角。まるで隠れ家のように静かに佇んでいる三階建てのお屋敷。『マダム・クリスの小さなお店』と書かれた案内板がある門を潜って進むと、そこは、七つほどのテーブルや椅子があった。
カフェを併設してるのかしら……ね。
きょろきょろとしながらお屋敷……お店の中に入ると、らせん階段が見えた。その階段をルーク様は二階へと進む。慣れている感じで堂々としている。
わたしはよたよたと。花束が大きすぎて、足元が見えないのよね。ゆっくり階段を上らないと転んでしまいそう。
私の様子を見て、ルーク様がさっと手を出して花束を持ってくれた。あ、ありがたい……。お礼を言う。
「ルーク様はマダム・クリスのお店は……」
来たことがあるのかな? 慣れているみたいって思っていたら。
「……実は私も、店舗に来たのは初めてなのです。レシュマの結婚式の準備では、店の従業員がミラー子爵家に来て下さったので。ただ、レシュマからいろいろ話は聞いています。さすがに子爵家程度の資産では、マダムの店は敷居が高い」
なんて答えてもらっているうちに、二階に着いた。すぐに従業員が近寄ってきた。
「いらっしゃいませ」
「すみません、私はレシュマ・メアリー・ミラーの兄でルークと申します。こちらはオードリー嬢。マダム・クリス宛てに先日お手紙を出したのですが……」
店員は穏やかな笑顔。
「ルーク様とオードリー様。うがかっております。三階の個室にご案内いたします」
どうやら案内の店員にも話が付いているらしい。私とルーク様は店員の後について、三階へ向かった。
案内された個室は、ほっとするような温かみがある部屋だった。
花柄の壁紙、こげ茶に塗られた柱。柱と柱の間には大きな花瓶が置かれていて、あまり香りの強くない花が飾られている。
「素敵なお部屋……」
声に出したら、返事が返ってきた。
「褒めていただいて嬉しいわ」
振り向けば、ドアから五十歳くらいに見える女性が入ってくるところだった。細身のドレス姿がすごく美しい。
柔らかい笑み。どことなくクライヴ・ユーバンク・クリス様に似ているような気がする。
「あなたがオードリーさん?」
「は、はい! オードリー・K・プレスコードと申します!」
慌てて、ぺこりと頭を下げる。
……外出用のワンピースを着てきたけど……、デイドレスとかのほうが良かったかなと、ちょっと後悔した。
でも、まだドレスの類は用意していないのよね……。
早急に買わないと駄目かも。
平民丸出しの服装では、失礼に当たるかもしれない……。
だけど、マダム・クリスは私に対して不快気な顔なんか見せなかった。
昔からの知り合いに見せるような、親しげな笑みを浮かべてくれている。
「初めましてね。それからルーク様はお久しぶりねえ」
「ご無沙汰しております。それからいつもレシュマがお世話になって……」
「もう孫のような感じだから。ルーク様もオードリーさんも気楽に話してちょうだい」
礼を言って、しばらく談笑。お茶もいただく。
そして、作った保存花をお渡しさせたいただいた。さりげなく、従業員の人が、大きな花瓶を二つ持ってきてくれた。それにバサッと保存花を入れる。
「花弁に触ってもいいかしら」
「はい」
花束から三輪ほど取って、テーブルの上に並べる。そして、マダムは花びらに触れた。
「感触は生の花と変わらないのね……」
マダムはそう言った後、何かを考えるようにしばらく黙っていた。そして、ちょっと息を吐いてから、言った。
「お花自体は素敵だと思うわ。すぐに枯れてしまう生の花と違って長期保存ができる点は素晴らしいわね」
「ありがとうございます」
「でもね。所詮花は花よ」
「え?」
「このまま売るのであれば、街のお花屋さんで売っている花を買うのとそう変わらない値段しかつかない。手間暇かけて、薬品につけて……、その分の時間と費用に見合わない」
「あ……」
花の原価。薬品代。魔法で花を作るのならともかく、私はレシュマ先生のように魔法で保存花を作ることはできない。当然、諸費用がかかる。手間も暇も……。
「見合うようにするならば、薄利多売しかないかしら……」
薄利多売。
利益を得るために大量に保存花を作って大量に売る……。
できなくはない、けど……。私一人で、従業員もいないままに行う種類の商売には向かない……かも。
それに、そもそも花がそんなに売れるのかという問題もあるし……。
「それからもう一つ。この保存花はきれいはきれいだけど、作るものっぽい感じがするのよね。色目が均一というか」
「あ……」
赤や青……単一の色の着色液に花を漬ける。
赤いバラの花を、赤い着色液に漬ければ、花弁の赤い色はきれいにくっきりと付く。
だけど、茎や葉の緑が赤みを帯びる。
だから、作りものっぽい感じになってしまうのだろうか……。
どうしよう。
売れると思った保存花は……、あんまり売れないのかもしれない……。




