Route:009 - ふたりのイヴ
「町の次は、なんか草原っぽいところに出たねー」
「ん」
私がハンドルを握りながら呟くと、ルナが短く同意した。
地方都市の廃墟を抜け、さらに内陸へと進むと、景色は一変した。視界一面に広がる、緑、緑、緑。建物の残骸もちらほら見えるけれど、その大半が背の高い草に埋もれている。
風が吹くと、緑の絨毯が波打つようにざわめいた。
「これ、元は田んぼだった場所かな」
「ん。多分そう」
何となく分かる。
この高い草を全部「稲」に変換して想像すると、かつてののどかな田園風景が浮かび上がってくるからだ。
私たちが今走っている少し高くなった道路は、恐らく堤防か、広域農道だった場所だろう。だとしたら、あの茂みの先には用水路か川があるはずだけど……わざわざ確認しに行くのは面倒かな。
「水とかはまだあるよね」
「ある。町でタンク満タンにした」
「だよね。水は大事だから」
「ん」
川があるなら水を調達できるけれど、今のところ貯蓄は十分だ。
二人だけで、しかも徹底した節水生活をしているから、そう簡単には減らない。
こんな世界になっても、私たちは人間だ。
シャワーもトイレも完備されたキャンピングカーの中にいるとはいえ、さすがに野生動物みたいに裸で過ごすわけにはいかない。
……まあ、誰も見てないんだから裸でもいい気はするけど、そこは「人間としての尊厳」の問題だ。ドン・ペンギンで手に入れた新しい服もあるしね。
「ん……」
「どうかした?」
「ううん。何でもない。ただ……外の気温、25度」
ルナがコンソールの温度計を見て言った。
「夏日だね。でも猛暑でもない。過ごしやすいほうだよ」
「うん。近年の夏は、平気で30度超えてた」
「私が覚えてるニュースだと、40度近い日もザラにあった気がする」
「ん。外に出たら死ぬ暑さ」
それを考えると、今の気候は大分マシだ。
まだ6月とはいえ、かつてはもっとジメジメとして不快だったはず。
人間がいなくなって排熱が止まり、アスファルトが緑に覆われたことで、地球が本来の涼しさを取り戻したのかもしれない。
カーステレオからは何も流れない。ラジオをつけても「ザーッ」というホワイトノイズが響くだけ。本当に、世界は静かになった。
「どうして私達は、取り残されたんだろうね」
直線の道路を走りながら、私はふと口にした。
「分からない……本当に」
「だよね」
この終わってしまった世界に、私たち二人だけが取り残された理由。
それを答えてくれる神様も、AIも、もういない。環境破壊を続けてきた人類を排除して、地球をリセットしたかった?
それは分かる。自然の回復力を見れば、私たちが「邪魔者」だったのは明らかだ。
――でも、だからこそ分からない。
私もルナも人間だ。地球を汚してきた人類の一員だ。それなのに、どうして私たちだけが無事なのか?
「……」
考えるだけ無駄なのも分かっている。復興なんて不可能な人数で残されて、何をしろと言うのか。
「新世界のアダムとイヴになれってことなのかな?」
「ん……それだと、生物学的に詰んでる」
「あはは、確かに」
女の子同士で何をしろと。
子孫を残す? 無理無理。iPS細胞の研究室でも残っていれば別だけど、そんな技術私たちにはない。
「私達、どっちもイヴ」
「だよねえ」
「……でも」
ルナが小さな声で呟く。
「……ユキとなら」
「ん?」
「何でも、ない……」
「そう?」
ちらりと横目で助手席を見る。
ルナが俯いて、膝の上で手をぎゅっと握っている。
……あれ? なんか顔、赤くない?
「ルナ、顔赤いよ?」
「えっ」
「もしかして、熱ある?」
私は慌ててハザードランプを点灯させ、車を路肩に寄せた。
こんな医療設備の整っていない世界で、病気は命取りだ。ただの風邪でもこじらせたら大変なことになる。
「一旦休もう。薬箱、後ろにあったよね」
「ち、ちがう。大丈夫」
「大丈夫じゃないよ、耳まで赤いし。おでこ触るね」
「んぅ……」
シートベルトを外して身を乗り出し、ルナの額に手を当てる。
確かに少し熱い気がするけど、高熱というほどじゃない。
「……ユキのばか」
「えっ、私!? なんで!?」
「……にぶい」
「鈍いって……熱の判断が?」
ルナは「はぁ」と大きなため息をつくと、拗ねたように窓の外を向いてしまった。
どうやら熱ではない……らしい?
うーん、やっぱりルナの考えていることは、時々よく分からない。
「とりあえず、ちょっと休憩しよっか。冷たいお茶でも飲む?」
「……ん。飲む」
緑の海原の真ん中で、私たちはしばしのティータイムを取ることにした。
理由も分からず残された二人のイヴ。楽園の果実はまだ見つからないけれど、冷えた麦茶はとびきり美味しかった。
(続く)




