Route:035『雪だるま職人と、氷の相合傘』
「……あーん」
「ユキ……待った」
私が積もったばかりの真っ白な雪を両手ですくい、口へ運ぼうとしたその瞬間。
ルナの冷ややかな声(外気温より冷たい)が静止をかけた。
「さすがに、雪を食べるのはどうかと思う」
「あはは……いや、ついつい美味しそうに見えてね。天然のかき氷かなって」
昔、子供の頃に一度は憧れなかっただろうか? シロップをかけて食べてみたいと。まあ、今の私は見た目は少女でも中身はそれなりの年齢(精神的に)なはずなんだけど。
「ん。それが許されるのは小学生まで。それに大気中の塵を含んでるから、衛生上よろしくない」
「うっ、正論」
「こんな医療設備のない場所で、お腹を壊したらどうするの。点滴はないよ」
「ごめんごめん……心配してくれてありがとう」
「ん。別に……」
ルナがぷいっとそっぽを向く。
マフラーに顔を埋めるその仕草が可愛くて、私はニマニマしながら雪を払った。
「さて、と。腹ごなしに芸術活動といきますか」
「芸術?」
「ふっふっふ……私の雪だるま製作テクニックを見せてあげよう……」
「ぷ。なにそれ」
私は腕まくり(ダウンジャケットの上からだけど)をして、雪原を見渡した。雪質はパウダースノーに近いが、少し湿り気もある。固めるには絶好のコンディションだ。
「見てなって。私の職人魂を」
「ん。お手並み拝見」
私はまず、核となる雪玉を作り、雪の上を転がし始めた。
ただ大きくすればいいってもんじゃない。重要なのは、重心の安定と、表面の滑らかさだ。脳内で設計図を展開し、理想的な曲率を計算しながら雪を巻き込んでいく。
「……ここが少し歪んでる。修正」
手袋をした手で表面を撫で、ミクロ単位(気分的に)で凹凸を均す。
「我ながらこの綺麗な球体。さすがは私」
「はいはい」
「もっと褒めてくれてもいいのにー」
「すごいすごい(棒読み)」
「むー」
ルナの反応が薄い。
……まあいい。完成品を見れば腰を抜かすはずだ。
私は一回り小さな頭部用パーツを作り、慎重に胴体パーツの上に乗せた。接合部を雪で補強し、完璧な二段重ねのシルエットが完成する。
「ベースは完璧。あとは顔のパーツなんだけど……」
私は周囲を見渡した。
目や鼻に使えそうな石や枝を探してみるけれど、あいにくの積雪で地面は真っ白だ。少し掘り返して小石を拾ってみたけれど、形がいびつで気に入らない。
「……美しくない」
「えっ、石に美しさを求めてるの?」
「当然。私の作品に妥協は許されない」
片方の目が三角で、片方が丸だなんて、バランスが悪すぎる。
「作るか」
「はい?」
ないなら作ればいい。それはエンジニアの基本精神だ。
私は『ポラリス』のトランクを開け、愛用の工具箱を取り出した。タガネとハンマー、それにヤスリを手にして戻ってくる。
「……何してるの?」
「雪だるまの顔を作るの」
「そこまでする……? ただの雪遊びだよ?」
「遊びだからこそ、本気でやるんだよ~」
私は拾った小石をタガネで割り、ヤスリで削り始めた。
カリカリ、と静かな雪原に石を削る音が響く。
同じ大きさ、同じ丸みの「目」を一対作り上げ、ついでに枯れ枝をナイフで加工して、綺麗な円錐形の「鼻」も作成した。
「よし、装着!」
加工したパーツを雪だるまに埋め込んでいく。
バランスは黄金比。
最後に小石を並べて、ニッコリ笑った口を作る。
「我ながらいい出来だ! タイトル『雪原の微笑み』」
「呆れた……そこまでするなんて」
「いいじゃん、作る時は徹底したいしね」
「ん……わたしには分からないこだわり。でも、ユキらしい」
ルナが呆れつつも、少し楽しそうに笑ってくれた。
それで十分だ。
「ふふ。それだけじゃないよ、ここを見て」
「?」
私は小枝を拾い上げ、雪だるまのふっくらとしたお腹部分に、線を描き込んだ。
三角形の屋根に、一本の縦棒。
……相合傘だ。
その下に、私とルナのデフォルメした似顔絵を描く。
「私たちがここに居たという証。そして相合い傘」
「んっ!」
ルナがパッと顔を赤くして、私の腕をポコポコ叩いてきた。ダウンジャケット越しだから全く痛くない。むしろ可愛い。
「相変わらずの反応だね……夜はあんなに激しいのに」
「っ! ばか……っ!」
さらにポコポコが加速する。私は笑いながら、その手を避けた。
「冗談冗談。……でも、嬉しい?」
「……ん。嬉しいけど、恥ずかしい」
ルナが雪だるまのお腹に描かれた絵を、そっと指先でなぞる。
雪だるまは、春になれば溶けてしまう。
相合傘も、水になって消えてしまうだろう。けれど、この真っ白な世界に、確かに私たちが並んで立っていたという事実は消えない。
「写真、撮っとこっか」
「ん。賛成」
私たちは世界一精巧な雪だるまを真ん中に挟んで、記念写真を撮ることにした。
背景は、どこまでも続く冬の廃墟。被写体は、寄り添う二人の笑顔だ――
(続く)




