Route:034『掠れた看板と、無限のエネルギー』
「のんびりする時間も、いいよね」
「うん」
雪道を走らせていた私たちは、街道沿いに見つけたコンビニらしき建物の駐車場に『ポラリス』を停め、後ろのリビングスペースでくつろいでいた。
まだ昼下がりの明るい時間帯だけど、こういう「何もしない時間」も旅には必要だ。
ルナが淹れてくれた温かいミルクティーの湯気が、ふわりと立ち上る。
「ここは、どこのコンビニだったんだろうねー」
「んー……? 分からない」
「完全に掠れ切ってるもんね」
窓から見えるのは、雪に埋もれた平屋の廃墟だ。
オレンジと緑だったのか、青と白だったのか。看板も外壁の塗装も風化して剥がれ落ち、辛うじて「24h」という文字の痕跡だけが読み取れる。
さっき中を覗いてみたけれど、棚は倒れ、雑誌は腐葉土みたいになっていた。
ただ、驚くことに業務用冷蔵庫や、レジ横のホットスナック用ケース(もちろん中身は空っぽだ)の電源は入ったままだった。
モーターが低い唸り声を上げ、誰も来ない店を冷やし続けている。
「今に始まったことではないけど、ちらほら電力が生きてて『ザ・営業中』みたいな雰囲気を醸し出している店とかあるよね」
「うん。街灯とかも」
このコンビニに限らず、ここまでの道中で何度も見てきた光景だ。
信号機、自動販売機、駅の改札。文明の灯火は、人間がいなくなっても消えていない。
「発電所も無人のはずなのに、不思議だよね」
「ん。AI管理」
「やっぱり、それかな」
ルナがタブレットで電力網のデータをチェックしながら頷く。
「太陽光や風力、地熱といった自然エネルギー施設は、メンテナンスフリーで稼働し続けてる場所が多い。それに、主要な核融合発電所も自律稼働してる」
「あー、なるほど」
技術の進化の賜物だ。
かつての危険な原子力発電は姿を消し、安全でクリーンな核融合発電が主流になった。高度なAIが炉を管理し、燃料ペレットが尽きるか、システムが物理的に壊れるまで、半永久的にエネルギーを生み出し続けているのだ。
世界はまだ、生きている。
「私の『ポラリス』も、負けてないけどね」
「ん。移動する発電所」
私の愛車には、当時の最新技術で作られた超小型核融合炉が搭載されている。
それに加えて、屋根には高効率ソーラーパネル。この二重のバックアップのおかげで、エアコンも、電子レンジも、シャワーも使い放題だ。
さらに言えば、車内の家電も全て省エネ最新モデル。
結果、消費する電力よりも生み出す電力のほうが圧倒的に多い。エネルギー問題に関しては、私たちは無敵なのだ。
「雪、やまないね」
「ん」
そんなことを考えながら、窓の外を見る。
空は鉛色の雲に覆われ、相変わらず牡丹雪が降り続いている。コンビニの駐車場は既に真っ白に染まり、白線も見えなくなっていた。
「……外気温、マイナス3度」
「うわ、なんかめっちゃ下がってない?」
「うん。これはかなり寒そう」
ルナがモニターを見て身震いする。
マイナス3度。冷凍庫の中ほどではないけれど、生身で長時間いたら危険な温度だ。
「……ちょっと、外に出てみる?」
「また?」
「うん。でも今度は、この雪を触ろうかなって」
私は窓に張り付いて、積もったばかりの新雪を見つめた。
ふわふわで、美味しそうだ。
「ふふ。ユキ、子供みたい」
「まだまだ子供だよ……たぶん」
「ん。まあ、わたしもちょっと触りたい」
私もルナも、見た目は十代半ばの少女のままだ。
心がはしゃぐのは仕方がない。
「よし、完全防備で行こう!」
「手袋忘れないで」
私たちはダウンジャケットを着込み、マフラーを巻き、モコモコのブーツを履いて、氷点下の駐車場へと飛び出した。
(続く)




