Route:033『白銀の序曲、名前の由来』
秋が足早に過ぎ去り、カレンダーが12月を表示する頃。私たちの旅路は、白一色に染まっていた。
「わぁ、雪だね」
「ん。ユキ」
助手席のルナが、窓の外を指さしてから、隣の私を見て言った。その顔は少しだけ悪戯っぽく緩んでいる。
「……いや、私の名前は確かにユキだけど。そっちじゃないよ」
「ふふ、知ってる」
可愛い。
普段クールな彼女がこういう冗談を言うようになったのも、距離が縮まった証拠だ。
「完全に冬本番だね」
「うん。12月……外気温は5℃」
「今、昼だよね?」
「うん。12時ジャスト」
太陽が一番高い時間帯だというのに、気温は一桁台の半ば。
11月も肌寒かったけれど、この冷え込み方は次元が違う。地球温暖化の時代は終わり、静かな寒冷化が始まっているのを肌で感じる。
「空調システムは正常。設定温度は20℃、適温を維持」
「やっぱり『ポラリス』の中は快適だねぇ」
「ん。断熱材とヒーターに感謝」
外は凍えるような寒さでも、この鉄の箱の中は春のように暖かい。私はAIに運転を任せ、温かいカフェラテを一口飲んでから、流れる景色に目を向けた。
私の名前の由来でもある『雪』。
色素の薄い私の髪や肌は、この景色によく似ていると思う。昔、都会に住んでいた頃は雪なんて滅多に降らなかったし、降ってもすぐに汚れてしまっていた。
けど、ここで見る雪は違う。どこまでも白く、音を吸い込み、世界の傷跡を優しく隠していく。
結構な降り方だ。
道路脇の木々は、白い帽子を被ったように重たげに枝を垂らしている。見渡す限りの白銀世界。不思議と、心が落ち着く。自分が世界に溶け込んでいくような感覚。
「……どうしたの、そんなノスタルジックな顔をして」
「ん? いやあ、ユキさんは名前の由来である雪に思いを馳せております」
「ふふ、なにそれ」
ルナがくすくすと笑う。
その笑顔を見ながら、私はふと思いついた。
「ルナは何かないの?」
「わたし?」
「うん。特別な気分になるようなもの。私が推測するに、ルナの名前って『月』から来ていると思うんだよね!」
「あたり」
「だよね! じゃあ、月を見て何か思ったりしない? 自分の名前の由来だし」
私の問いに、ルナは少し考えてから、夜空を思い浮かべるように視線を上げた。
「ん……ちょっと不思議な感じがするかも」
「お、やっぱり?」
「暗い夜に、ひとつだけ浮かんでる。寂しいけど、世界中を見てる。……今のわたしたちみたい」
「あー、なるほど。まさしく、今の私たちだ」
雪に覆われた静寂の世界と、
誰もいない夜を照らす光。
私たちの名前は、最初からこの終わった世界のためにあったのかもしれない。なんて、ちょっとロマンチックすぎるかな。
「まあ、名前の由来って、なんだか特別な引力があるよね」
「ん。……ユキが好き」
「えっ」
「雪景色も、隣のユキも」
さらっと言われた言葉に、私が飲んでいたカフェラテが気管に入りそうになる。
恋人になって数ヶ月。
夜の営み……まあ、そういう肌の触れ合いも増えてきたけれど、こういう不意打ちは未だに心臓に悪い。
「……私も、好きだよ」
照れ隠しに窓の外を見る。
外は厳しい冬だ。夜になれば氷点下まで下がり、路面も凍結するだろう。でも、私たちには備えがある。
「上着とかマフラーとか、回収しといてよかったね」
「ん。モコモコ」
以前、衣料品店で調達した厚手のダウンジャケットや、お揃いのマフラー。
それを着込んで外を歩くのも、また一興だ。
「次の休憩では、雪だるまでも作る?」
「ん。手袋必須」
私たちは温かい車内で、これからの冬旅に思いを馳せた。世界は冷たく閉ざされているけれど、ここには二人分の体温があるから、きっと大丈夫だ。
(続く)




