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あたし、やっぱあんたのこと好きだわ

 そして、彼女を慰めたかった。


「そんなことないだろ。舞恋はすごい役立っているよ。真理愛から聞いたら。舞恋がサイコメトリーして、その情報をもとに麻弥と真理愛が事件を解決しているんだろ? じゃあ、舞恋は捜査の要じゃないか」


「でも、わたしは病気を治す茉美と違って、起きてしまった事件の犯人を捕まえるだけだから。死んだ人は生き返らないし、襲われた人の過去や心の傷は治してあげられない……泥棒もね、盗んだお金はすぐに使っちゃうから、犯人が捕まっても盗まれた物は返ってこないんだよ。犯人が捕まる度に思うんだよね。わたしがしていることに、どれだけの意味があるんだろうって……」


「それでも、俺は舞恋のおかげで救われている人がいるって思うよ」

「え?」


 舞恋は、意外そうな顔で、俺の顔を見つめ返してきた。


「殺人犯を捕まえても、死んだ人は帰ってこない。でもさ、前にテレビで見たんだ。犯人が逮捕されないと、遺族の中では事件は終わらないって。犯人が捕まって、刑罰を受けて、初めて遺族は前に進めるって。それに、犯罪者を捕まえたら、第二第三の被害者を減らせる。それは、被害を未然に防いでいることになると思う。それに、行方不明者を探すのなんて、それこそ最高の人助けだろ?」


 俺の話に、舞恋は目を閉じて黙ってしまった。


 それがどういう意味なのか、俺の言葉をどう受け止めたのか考えていると、不意に詩冴が言った。


「でもマイコちゃん。お仕事頑張ったのはわかりますけど、サイコメトリーって何か消耗するんすか?」


 それだ。

 俺も、そこがわからない。


 仕事を頑張ると言っても、労働時間は放課後から夕食までの数時間だけ。


 特別肉体や頭を酷使するものでもないし、能力も消耗型じゃない。


 なら、どうして。

 舞恋も、話しにくいのか、目を逸らしてしまう。


 でもその時、ふと、彼女にサイコメトリーされる時の記憶が蘇った。


 その記憶と、さっき、茉美が言いかけた言葉が繋がる。


「なぁ舞恋。いつも、俺をサイコメトリーするとき、『おじゃまします』って言うよな?」

「え、う、うん……」

「サイコメトリーする時って、どんな感じなんだ?」


 その問いかけに、舞恋は息を呑んだ。


 それから、ゆっくりと、罪の告白をするように、彼女は語り始めた。


「サイコメトリーってね、何かにたとえるのが難しいんだよね。サイコメトリーは、サイコメトリーする感覚、としか言えないから。でも、人や物のことを、色々と心で感じるの」


 悲しそうにうつむきながら、舞恋は胸の中央に、ぎゅっと拳を押し当てた。


「それこそ、相手の心におじゃまするような感じなんだ。事件現場や、被害者の証拠品をサイコメトリーすると、被害者の気持ちがわかるんだよね。あ、でも勘違いしないで。追体験したり、殺された人の痛みを感じるとかじゃないから。でもね、痛かったんだろうな、辛かったんだろうなって、そういうのは、はっきりとわかるんだ……」


 それがどれだけキツイことか、想像するのは簡単だった。


 それは、例えるなら人が暴行を受けるシーンを、本人によるナレーション付きで、延々と見せられるようなものだ。


 世の中には、違法動画を検閲して削除する仕事が存在する。


 けれど、日々、表現規制に引っかかる残酷で猟奇的な動画を視聴し続ける彼ら彼女らの多くは、精神的に病んでしまうという。


 舞恋みたいに優しい子なら、なおさらだろう。


 優しい子は、共感性が強い。というよりも、共感性が強いからこそ、人は優しくなれる。


 他人の痛みや辛さを想像できるから、人は他人に優しくする。


 逆に、サイコパスと呼ばれる人たちは、他人の気持ちを想像することができないからこそ、非人道的なことに抵抗がないらしい。


 でも、舞恋に、そんなことは無理だ。


「あのね、行方不明になる人って、事件に巻き込まれた人も多いけど、自分の意思で逃げた人も多いんだよ。家族から虐待されて、学校で居場所がなくて、消えちゃいたくて、みんな自分でいなくなるんだ……」


 彼女の濡れた声に、俺は自分の失言を恥じた。


 行方不明者を探すのが人助け? 地獄から逃げ出した人を、また連れ戻すことの何が人助けなんだ。


「けど、警察は家庭の事情だから、民事不介入だって言って動いてくれないんだよ……」


 酷い話だ。

 俺自身、いじめられていたし、他人の話でも、そうした話を聞くと、嫌な気分になる。


 どうしてこいつらはこんなひどいことをするんだろうと、青臭い正義感と怒りが湧いてくる。


 それを、舞恋は二か月も耐えてきたんだ。

 そう思うだけで、辛くて仕方なかった。

 でも同時に、舞恋の持つ善良性が愛しくもあった。


 辛いのに、彼女はみんなの役に立とうと、最近は特に頑張っていた。

「ならさ、もうやめようぜ」

 俺は言った。

「元から、舞恋がこの仕事しなきゃいけない義務はないんだし、俺らの仕事って強制じゃないだろ?」


 俺の言葉を、舞恋は意外そうに聞いていた。


「でも、そんなことしたら、警察も警察班のみんなも困るよ」


 真理愛と麻弥のことを一瞥する舞恋に、俺は言い聞かせた。


「なら、窃盗事件だけとか、とにかく仕事を絞るんだ。俺はさ、やりたくないことに耐えてやるっていう平成のブラック理論が嫌いなんだよ」


 噛んで含めるように、舞恋へ言ってやった。


「そりゃあ限度はあるぞ。嫌なことから逃げていたら自堕落になるだけだ。でも、やらなきゃいけない義務も責任もない事柄で我慢する必要なんてない。嫌なことはやらない。人間はそれでいいんだ。俺だって、もしも俺の監視員がゴリマッチョでスキンヘッドの軍曹殿ならアポートの練習なんて絶対しなかったぞ。監視役と審査役が優しくて美人で可愛い」

「巨乳の」

「桐葉と舞恋だからって、おい詩冴、俺の言葉に変な単語を混ぜるなよ!」

「シサエはハニーちゃんの心の声を代弁しただけっす♪」


 俺が最初から両手で空手チョップのポーズを取ると、詩冴は桐葉の背中に隠れて逃げた。


 けど、おかげでいい感じに場が和んだ気がする。


「まぁ、なんだ、とにかくそういうわけだから、舞恋さえよければ、俺がこれからすぐ総務省に戻って早百合部長と話つけてくるけど、どうする?」

「……ううん、わたし、今の仕事続けるよ」


 彼女は笑顔でそう言った。


 あまりに意外な言葉に、俺は拍子抜けしてしまう。


「でも、今の仕事、辛いんだろ?」

「うん、辛いよ。でも、わたしはこの仕事をやるべきだってわかったから」

「なんで?」

「なんでって、ハニーがそう言ったんだよ」

「俺が?」


 わけがわからない、と首を傾げると、舞恋は嬉し涙でも流しそうな顔で、掛布団を握りしめた。


「さっき言ってくれたでしょ。『犯人が捕まって、初めて遺族は前に進める』って。『犯罪者を捕まえたら、第二第三の被害者を減らせる』って。その通りだよ。わたしは、被害者を直接助けることはできないのかもしれない。でも、私の力で、今を生きている人が助かるなら、必要なんだと思う。それに、行方不明になった人の中には、誘拐された人だっているもん。きっと、こうしている間も、一秒でも早く助けて欲しいって思っているよ。なのに、わたしが他人事で自分が被害に遭っているわけじゃないのに、記憶を見るのが辛いから辞めるなんて、そんなのダメだよ。いや、違う」


 ぐっと口を閉じて、背筋を伸ばしてから、彼女は凛と言った。


「わたしは、今でも助けを求める被害者の人たちのために、たくさん働きたいんだ」


 彼女の決断に、俺は目が覚めるような思いだった。


 ――なんて強い子だろう。


 きっかけが俺の言葉でも、その結論に、ほとんど自力で辿り着いて、成長した。


 その心根に感動しながら、俺は大きく頷いた。


「わかった。その代わり、早百合部長には別件で会って来るよ」

「別件って?」

「家出人の原因がいじめの場合、関係者を逮捕してから、家出人の社会復帰を促す方向性に変えてもらうんだよ。今の政府は俺らに頼りきりだ。これぐらいのわがままなんとかなるだろ、なんて、汚れた大人っぽいかな?」


 日本の燃料問題の成否は、俺が握っている。悪い考えだけど、政府は俺の要求を断れる立場にないだろう。


「ありがとう」


 舞恋の、濡れた大きな瞳から、涙がこぼれ落ちた。


「そういうことならあたしも行くわ。政治家共がガンになったらあたしとあんたのコンビの世話になるんだもの。あたしとあんたの連名なら、より効果があるでしょ?」

「なら私も」


 茉美の提案に美稲も追従しようとするも、茉美が手で制した。


「いや、美稲は待って。あたしらが徒党を組んで政治を牛耳ろうとしている、みたいな印象を持たれると面倒だわ」

「それもそうだね」

「ていうわけで、行くわよ」

「おう」


 俺と茉美は、靴を取りに部屋を出た。


 そして、玄関につくと、茉美が一言。


「ねぇ」

「ん?」

「あたし、やっぱあんたのこと好きだわ」


 茉美は、笑顔で俺の背中を叩いてきた。


 そう言われると、俺は背中が幸せだった。

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