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麻弥しょんぼり

 5月20日の日曜日。


 午前中に仕事を終わらせた後。


 俺と桐葉の部屋には、みんなが集まり、勉強会を開いてくれていた。


 それもこれも、俺が特進コースに入れるようにだ。


 みんなでリビングのテーブルを囲むように長ソファに座り、桐葉の入れてくれた蜂蜜入りの紅茶を片手に宿題を片付けていく。


「よっし、小四レベルの算数1000問終了。採点結果は?」


 最後まで解答を書き終えて、画面右下の採点アイコンをペンでタッチした。


 すると、宿題画面が一気に一番上の問題までスライド。それから、解答欄に次々正解を示す赤マルが走りながら、猛スピードで画面が下にスライドしていった。


 そして、最後に1000点、つまり、全問正解と言うわけだ。


 小四の算数なんて、全問正解で当たり前だ。


 けれど、基礎力というか、暗算そのものがかなり早くなった気がする。


 算数の宿題ファイルを学校のサーバーへ送信してから、俺は紅茶のカップを手に一息ついた。


「ふー、頭が疲れたな」

「お疲れ様、ハニー」


 俺の疲れを癒すように、桐葉は柔和な声と笑みで、肩を寄せてきた。


「桐葉もお疲れ様。桐葉の提案した、みんなで集まって宿題をするって案だけど、思った以上に宿題がはかどったよ。みんなの眼があると、サボろうなんて思わない」

「それはお互い様っすよ。く~、シサエも今日の分の漢字例文作り終わったっす。これで漢字は1000字コンプリートっすね」

「また変な例文作ってるんじゃないだろうな?」


 俺が苦々しい声で尋ねると、詩冴は頬を緩めながら声を弾ませた。


「大丈夫っすよ、ちゃんとみんなと同じく主語は自分に、相手をハニーちゃんにしてますから」

「だからそれをやめろって、ちょっと待て、今お前みんなって言ったか!?」


 みんなの顔を見回すと、美稲が照れ笑い、舞恋がはにかみ、茉美が悪い顔をした。


「くっそ、だから最近国語の先生が俺を見る目が冷たかったんだな。この前までは半笑いながらもどこか若人を見守る温かさがあったのに!」


 国語の先生には、俺がとんだハーレム野郎に見えているに違いない。


「いや、みんなそろってあんたのことをハニー呼びな時点でそれは免れないでしょ?」


 茉美がもっともすぎることをおっしゃった。


「そうだよ! お前らいい加減俺のことをハニーとか呼ぶのやめろよ!」

「え? でもハニーちゃん、友達の姉妹のことって『お姉さん』とか『妹さん』とか呼びません?」

「なんで桐葉基準なんだよ!?」


 ていうかお前友達いないだろ、という残酷な言葉を飲み込んだ俺は優しい。


「え? だって……」


 詩冴は、桐葉の亜麻色の髪、はちみつ色の瞳、メロンよりも大きな胸を順に注視してから、ぼーよーとした視線を俺に向けた。


「ほら、ねぇ?」

「俺は桐葉の付属品か!?」

「ご安心くださいハニーさん。深海アンコウのオスは交尾のあと、雌の体に吸収されて同化してメスの体の一部として余生を過ごすそうです」

「だからなんなんだよ!?」


 なんていうか、真理愛は気遣いの塊だけど致命的なまでにフォローがヘタクソだった。


「ハニー君はあれだよね、友達の彼氏ポジションだよね」

「ひどい、みんな俺とは友達じゃなかったのか!? 何のための勉強会だよ!」


 美稲は残酷な笑みを作った。


「桐葉さんと同じ教室になるため? だって桐葉さんてハニー君の監視なんだから、ハニー君が特進コースに入れなかったら私たち、桐葉さんと離れ離れになっちゃうでしょ?」

「そういや桐葉って俺の監視役だったな! じゃあ桐葉と一緒なのは確定なのか!?」

「いや、学校からメッセージ来たんだけど、なんかボクの人権を尊重して学内では無理に監視しなくていいって」

「じゃあハニー君の勉強に付き合わなくていいね。どうせ私たちは同じクラスだし」

「その輪に俺も入れろよ!」


 俺が両手を空手チョップの形にすると、美稲と詩冴、舞恋は可愛く、鈴を鳴らすようにころころと笑った。


 舞恋まで笑っていたのが悲しかった。


 ――舞恋、お前もそっち側に行ってしまったのか。


 けど、その笑顔が急に冷めた。


「あれ? 麻弥、歴史の宿題終わってないの?」


 麻弥のMR画面をのぞき込みながら、舞恋は首をひねった。


「明日から飛鳥時代だし、今日までに古墳時代終わらせないと、授業についていけないよ?」


 異能学園は、国語・数学・理科は小学校レベルから、英語は単語の暗記から始まり、中一レベルへ進む。


 けど、歴史だけは小学校レベルのざっくりとした内容ではなく、初めから高校レベルの、けれど縄文時代から順番にキッチリ厳密に習うことになっている。


 それでも、順序立てているせいか、それほど難しいとは思わない。


 今までの教師と違い、唐突に「この時代はとにかくこういう時代でした」「とにかくこういうことが起こりました」ではなく、どういう経緯で起こったのか、その説明に重点を置いているため、小説を読んでいる感覚に近い。


 まして、全学試で30万人中1万8020位の麻弥の頭でわからない、なんてことはないはずだ。


 どうしたのだろうと、俺も心配になって彼女の反応を見守った。


 けれど、麻弥は何も言わず、静かにMR画面を閉じると、ソファから立ち上がった。


「あとは、一人でやるのです」


 そう言って、麻弥はとぼとぼと元気なく、玄関の方へ歩いて行った。


「一人で帰ったら危ないだろ。俺が送るよ」


 麻弥の小さな背中を追いかけて、俺はちょっと強引に彼女を送ることにした。


 いつも無表情で無感動な彼女だけど、今日は、明らかに落ち込んでいるのがわかる。


 そんな麻弥を一人で帰すような勇気はない。

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