ハーレムデート
放課後。いつもの仕事終わりに、桐葉、美稲、詩冴を伴って総務省の講堂へ戻ると、早百合部長が笑顔で声をかけてきた。
「今日もご苦労だったな諸君。早速だが、明日からのゴールデンウィーク、貴君ら学生は休みになったぞ」
「え、そうなんですか?」
国の危機とあって、今まで俺らは、土日も数時間程度拘束されて、働いていた。
とは言っても、美稲は船の貨物室で能力を発動させたら、あとはずっとデバイスで映画を観ているだけ、詩冴は俺や桐葉とダベりながら太平洋上を飛び、森や山の中で能力を発動させるだけなので、さして苦ではない。
だからこそ、余計にスター扱いされると気が引ける。
――正直、毎日女の子たちと遊んで金もらっているだけだよなぁ。
「貴君らは本来、学生の身分だ。貴君らに協力はしてもらうが、貴君らの一生に一度しかない青春を邪魔する気はない。覚えておけ。高校生のゴールデンウィークは一生に三度しかないのではない。高校一年生のゴールデンウィークは一生に一度しかないのだ」
「サユリちゃんカッコイイっす♪」
「でも早百合部長、私の金属生成も休んでいいんですか?」
「インゴットの備蓄は豊富にある。明日からの四日間程度、休んでもらっても遅れはすぐに取り戻せるだろう」
「それもそうだね。ボクのローヤルゼリーなんて家でテレビ見ながらでも作れるし。そっちはゴールデンウィーク中も作りおきしとくよ」
「それは助かる」
「毎日1億円分、年間365億円稼ぐ約束だからね」
桐葉が愛嬌たっぷりにウィンクをする。可愛い。
「と、ハニーさんは思っているようです」
「うわぁ、メロメロっすねぇ」
「何やってんだそこ!」
真理愛と詩冴に、鋭いツッコミを入れた。
「マリアちゃんに頼んでハニーちゃんが考えていることを念写してもらったんす」
「詩冴さんに頼まれ、ハニーさんの考えていることをMR画面に念写しました」
「お前は頼まれたらなんでもするのか!?」
「そうですね、望まれれば違法行為を除いてたいていのことはします」
「無表情無感動に何言ってんだよ!」
「いけないことだったでしょうか?」
「む……」
真理愛は、悪気無く、真顔で尋ねてきた。
――詩冴と違って、真理愛には悪気が無いから困るんだよな……。
怒るに怒れない。
「じゃあ明日からみんなで遊ぶっすよ♪ おっとハニーちゃん、言っておくけど、エロい展開は期待してもダメっすよ。ふふん、ハーレムデート、期待しちゃったっすか?」
「期待してねっつの。それより桐葉もそれでいいのか?」
両手の人差し指で俺を差してくる詩冴を手で制しながら、俺は桐葉に向き直った。
「ボク? どうして?」
「だってほら、せっかくのゴールデンウィークだし、俺と二人でしたいことあったらと思って」
「ボクはいいよ。ハニーとはいつも一緒に居るけど、みんなと一緒にって機会あまりないし」
「そっか、なら俺もいいぞ」
「ハニー君、けっこうちゃんと彼氏やってるんだ」
美稲が、おとがいに手を添えながら、感心したようにふむふむと頷いた。
「美稲は俺をなんだと思っていたんだよ……」
「う~ん、ほら、前に友達いなかった、みたいなこと喋っていたからね。女の子の扱い苦手かなって、ごめん」
ぺろりと舌を出す姿に、俺は怒る気が失せた。
「まぁいいや。じゃあ明日、みんなでどこに行くか決めるか」
桐葉がみんなと過ごすことに前向きなことも手伝い、俺も少し乗り気になれた。
◆
翌日の昼過ぎ。5月3日の木曜日。
ゴールデンウィーク一日目の今日、俺は一人、都内の水族館に来ていた。
億万長者らしからぬゴールデンウィークだが、これにはわけがある。
昨夜、みんなとVRのモニタリング会議をしていたのだが……。
「それでみんな、どこ行くっすか。せっかくお金いっぱいあるし海外行っちゃうっすか?」
「パスポートの申請って、今から間に合うのか?」
沈黙が流れた。
「じゃ、じゃあ国内旅行で高級ホテルに泊まるっす!」
「ゴールデンウィークは明日だし、どこも予約でいっぱいじゃないのか?」
静寂がその場を支配した。
「じゃあせめて高級なバーで大人の体験をするっす!」
「そういうお店、俺ら入れるのか? お酒飲むの前提じゃないのか? 知らんけど」
世界から音が消えた。
結局のところ、俺らは子供なのだ。
これがしかるべき大人なら、ゴールデンウィーク前日でも、金の力で思うままにできたのだろうが、俺らにはそんなコネも手段もない。
高校生に億単位の金を渡したところで、使う知識と能力がない。
そこで結局、舞恋や真理愛の提案で、成り上がりっぽいことはせず、高校生らしいゴールデンウィークを楽しもうと言うことになった。
今日は水族館、明日は遊園地、明後日はスパに行く予定だ。
「ハニー」
「お」
声のする方を振り返ると、私服姿の桐葉、美稲、詩冴、舞恋、麻弥、真理愛が歩いてくるところだった。
桐葉が一人駆け寄ってきて、白いワンピース姿で俺の前に立った。
「待った?」
「いや、俺も今来たとこ」
ちなみに、俺と桐葉が別々に家を出たのは、桐葉がこのやり取りをしたがったからだ。様式美だ。
「ワンピ似合っているな。可愛いぞ」
「えへへ」
桐葉は軽く肩を弾ませて喜んだ。
詩冴がその隣に並んで、モデルポーズをキメるので、俺はチケット売り場へと踵を返した。
「五人全員の私服を批評する流れになりそうだから彼女以外には触れずに行くぞ」
「ちょっ、それは差別っすよ」
「お前に彼氏ができたら特別扱いという名の差別をして欲しくないのか?」
「がーん、まさかハニーちゃんに言い負かされる日がくるなんて!」
詩冴が両手を頬に当てて、オーバーに驚いた。
「ハニーちゃんの朴念仁、鈍感、難聴系主人公」
「それはけなしているのか?」
「せめて可愛さ人間国宝級の合法ロリ、麻弥ちゃんにぐらい何か言わないとハニーちゃんは人でなしっすよ。この鏡銀鉢!」
「麻弥?」
今日も黒髪ツーサイドアップが可愛い美童女、山見麻弥はお人形さんのような白黒ゴスロリファッションだった。無表情なので、ますますお人形さんぽい。
「麻弥は可愛いぞ。神棚の代わりに飾りたいくらいだ」
「あからさまな差別っす!」
「お前が褒めろっつったんだろ」
俺が反論する間、麻弥は俺のお腹に抱き着いて、胸板に頭をくしくしとこすりつけてくる。なんだこの小動物。
「舞恋さん、真理愛さん、ここのチケット、電子販売していないみたい」
「どうやらあの券売機で紙のチケットを買う必要があるようですね」
「お年寄りに配慮しているのかな?」
「みんな、シサエの話題をガン無視っす! シサエたちはズッ友じゃなかったんすか!?」
涙ぐむ詩冴の肩に、俺は優しく手を置いた。
「友達だと思うからこそお前の醜態を無視してくれているんだぞ」
「友達だと思うならかまって欲しいっす!」
「はいはい、あんまり騒ぐと子供チケット買うぞ。お前なら誤魔化せる」
24時間かまって、と騒ぎ立てる詩冴の手を引っ張りながら、俺は券売機へと並んだ。
そして入り口のお姉さんに言われた。
「大人7枚? 小学生は子供料金で入れますよ」
俺らみんなの視線が、ぽちょんと佇む麻弥に集まった。
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