魔力あり、友達ありの私
学園の崩壊から、三年の月日が流れた。
かつてジークの傍らで黒猫の姿を借りていたアリーナは、今は本来のサキュバスの姿に戻り、ひとり静かに夜風に吹かれていた。
彼女の脳裏を去来するのは、三十五年前の光景だ。
三十五年前。世界は混沌の極みにあった。
魔物が溢れ、殺戮と略奪が日常だったその時代、アリーナ自身もまた、血に飢えた狂犬のように人間を襲い、同族を屠っていた。
その地獄を終わらせたのが、圧倒的な武力をもって君臨した魔王ガラム――後のジークである。
彼は争い合う魔物たちを制圧し、たった一人で国家を築き上げた。だが、彼は世が恐れるような暴君ではなかった。誰よりも調和と平和を望んでいたのだ。
だが、ガラムは知っていた。
強すぎる力は迫害の対象になる事を。
「時期に人間が私を殺しに来る。だが、恨んではいけない。それが定めだ」
ガラムはアリーナに予言していた。
強すぎる力は、いつの世も恐怖を呼び、排除の対象となる。彼は己の死を、世界が安定するための必要経費として受け入れていた。
側近であるアリーナに「人間に復讐するな。うまく棲み分けて生きろ」と諭した彼の瞳は、常に深い孤独の色を湛えていた。
しかし、そんな魔王の魂を唯一揺さぶったのが、討伐者として現れたアリスだった。
彼女もまた、最強ゆえの疎外感を知る者。二人はたった一度の戦いを通じて、言葉を超えた親愛を交わしていたのかもしれない。
さて、次にアイナの話をしよう。
アイナは二十歳になった。
彼女は母アリスから継承した魔力を完全に掌握し、今や「最強の魔女」の名を欲しいままにしている。
ミスリル国家警備隊の総司令官という重職に就き、かつての同級生たちをその傘下に収めていた。
あのレムやサムも、今では彼女の威光に平伏し、忠実な部下として辣腕を振るっている。
ラムーの悪行は白日の下に晒され、歴史は正しく塗り替えられた。
彼は「魔王以来の大罪人」としてその名を刻まれ、アイナは正当な英雄の血筋として国中の崇拝を一身に受けていた。
地位、名誉、力。すべてを手に入れたアイナ。
しかし、その玉座はあまりにも高く、そして寒かった。
夜、ひとり月を見上げれば、脳裏に浮かぶのは二人の少年の姿だ。
不器用ながら自分を守ってくれたリュウ。そして、すべてを捧げて自分を生かしてくれたジーク。
「……会いたいよ、二人とも」
最強と謳われる魔女の頬を、一筋の涙が伝い落つ。その孤独は、かつて魔王が抱えていたものと同じ重さを持っていた。
だが、奇跡は月明かりと共に舞い降りた。
すすり泣くアイナの前に、音もなく、一人の人影が現れる。
「……泣き虫なのは、三年前から変わらないんだね、アイナさん」
耳を疑う声に顔を上げると、そこにはあの日、朝日に溶けて消えたはずのジークが立っていた。当時のままの、不遜で、どこか穏やかな微笑みを浮かべて。
これこそが、父シャーリーが仕掛けた「最後の魔法」の成果だった。
十八年前、魔王の魂に接触したシャーリーは最後の約束をしていた。
『もしも、あなたが娘を救って犠牲になるようなことがあれば、また蘇生できるように魔法を重ねておくね。……頼むね』
娘の幸せを願う父の愛は、死の概念すらも書き換えた。
「ジーク、君……!!」
アイナは総司令官としての威厳も、最強の魔女としての矜持もすべて投げ出し、彼に飛びついた。
二度と離さないと言わんばかりにその首に腕を回し、溢れる涙も拭わずに、彼の唇を奪う。
長い、長い孤独の果てに、ようやく「友人」としての再会が果たされた瞬間だった。
かつて戦い合った魔王と魔女。
その魂の片割れたちは、今、月の下でひとつの物語を完結させた。
平和になったこの世界で、彼らがどのような明日を紡いでいくのか。
(完)




