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第74話 「魔銃」


「――炎よ、走れ!!《ファイア》!!」

 

 爆炎。

 

 赤熱した火球が、  暗闇へ叩き込まれる。

 

 轟音。

 

 熱風。

 

 遺跡内部が、  一瞬だけ赤く染まった。

 

 崩れた柱。

 

 割れた床。

 

 黒ずんだ壁。

 

 その奥。

 

 “何か”がいる。

 

 見えていない。

 

 なのに。

 

 向こうだけが、  こちらを見ている。

 

「右だ!!」

 

「違う、上!!」

 

「クソ、どこにいる!?」

 

 怒号が飛ぶ。

 

 だが、  誰も確信を持てていない。

 

 それが、  余計に恐怖を煽っていた。

 

 リオンが、  瓦礫の隙間を駆け抜ける。

 

 呼吸が浅い。

 

 嫌な汗が背中を伝う。

 

 暗闇の奥。

 

 赤い光。

 

 一瞬だけ、  “目”が見えた。

 

「――っ」

 

 見られた。

 

 その瞬間。

 

 ぞわり、と。

 

 頭の奥へ、  冷たい指を突っ込まれたみたいな感覚が走る。

 

 気持ち悪い。

 

 吐きそうになる。

 

 空間が、  ぐにゃりと歪んだ。

 

「リオン!!」

 

 誰かの叫び。

 

 次の瞬間。

 

【ERROR】

Record: Undefined

→ Subroutine: Shift

 

【干渉ログ】

偏位〈シフト〉

状態:自己偏位

 

 咄嗟だった。

 

 “侵食される結果”をズラす。

 

 直後。

 

 リオンの横。

 

 石壁へ、  黒いノイズが走った。

 

 じわじわ崩れていく。

 

 削れる。

 

 侵される。

 

 まるで、  存在そのものが腐っていくみたいに。

 

「っ……!!」

 

 リオンが歯を食いしばる。

 

 まともに見られたら終わる。

 

 頭で理解するより先に、  本能がそう叫んでいた。

 

 その瞬間。

 

 頭の奥へ、  数週間前の光景がフラッシュバックする。

 

 白い顔。

 

 呼吸が乱れていたリシア。

 

 苦しそうに胸を押さえ、  震えていた指先。

 

 あの時。

 

 本気で、  間に合わないと思った。

 

 もう、  あんな顔は見たくなかった。

 

「――風よ、押し返せ!!《ウインド》!!」

 

 詠唱。

 

 暴風。

 

 横殴りの風圧が、  リオンの身体を強引に吹き飛ばした。

 

「うおっ!?」

 

 床を滑る。

 

 肩を強く打つ。

 

 だが。

 

 次の瞬間。

 

 さっきまでリオンがいた空間が、  黒く歪んだ。

 

 石床へ、  ノイズが広がっていく。

 

 侵食。

 

 崩壊。

 

 まるで、  世界の一部が削除されていくみたいだった。

 

 魔導士の女が、  汗だくのまま叫ぶ。

 

「ボサッとしてると死ぬわよ!!」

 

「助かった!!」

 

 叫び返す。

 

 だが。

 

 その直後。

 

 エメラダの姿が、  完全に消えた。

 

「……っ!?」

 

 気配がない。

 

 見失った。

 

 右か。

 

 左か。

 

 上か。

 

 分からない。

 

 その時。

 

 通信デバイスへ、  小さくノイズが走る。

 

『……南西』

 

 リシアの声。

 

 短い。

 

 だが。

 

 少しだけ、  呼吸が速い。

 

 無理してる。

 

 リオンには、  それだけで分かった。

 

『約三十』

 

 一拍。

 

『……来る』

 

 リオンの目が動く。

 

 南西。

 

 三十メートル。

 

 そこだ。

 

「了解」

 

 短く返す。

 

 迷わない。

 

 リシアが見たなら、  そこにいる。

 

 それだけだった。

 

 リオンが地面を蹴る。

 

 わざと、  崩落地点方向へ走る。

 

 背中へ、  嫌な視線が刺さる。

 

 追ってきている。

 

 見られている。

 

 頭の奥を、  触られている。

 

 気持ち悪い。

 

 吐き気がする。

 

 でも。

 

 止まるな。

 

 止まったら。

 

 終わる。

 

「そのまま走れ!!」

 

 楯役の男が叫ぶ。

 

「前出るぞ!!」

 

 双剣使いが左右へ展開。

 

 簡易魔導具を投げ込む。

 

 爆炎。

 

 煙。

 

 少しでも、  視線を散らす。

 

 その瞬間。

 

 暗闇の奥。

 

 赤い瞳が、  ゆっくりこちらを向いた。

 

 空気が冷える。

 

 リオンの呼吸が止まる。

 

 来る。

 

 その直感と同時。

 

 通信デバイス。

 

『……今』

 

 リシアの声。

 

 リオンの目が細くなる。

 

 崩落地点。

 

 入った。

 

 リオンが、  観測役の冒険者へ手を振る。

 

「落とせ!!」

 

「了解!!」

 

 上。

 

 橋状になっていた通路へ、  魔導士たちが一斉に詠唱する。

 

「――砕けろ!!《ブラスト》!!」

 

「――崩落せよ!!《クラッシュ》!!」

 

 爆音。

 

 橋が崩れる。

 

 石柱が折れる。

 

 轟音と共に、  大量の瓦礫が落下した。

 

 直撃。

 

 エメラダの姿が、  完全に瓦礫の下へ埋まる。

 

 遺跡全体が揺れる。

 

 土煙。

 

 崩落音。

 

「今だ!!」

 

 リオンが叫ぶ。

 

「カイル!!」

 

 入口付近。

 

 高台。

 

 カイルが、  静かに魔銃を構えていた。

 

 黒銀色の巨大銃。

 

 周囲の魔力が、  異常な密度で収束していく。

 

 空気が軋む。

 

 森が揺れる。

 

 魔力が、  銃口一点へ吸い込まれていく。

 

 その光景だけで、  冒険者たちの顔色が変わる。

 

「おい……」

 

「マジかよ……」

 

「これ撃つのか……!?」

 

 カイルが、  軽く肩を回した。

 

 いつもの軽い顔。

 

 でも。

 

 目だけは笑っていない。

 

「外したら終わりだからねぇ」

 

 ぼそっと呟く。

 

 指が、  引き金へ触れる。

 

 その瞬間。

 

 通信デバイスへ、  小さくノイズが入った。

 

『……リオン』

 

 リシアの声。

 

 静かだった。

 

 でも。

 

 その一瞬だけ。

 

 僅かに震えていた。

 

 リオンの喉が、  小さく鳴る。

 

「……どうした」

 

 一拍。

 

 沈黙。

 

 それから。

 

『……気をつけて』

 

 短い。

 

 それだけ。

 

 でも。

 

 その声に、  全部入っていた。

 

 不安。

 

 恐怖。

 

 心配。

 

 リオンは一瞬だけ目を閉じる。

 

 それから。

 

 小さく息を吐いた。

 

「……そっちもな」

 

 通信の向こうで、  小さく呼吸音が揺れる。

 

 それだけで。

 

 リシアがまだ無事だと分かった。

 

 次の瞬間。

 

 轟音。

 

 世界が白く染まった。

 

 白銀の閃光。

 

 一直線。

 

 遺跡そのものを貫きながら、  内部へ突き進む。

 

 壁。

 

 石。

 

 瓦礫。

 

 全部まとめて、  抉り飛ばしていく。

 

 衝撃波。

 

 爆風。

 

 遅れて、  空気そのものが爆ぜた。

 

「――っ!!」

 

 リオンが腕で顔を庇う。

 

 視界が白い。

 

 耳鳴り。

 

 遺跡全体が、  大きく揺れていた。

 

 命中した。

 

 確実に。

 

 そのはずだった。

 

 だが。

 

 通信デバイスから、  小さくノイズが走る。

 

『……リオン』

 

 リシアの声。

 

 静かだった。

 

 でも。

 

 その一瞬だけ。

 

 僅かに、  震えていた。

 

「……どうした」

 

 一拍。

 

 沈黙。

 

 それから。

 

『……まだ、いる』

 

 空気が止まる。

 

 リオンの目が開く。

 

「……は?」

 

『反応、消えてない』

 

 短い。

 

 でも。

 

 緊張が滲んでいた。

 

『むしろ……増えてる』

 

「――っ」

 

 次の瞬間。

 

 瓦礫の奥で。

 

 ぐちゃり、と。

 

 何かが動いた。

 

 リオンの背筋が凍る。

 

 崩れた肉。

 

 砕けた黒い結晶。

 

 その中から。

 

 “赤い瞳”だけが、  ゆっくりこちらを見ていた。

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