アルフレッドと影
アルフレッド視点
リリアを両親の待つ応接室まで送り届けたアルフレッドは、彼女たちが王宮の門をくぐり、その姿が見えなくなるまで側を離れなかった。
一度牙を剥いた王妃が、次にどのような卑劣な手でリリアに接触してくるか分かったものではないからだ。
国王マクシミリアンから事前に婚約の話を嗅ぎつけていたのか、王妃イザベラの動きがきな臭い。
昨日も、王妃の実家であるヴァレリアス公爵家の者が出入りしていた。
(・・・私の知らないところで、リリアを手に入れる準備を進めているというわけか)
リリアに内緒で、少し前から影を配置していたのは正解だった。
まさか、登城したその日にこれほど早く手を打ってくるとは想定外であったが。
あの時は、王妃の騎士がリリアを連れ去ったという報せがあったからこそ、あの部屋へすぐに踏み込むことができたのだ。
普段であれば、王妃の私室など近寄りたくもない場所でしかない。
(養子縁組、か。反吐が出るな)
リリアから事の顛末を聞かされたアルフレッドの胸中には、冷ややかな怒りが渦巻いていた。
イザベラの狙いは明白だ。
リリアをヴァレリアス公爵家の養子として囲い込み、アルフレッドとの婚約を強引に白紙に戻す。
そして、実子である第二王子・ルカスの妃にし、彼女の持つ女神の力を利用すること。
魔力至上主義のこの国において、魔力を持たないルカスが王位を継承する道は絶望的だ。
しかし、”女神の力”を持つリリアを妃に迎えれば話は変わる。
そこには、必ずしもリリアの意思は必要ない。
王妃の権力とヴァレリアス公爵家の武力をもってすれば、アステル領の平穏や彼女の両親の安全を人質に取り、リリアに絶望的な選択を迫ることなど容易いだろう。
(あの女なら、リリアを壊してでも手に入れようとするはずだ。・・・決して、そんなことはさせない)
王妃の考えていることは露骨で読みやすい。
だが、アルフレッドが懸念しているのは、ルカス本人だった。
奴は一体、何を考えているのか。
学園には通わず、政務についても「自分には荷が重い」とすべて拒絶し、表舞台には決して姿を現さない。
客観的に見れば王の器ではないが、あの狡猾な王妃の息子が、ただ無能なだけの存在であるはずがない。
自室に戻ったアルフレッドは、窓の外を見つめたまま短く合図を送った。
空気の揺らぎと共に、音もなく一人の男が膝をつく。
アルフレッドの直属の隠密、”影”だ。
「リリア嬢への護衛をさらに手厚くしろ。アステル領に潜ませている者たちとも連携を密にし、決して王妃の手先たちを近づかせるな。それから・・・ルカスの動向を徹底的に洗え。奴がいつ、どこで、誰と会っているのか、些細なことでも報告しろ」
「承知いたしました」
影が再び闇に消えるのを見届け、アルフレッドは小さく息を吐いた。
ふと、先ほど行われた国王との謁見を思い出す。
『——誰に命じられたからではなく、自分の意志で殿下の隣にいたいと思っております』
国王に対し、真っ直ぐに答えたリリアの姿。
その凛とした声を思い出すと、アルフレッドの胸の奥には熱い火が灯る。
彼女は、私との未来を拒まなかった。
あの純粋な想いを、王宮のドロドロとした権力争いの餌食にさせるわけにはいかない。
(君だけは、何があっても僕が守り抜く)
たとえあの王妃を敵に回し、王宮すべてを血で洗うことになろうとも。




