女神の涙
部屋に戻ったリリアは、ベッドの上で息を整えながら今起きたことを振り返っていた。
おそらく先ほどのは魔法だ。
でも一体なぜ?
ううん。あのキラキラ光る花のしずくを舐めたからだ。
現代で魔法が使える人はほとんどいない。
昔は大勢魔法使いがいたそうだが、時代の流れと共に数はかなり減ってしまった。
今魔法が使えるのはリリアが知る限り、この国の王太子であるアルフレッド・フォン・ハプスブルクと、魔法の研究・保護を行っている魔塔の者だけだ。
魔法が使える者のほとんどは王家や高位貴族であるが、例外がある。
”女神の涙”
教会で古い言い伝えを聞いたことがある。
それはこの国出身の者なら、一度は聞いたことのあるおとぎ話のような話であった。
この世界が創り上げられた時、大いなる女神が天から降り立った。
女神は慈悲深く、安らぎと希望を与える力を凝縮させた涙を数滴流した。
その涙がこのアルカディアの地へ降り注ぎ、国を作ったのだと。
ゆえに、この国の王族は女神のいとし子として、未来永劫繁栄を約束されている。
その女神の涙は魔法のしずくとも呼ばれている。
アルカディアの地に降り注いだ女神の涙のほとんどは、土に還り、森や川、生命の糧となった。
しかしその中の一滴だけは、いつの日か現れるべき運命の継承者へ、直接その力を託すために残されたと。
この伝承を元に、魔法使い達は国中を探したのだが見つかることはなかった。
ゆえにこの残った女神の涙は、どれだけ探しても見つからないという意味で
『1000年に一度の魔法のしずく』と呼ばれている。
「おそらく私が口に入れたのは、魔法のしずくね・・・。」
ベッドの上に寝転がり、リリアはそうつぶやいた。
魔法のしずくが、なぜ温室にあったのか
どうして今まで気づかなかったのか
なぜ庭師ではなく私が見つけることができたのか
疑問が次々と思い浮かび、すぐにリリアの頭の中はいっぱいいっぱいになった。
魔塔や王宮の図書館に行けばなにか手掛かりになるものが見つかるかもしれない。
だが、リリアは男爵令嬢だ。
高位貴族でもなければ、魔塔の関係者でもない。
きっと足を踏み入れることすら叶わないだろう。
ふつうならば。
方法があるとすれば、魔法が使えるようになったと国に申告することだ。
魔法が使える人はとても少ないため、申告した途端に国や魔塔から保護をすると声がかかるだろう。
魔力のある者と結婚し子を成せば、子に魔力が宿る可能性が上がる。
きっと、今まで見向きもされなかった高位貴族の家門から、山ほど求婚書が届くに違いない。
リリアの好き嫌いに関わらず、家格より上の者からの求婚は断ることができない。
「そんなの、絶対にいやっ・・・!」
リリアの両親は恋愛結婚である。
父は男爵家出身だったが、母は平民だ。
父と母の結婚は大反対されていたが、母の実家が裕福な商家であったこともあり、何とか父方の実家を説得できたのだった。
二人はリリアが恥ずかしくなるほど、今でもラブラブなのだ。
そんな両親を羨ましく思い、自分も心から愛する人と結婚すると決めている。
そのため、リリアは魔法のことを国に申告するつもりはこれっぽっちも無かった。
「お父様とお母様には相談しなくちゃ」
リリアはベッドから起き上がり、父と母のいる部屋へと足を進めた。
 




