はじまり②
いつも通り温室に入ると、リリアはやっと心が落ち着いた気がした。
一番奥にあるお気に入りのベンチ腰をかけ、小さくため息を吐き天を仰いだ。
リリアはほとんどの貴族が入学する、アルカディア国立学園に通っている。
今は長期休暇中だが、また来週から王都に戻らなければならない。
仲のいい他の男爵令嬢もいるが、ほとんどの高位貴族からは馬鹿にされている。
「行きたくないなぁ・・・」
つい心の声が漏れてしまったリリアだったが
そんな気持ちを変えようと、辺り一面に広がる色とりどりの花に目をやった。
ふと、視界の端できらりと光るなにかが目に入った。
あれはなんだろう
ふと立ち上がり、引き寄せられるように一歩ずつ近づいていく。
光るなにかの正体は小さな花であった。
リリアは、これまでどんな図鑑でも見たことのない、不思議なその花に目を奪われてしまった。
ガラス細工のような透き通る花弁は、薄桃色から純白へと
きれいなグラデーションになっていた。
その中心には、まるで真珠のように白い小指サイズのしずくが、
宝石のように宿っている。
リリアは吸い寄せられるように、そっと花へと手を伸ばした。
花に触れた瞬間、甘く魅力的な香りが鼻の奥くすぐる。
リリアは、自分でも何をしているのか分からないまま、おもむろに
そのしずくを指ですくった。
そのままゆっくりと口へ運ぶと、その途端この世のものとは思えないほど
甘美な味わいが口いっぱいに広がる。
甘さと共に脳を突き抜けるほどの衝撃が全身に走り、だんだん体の奥底から
熱が込み上げてくる。
なんとも言いがたい感覚だったが、不思議と嫌な気分ではなかった。
むしろ心地よく、新しい力が全身にみなぎってくるのを感じなのだ。
視界が一瞬白くはじけ、驚きのあまりリリアは強く目を瞑った。
ゆっくりと瞼を開けると、今まで見ていた温室の風景が生き生きしているように見えた。
「なに、これ・・・」
そこには間違いなく普通の花が咲いていたはずだ。
だが、リリアには花が呼吸をしているように見え、まるで血が通っている
かのように茎の内部を感じることができた。
それだけではなく、風に乗って植物の声が聞こえてくる。
実際に言葉を話しているわけでは無いのだが、何となく植物たちの声が
わかるのだ。
『悲しい』
ふとそんな声が頭に響き、リリアは声のする方へ顔を向けると、
そこには枯れかけた小さなすみれの花があった。
リリアは、なぜかそのすみれから目を離せず、じっと見つめる。
すると、枯れかけていたはずのすみれがどんどんと元気を取り戻し、
まるで先ほど咲いたかのように花が鮮やかに彩り始めた。
一体何が起きたの・・・?
リリアは、今起こった現実を受け入れられずにいた。
手はまだ震えている。
それからふと我に返り、自分の部屋をめがけて走り出す。
走りながらリリアは、もう二度と今までの平穏な生活には戻れないと感じていた。




