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16.それが役目ですから

 レオンがそれを拾い上げて振ってみると、

 中からコツコツと音がする。

 そう固いものが入っているわけではなさそうだが、茶葉でもあるまい。


 彼は蓋にそっと手を掛けて、

 ジャンヌの方を振り返る。


「開けてもいい?」

「そのために来たんでしょう?」


 彼女が肩をすくめて答えると、4人は頷く。


「ジャンヌ」

「なんでしょう」


「改めて、ありがとう。おかげでじいさんが遺したかったものを、ちゃんと受け取れる」


「はぁい」


 あくまでライトな返事が合図。

 レオンは思い切り缶の蓋を開ける。


 パコッと小気味よい音がして、



「あー! なんか紙入ってる!」

「暗号はもう終わったんじゃなかったのか!?」

「なんか、甘い匂いする?」

「うん。なんだろう、ただの紅茶じゃないね。パパが飲んでるお酒っぽい匂い?」

「おまえら! そんなことより中身読むぞ中身!」



 出てきたのは、またしても手紙。

 レオンが広げて、いつものように4人顔を寄せ合って目を通す。


 きっと、テイム氏がずっと見てきた、一番幸せを感じる光景。


「えー、なになに?



『元気な子どもたちへ。


 最後のゲームと、私の最後の時間に付き合ってくれてありがとう。

 これを書いている時点では、まだこのゲームのことは話していない。

 だからもし私に急なことがあれば、そのまま埋もれてしまうかもしれない手紙だ。

 だけれど君たちなら絶対ここへたどり着くと信じている。


 さて、前置きが長くなったが。

 君たちがこれを読んでいるということは、途中の


“宝”


 という言葉も当然目にしているに違いない。

 きっと期待に胸を膨らませていることだろう。


 だが申し訳ない。

 以前に

“私が死んだら、好きなものを形見にあげる”

 なんて言ってしまったものだから、今さら特別な用意が何もないのだ。


 だからといってはなんだが。

 君たちに、絶対私が生きているあいだにしか遺せないものを贈りたい。


 それがこの手紙だ。

 お金にすればなんの遺産にもなりはしないが、


 改めて私の感謝と喜びを君たちに伝えておきたいのだ。

 あんな暗号のヒントなんかには収まりきらない、私たちの友情の総決算を。



 ということで、ここからは一人一人へ向けたパートとなる。

 みんなで読んでツッコみ合ってもいいし、

 まずは自分だけでじっくり読んでくれてもかまわない。

 できれば『白ヤギさんたら読まずに食べた』だけはしないでくれると助かる。



 というわけで順不同、まずはレオへ──






 その姿を往年の氏のように眺めながら。

 静かに立っているジャンヌへ


「ねぇジャンヌ」

「なんでしょう」



「いったいどこからが、君の仕業なんだい?」



 タシュはそっと囁いた。


「どういう意味ですか?」

「いやね」


 ジャンヌのいかにも平静な返事に、彼は床へ腰を下ろす。


「今回の謎解きゲーム、いろいろ矛盾が多いからさ」

「ほう、どこが?」


「まず、暗号が全部王国語で書かれてた」


 彼はチラリとマイロへ視線を向ける。

 肩から掛けたカバンの中には、翻訳に使う王国語辞典が入っている。

 ジャンヌの要請でタシュが持ってきたものだ。


「おかしいだろう。あの4人は誰も王国語ができないし、辞書も持ってなかった。

 本人たちも言うように、君がいたから暗号を解く以前に『読めた』んだ。


 でもテイム氏が君の登場を予見していたはずもない。

 じゃあ彼は子どもたちだけで、どうやって解かせるつもりだったんだ?」


「ふむ」


 ジャンヌも床にハンカチを敷き、彼の右隣へ腰を下ろす。


「僕が思うにあの暗号、未完成なんだ」

「というと」

「ヒントの方はちゃんと共和国語だしね。

 おそらく氏は最初にこのアイデアを思い付いたとき、


 暗号部分だけ、まずはネイティブの王国語で作ったんだ。

 その方がミスや破綻があったとき気付きやすい。

 翻訳はあとからいくらでもできる」


「それが半ばになってしまったから、王国語のままだと」

「そう」


 タシュはニッコリ笑ってジャンヌを見つめる。


「次の矛盾は、ここ」


 それから右の人差し指と中指で床を叩く。


「ここ」

「ここ? 灯台が何かおかしいですか?」


 ジャンヌは相槌を打ちつつ立ち上がる。

 それからタシュの前を横切り、手すりに肘を乗せて海を眺める。

 彼はすぐには追わず、その背中へ向かって続ける。


「だけじゃない。他にも住まいから遠い市場や、登山口に掘った穴も」

「暗号の隠し場所ですね」

「そう、なんだけどハッキリ言って、



 どれも企画だけならともかく、

 実際に杖を突いた老人がセッティングしてまわるのは不可能だ」



 返事の代わりに、ポニーテールが風で靡く。


「仮に根性出して実行したとしても、タイミングが厳しい。

 氏が亡くなったのは1ヶ月以上まえだろう?

 それだけ時間があったら、


 観光名所の灯台

 日曜日に使う、頻繁に出し入れや確認をする市場のガーランド


 誰かが先に暗号を見つけて、ゴミ扱いで回収しちゃうよ」

「ふふふ、あり得る」


 なおも振り返らない彼女に対し、タシュも立ち上がり


「だから、この暗号たちが内容どおりに配置されたのは。うん、1週間まえでも怪しいんじゃないかな? 少なくとも、氏の生前ってことはないはずだ」


 ゆっくり近付いていく。

 ジャンヌと思考のゴールへ。



「つまり、テイム氏に今回の謎解きゲームを成立させることはできなかったんだ。



 そう考えた場合。

 立案者に代わって、本人しか知らないプランを遂行できるのは」


 やがてその足が、相手の左隣に並ぶ。



「残留思念を読めるジャンヌ、君しかいない」



 横顔を眺めると、彼女は涼やかに目を細め、水平線を眺めている。


「今朝山を降りたところで子どもたちを待っていたのも、僕を置いていくためじゃない。

 先に暗号と手紙を仕掛けに行って、そのあと坂を登るのが嫌だったからだ」

「私が全容を把握していたとはかぎりませんよ?」

「でも君はさっきのカフェで、まともに暗号を見なかったろ?


 なのに

『依頼で見たことがある』

 って、シーザー暗号であることを知っていた。


 ついでに君の性格からして、読心せずに

『灯台は東の方だろう』

 と断言はしない」

「ふふ」


 ここに来て、ようやくジャンヌはタシュの方を向いた。

 爽やかな微笑みである。


「よくもまぁ、そこまで想像できますね」

「いやぁ?」


 すると彼は首を左右へ振る。


「実は君がこのゲームを運営してたって証拠を見つけてね。全部逆算からの()()()()なんだ」

「証拠ですって?」


 ずっと涼しげだったジャンヌも、ここに来て目を丸くする。


「ほら、アレだよアレ」


 タシュは手紙に夢中な4人の足元を指差す。

 そこには手紙が入っていた茶葉の缶。


「子どもたちのためとはいえ、高かったんだろう?



 あの夏限定フレーバー」






        ──『メッセンジャー』は宝探しをする 完──

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