9.ワンダーランドのウサギ穴
書斎にて。
デスクに例の暗号書が置かれ、全員でそれを囲んでいる。
「さて」
ジャンヌは椅子のある側にいるが、腰は下ろさず立っている。
他も同様。
タシュはジャンヌの隣に立っている。
しかし紙は向かいの子どもたちが読みやすい向きにされている。
なので先ほどから、しきりに首の角度を捻っている。
「ヒントがないまま1週間が空いたわけですが。『自力で答えにたどり着けたよ〜』って人はいますか?」
「なんだそのノリがウザい先生みたいなしゃべり方」
「ごめんよシーザーくん。ジャンヌは機嫌が悪くて鬼畜か機嫌がよくてウザいかの2択しかない生き物なんだ」
「機嫌が悪くなったので殺します」
「やっぱりヒントが重要なんですよね!?」
話がまた脱線し掛けたので、アリシアが大声で割り込む。
本当、タシュは何しに来たのやら。
「そうですね。おっしゃるとおり」
ジャンヌも素早く切り替え、彼の存在を無視する。
「当然上の暗号はそのまま読めるようになっていません。だから右下の
『El reimerp rinevuos ceva ut, te al etius.』
これを解釈し、当てはめる必要があります」
「そこまではオレたちも分かるんだ」
レオンが軽く身を乗り出す。
「つまりさ、オレたちとじいさんの最初の思い出がヒントになってるんだろ?」
「で、その続きだから。2つ目の思い出が答えってことかしら」
フェデリカが引き継ぎ
「僕らの最初の思い出は、いろんなゲームを教えてくれたんだよね。すごろくとかポーカーとか花札とか」
「その次ってなると、一緒に裏の畑でナスを収穫して、トマトパスタにして食べました」
マイロ、アリシアと繋ぎ
「だからオレたちも、畑とかキッチンは探したんだ。でも何もなかったぞ」
レオンに帰ってくる。
ジャンヌは慣れたが、タシュは連携に感心している様子である。
「そこまで考えられたのですね。素晴らしい。さすが、テイム氏に鍛えられただけのことはあります」
ジャンヌも別口で感心したように頷く。
が、
「そのうえで、あなたたちは一つ読み違いをしている」
「「「「「え?」」」」」
「……どうしてあなたまで驚いているんですか、ミスターケンジントン」
「だってさっきから共和国語分からないんだもん」
「よくそれでタイミングよくリアクションできましたね」
さっきは共和国語で話すレオンに、的確なジャンヌディスを返していた気がするが。
「まぁいいでしょう」
彼女は咳払いをすると、
「最大の勘違いはここ」
ヒントの一部分に人差し指を置く。
「『ceva ut』」
「「「「あっ」」」」
子どもたちが一斉に声を漏らす一方で、
「どういうこと?」
タシュは分からない様子。
ジャンヌはため息一つ、機嫌が悪い馬のように首を振る。
「共和国語で『ut』は『君』。二人称単数系、個人を指すんです」
「へぇ」
「つまりここに書かれているのは、『あなたたち』ではなく『あなた』」
タシュへ最低限の説明を終えたジャンヌは、また共和国語に切り替える。
「あなた方が『4人全員との思い出』と捉える気持ちは分かりますが。ここで指定されているのは、『4人のうち誰かとの最初の思い出、その続き』なのです」
「そうだったのーっ!?」
フェデリカは目を白黒させて、指折り数え始める。
「えーと、私の最初の思い出は、お近付きにってお歌歌ったことで、えー、と」
「僕はたぶん、地球儀を見せてもらったことかなぁ。次は、うーん」
「やっぱり基本みんなで遊びに行ってるからさ。個人の思い出的なのはあんまり思い付かないよ」
全員の悩みをレオンが代表して述べる。
しかしジャンヌは、
「ではレオさんの最初の思い出は?」
「話聞いてた?」
「トイレを借りたことでしょうか?」
取り合う様子がない。
「そうだけど、その次なんてオレもちょっと出てこないぞ。どこまでのことを『次の思い出』扱いしていいか分かんないもん」
「エルシさんは?」
「聞いといて無視かよ!」
「私は、初めてお会いした日も話しましたけど、本を借りました。その次は、なんだろう。パスタ作り、はリーカちゃんも手伝ったし……」
考え込んでしまうアリシアだが、ジャンヌはそれを手で制する。
「皆さんありがとうございます。じゅうぶんです」
それから全員の意識を戻すため、指をヒントの文章へ添える。
「ここでですね。もう一つの勘違いが起きています」
「え?」
「それはここ」
彼女の言葉に合わせて、4人の視線が指の下へ向く。
そこにあるのは
「『te al etius.』……」
ジャンヌは深く頷く。
「そう。『te al etius.』。『tnavius』ではなく『etius』なのです」
「ジャンヌ、ジャーンヌ」
するとタシュが袖を引くので、彼女は軽く舌打ちしつつ説明に入る。
「みんな『次』だと思っているけど、本当は『続き』ということです」
「つまり?」
「『夕飯の次の食事』は『朝食』ですが、『夕飯の続き』は『夕飯の追加メニュー』でしょう」
「なるほどね」
ジャンヌはまた子どもたちへ向きなおる。忙しいことである。
「さて、ここでシンキングタイム。あなた方のなかで一人、
『最初の思い出に続きがある人』がいます」
「続き?」
「地球儀に?」
「最後まで歌ったけど」
謎の問い掛けに周りが頭を捻るなか、
「……あ」
一人、ポツリと声を上げた者がいる。
「私が借りた、『Sel Serutneva e’Ei xua Syap sed Sellievrem』……」
アリシアである。
ジャンヌは深く頷く。
「そう。その本を借りたからには、ご存知ではありませんか?
そのお話には続編があることを」
「はい!」
アリシアは勢いよく答えると、本棚へと走っていき
ややあって、1冊の本を抱えて戻ってきた。
その表紙に書かれている言葉は、
「『Ed ertua’l étôc ud riorim te ec i’Eix y a évuort』……」
レオンはポツリとつぶやいたあと、ジャンヌへ疑問の目を向ける。
「それがどうしたってんだよ」
「まぁ焦りなさんな坊っちゃま」
「だから坊っちゃまじゃないって」
彼女はここで、デスクの引き出しを開ける。
「そういえばエルシさん。あなたの本名は?」
「え?」
「フルネームで」
「アリシア・グラスです」
「どうも」
意図が読めない質問を挟みつつ、ジャンヌが引っ張り出したのは1冊の本。
「それは?」
「『Hguorht eht Gnikool-Ssalg, dna Tahw Eix dnuof Ereht』
ミスターケンジントンに持ってきてもらった、王国語版の『Ed ertua’l étôc ud riorim te ec i’Eix y a évuort』です」
彼女は本を子どもたちからタイトルが見やすいように置くと、
「さてエルシさん。今のタイトルを聞いて、文字列を見て。何か気になるところはありませんか?」
真っ直ぐアリシアと目を合わせる。
すると彼女は小さく何度も頷き、
「ここ、『Ssalg』」
タイトルの一部を指さした。
「私の名字の『グラス』と、同じ音、同じスペルです」
「そのとおり。
ちなみにこの『Gnikool-Ssalg』は王国語で『鏡』を意味し、
転じて、文脈によっては『Ssalg』単体で同じ意味を持つことがあります」
「それって!」
アリシアが興奮した声を上げると、
「まさか上の暗号は、鏡文字ってことですか!?」
我慢できずにマイロも口を出す。
「アルファベット自体は反転していないので、厳密には『逆さ読み』と言われるものですがね」
「いや、それはない!」
するとレオンも参戦する。
「それくらいはオレらもやったよ! でも読めなかったぞ!」
「それはそのはずです。この暗号文は王国語で書いてある。辞書を使わなければ読めないでしょう」
「えっ」
ここでジャンヌは引き出しからもう1冊本を出す。
「というわけでこちらをどうぞ。王国語辞典です」
「僕が学生のころ使ってたお古だけどね」
タシュが隣でピースしているが、4人に伝わってはいないだろう。
ただ彼らは辞書を受け取ると、夢中になって単語を調べ
10分ほどしただろうか。
ジャンヌが紅茶を淹れて戻ってくると、興奮した顔で頷き合っている。
「終わりましたか?」
「はい!」
今回はアリシアが代表して答える。
「では、内容は?」
「えっと、
『次の鍵は鹿人間の中』」




