5.偏屈じいさん
やはり先頭のレオンは玄関の鍵を開けると、
「お邪魔しまーす」
律儀にあいさつをしつつ中へ入る。
「どなたか住んでいらっしゃるんですか?」
ジャンヌは隣に立っているマイロに尋ねる。
もしこの家の持ち主が普通にいたら、今の格好はマズい。
ボタンを閉めてジャケットを着なければならなくなる。
よく見れば壁もきれいだし、ドアの向こうもあまりホコリは溜まっていない。
しかしマイロは首を左右へ振る。
「いえ、もう誰も住んでいません」
「ちょっとまえまで、おじいさんが住んでたんだけどね」
フェデリカも付け加える。
どうしても『遺産というのがあってるけど間違ってる』的な言い方に惑わされる。
そんな感じで、玄関でグダグダしていると
「おーい、早く来いよ」
入ってすぐ左への曲がり角から、レオンが顔を覗かせている。
ここへ来るまでもそうだったが。
屋敷に着いてからも子どもたちは迷うことなく進んでいく。
グルリと外周を回るようにして配置された廊下の先。
建物の正面を下辺に、上から見取り図で見下ろした際の左奥
その角に配置された階段へ難なくたどり着き2階へ。
上がってすぐのL字もサッと右手へ進み
着いたのは、外観を正面から見たとき出っ張っていたあたり。
そこそこ広い一室は書斎だった。
壁一面に本棚。
ホコリに混じって、廊下までとは違う独特の匂いがする。
2階建ての2階で上がない。
天井が高いのを利用して吹き抜け状に足場を巡らし、そこにも本棚が配置されている。
「これはまた、立派な」
自身もよく事務所で読書をするジャンヌ。
きちっと並んだ背表紙たちに、多少興味を惹かれる。
「『蒸気機関の構造と理解』『よく分かる判例集』『実存主義入門』『遥かなるシルク・ウェイ』『アイシス島の暮らし』……ふむ」
「どうかしたの? ジャンヌ」
ぶつぶつ読み上げる彼女に、書斎のデスクに近寄っていたレオンが声を掛ける。
「いや、あまりにもまとまりがなく」
ジャンヌが答えると、
「ごっ、ごめんなさい! 私、よく本を貸してもらってたんですけど。よく分かんなくて適当に戻しちゃうことがあって、それでグチャグチャに!」
急にアリシアが頭を下げる。
「いえいえ、責めているのでも整理整頓の話でもなくですね。ただ、ジャンルが多種多様だな、と」
彼女とて本好きといえど、興味のない分野の専門書まで読んだりはしない。
ここまで来ると、興味の幅が広すぎるか活字中毒である。
ジャンヌの問いに、アリシアの顔が明るくなる。
「アンディおじいさんは小説家だったんです。だから調べものにたくさん本を読んでいたんです」
「アンディ、おじいさん」
「はい!」
その顔はどこか誇らしそう。
するとフェデリカが(意外と)冷静にレオンへ話を振る。
「ねぇ。おじいさんの話も出たし、そろそろ一回説明しとかない?」
「そうだよ。僕らはジャンヌさんにお願いしている立ち場なんだ。説明する義務があるよ」
マイロも同じ意見らしい。
それを言うなら最初に説明するのがマナーなんだよ、とは言わないでおく。
ジャンヌが成り行きを見守っていると、レオンは小さく頷いた。
「じゃあ、オレが代表して話すってことでいいか?」
「いいわよ」
「任せるよ」
「お願い」
他3人は彼に託すと、それぞれ本を手に取ったりチェストを漁ったり。
慣れた様子で寛ぎはじめる。
「そこに椅子あるよ」
「あら、本当」
レオンもジャンヌに促しつつ、自身は当然のようにデスクに座る。
「この屋敷は5年まえかな、に建てられた家でさ。アンディ・テイムっていうじいさんが住んでたんだ」
「聞いたことがあるような」
「元々は王国に住んでたんだけど、奥さんが亡くなったみたいで。息子たちとも疎遠? っていうの? 付き合いなかったみたいでさ。それでここに引っ越してきたんだって」
「ほう」
「でも偏屈じいさんってヤツでさ。こっちでもご近所付き合いとかはしてなかったらしい。まぁこんな山ん中、ご近所がいないんだけど」
「まぁ、さもありなんですね」
「で、オレらがじいさんと知り合ったのは2年まえ」
ここまで目付きが泳いでいたのは、伝聞をさらに思い出していたのだろう。
そういえば口調もそんな調子である。
だが話が自分たちのところまで進むと、俄然目が輝く。
「オレたちも自分であちこち走り回れるような体力が出てきてさ。あとは反抗期っていうの? そういうのもあってさ」
「俯瞰して振り返ってるみたいな言い方ですけど、今もそう変わりませんよ」
「うるさいな。それでオレとロッドは親の言いつけ無視して、山に遊びにいくようになったんだ」
ジャンヌがマイロの方へ視線を抜けると、
彼はバツが悪そうに目を逸らし、本棚に立て掛けてあったステッキを手に取る。
真面目な優等生っぽい感じで、年相応の一面があるらしい。
「それである日道なりに進んでいって、じいさんの屋敷にたどり着いたんだ。正直驚いたよ。『偏屈じいさんの噂は本当だったんだ!』って」
「よくそれで会ってみようと思えましたね。取って食われるかもしれないのに」
「童話のオオカミじゃないんだから。でも正直引き返そうかとも思ったんだけど、オレお腹痛くてさ」
「文字どおり『背に腹は変えられない』と」
「はぁ?」
ジャンヌの余計100パーセントの相槌はさておき。
「それで『トイレ貸していただけませんか』って言ったらさ。偏屈じいさんなんて本当かよってくらいニッコリ笑って。『いいよ、上がっていきなさい』って」
「ホラーだったら監禁される流れですね」
「じいさんはミステリ作家だ、ってそれはいいよ」
レオンはチラリと背後を振り返り、窓の外を見る。
きっと登ってきた山が見えるばかりだろう。
「きっと、なんだかんだ寂しかったと思うんだ。一人暮らしでさ。そもそも息子さんと仲良くできてたら、こんなとこまで来なかったろうし」
町は遠くに見える。
彼が向き直ると、ジャンヌは相槌こそ打たないものの、優しく微笑み頷く。
するとレオンも少しだけ、安心したような表情になるのだった。
なぜなら、
「その日も今日みたいな天気だった。じいさんは『喉乾いたろう』ってお茶とお菓子も出してくれてさ。海外のめずらしい置き物とか見せてくれたり、すごくもてなしてくれたんだ」
「よかったですね。あなたも、テイム氏も」
「そうだよな、きっと。だって、オレらの帰り際にじいさん言ったんだ。
『またおいで。友だちも連れてくるといいよ』って」
まだまだ続く少年たちと老人の交流。
彼らの思い出が、相手にとっても喜びであると思いたいから。




