9.金色の雨が降ってきたら
しかも一滴で終わることなく、次々にパラパラと。
新郎に新婦に列席者に降り注ぐ。
それはまさしく、晴れた日の光を吸い込んだ雫がキラキラと輝く
「『金色の』……『雨』……!」
『フィル!』
彼の耳に懐かしい声が蘇る。
懐かしい笑顔が浮かび上がる。
正体は自分で記憶を思い起こしているだけにすぎないだろう。
まったく同じかたちの記憶はないとしても、複合で生み出した姿だろう。
それでも、
『フィル! フィル!
「幸せの金色の雨」よ!
幸せにね!』
雨の中現れたティナは、彼を抱き寄せ、口付けし、
「ありがとう……! ありがとう……!!」
やがて声は雨音に、姿は金色の光のなかへ溶けて消えていく。
だからフィルも、隣のヴェスタにバレないよう
熱い雫を、頬を伝う雨に隠して流した。
やがて心も落ち着き、涙も止まり。
彼が周囲を見回すと、そこにあるのは
「きゃあ! 冷たいわっ! いつまで続くのこれ!? でも、
気持ちいいかも!」
ヴェールを払って顔に雨を受ける妻と
キャアキャア騒いでいる列席者たちの、
歓声と祝福であった。
その一方で。
「早く次のジョウロを回してくれ!」
「こっちもだ!」
大騒ぎの人たちがいたり。
しかもすぐそば
頭上に。
「ジャーンヌ! これいつまでやるの!」
「え、えー、あるジョウロの分は使い切りましょう。もったいないし」
「腕が疲れてきたぞぉ!」
ご存知『ケンジントン人材派遣事務所』三人衆。
彼女らは今、大きな脚立の上に座り、式に参加した人々の頭上に水を撒いている。
もちろんそれだけでは雨というほど、全体に降らすほどには足りない。
よって、
「もう追加の水はいらないぞ! 水汲み班を止めろ!」
「かしこまりました! 水汲み班、休憩ーっ!」
アーサーが動員できる、シルヴァー家に仕える皆さまも脚立に乗っている。
まさかメイドや執事、その他使用人で就職して、ジョウロで水撒きをすることになるとは。
庭師以外はついぞ思わなかっただろう。
というのはさておき
これが『金色の雨』の正体。
もしいわゆる『狐の嫁入り』だった場合、ジャンヌが言った
『「金色の雨」を降らせられるかもしれない』
なんてのは不可能な話である。
「それにしてもジャンヌ、本当にこれでいいのかい? ただ水を撒くだけのことを、しかもわざわざ結婚式でさ」
終わりが見えて気が楽になったか。もしくは私語も歓声でかき消されると判断したか。
タシュが彼女へ声を掛ける。
「そうだぞ。晴れた日は他にいくらでもあったし、タキシードやドレスがズブ濡れになってしまう」
そこにアーサーも真っ当な意見で参入する。
しかしジャンヌは小さく首を左右へ。
「結婚式でないとダメなんです。そういう風習だから」
「そうなの?」
「えぇ」
彼女はジョウロを左手に持ち替えると、内胸ポケットからメモ帳を取り出す。
「テローは港町。郷土資料館によると『漁業によって発展してきた町』。その代わり、『あまり農作物は取れない』らしくてですね。『ライスシャワーでも違うものをかける風習がある』とかで」
「へぇ〜」
タシュが脳を使っていない返事をする一方で、
「代わりになるもの、か。アレはそもそも、『夫婦が豊かに暮らせるように』という意味の儀礼だよな?」
さすがに伯爵は学がある。
「そのとおりです。なので『富』『恵み』の象徴として、米や小麦を掛けるわけです」
「その代わりったら、金かい?」
「あなたは金を食べるんですか?」
「国によっては金を食べ物に載せるらしいよ?」
「……」
タシュのよく分からない雑学はさておき
「テローの場合は、町を発展させた母なる海。ということで水を掛けることが多いとか。学芸員の方がおっしゃっていました」
そういうことらしい。
「なるほどねぇ。何事も歴史だねぇ」
やはりタシュはどうでもよさそう。
最初に聞いたのは自分のくせに。
すると、その代わりではないだろうが
「しかしメッセンジャーくん。よくデ・ルシア嬢の言う『金色の雨』がこれだと分かったな」
アーサーが別の話題を振る。
「というのは?」
「君はいくつか『晴れの日に雫が降ってくる記憶を見た』にすぎないんだろう? 特に母親の記憶じゃ、新郎新婦や結婚式と断定できる情報は何もない」
「そうですね」
「普通は狐の嫁入りか何かと思うんじゃないのかね」
「あぁ」
ジャンヌは軽く微笑み、視線を下へ向ける。
「どの記憶も、必ず人混みだったんですよ」
そこにはいまだはしゃぎまわる列席者たち。
「それだけか?」
「それだけだと俄か雨かもしれません。
ですが、その誰もが帰るどころか、慌てる様子すらなかった。
なので思ったんです。
『途中で帰るなどあり得ない催し事なのだ』
『これは織り込み済みなのだ』
と」
「なるほどな」
アーサーも深く頷いたころ、
「最後のジョウロでーす!」
シルヴァー家使用人の青年が大声とともに水を注ぎ終わる。
すると、それを下から見届けた人々も歓声で応える。
そのなかには当然、水も滴るいい新郎新婦の姿も。
それを脚立の上から眺めつつ、タシュはポツリとつぶやいた。
「しかし、亡くなった元カノの遺言が、巡り巡って別の女との式に割り込むとはね」
するとアーサーも腕組み頷く。
「やった我々も、ちょっとデリカシーに欠けるのではないかね?」
しかし、なんなら一番気にしそうな女性サイドのジャンヌが
「ふふふ」
少し悪そうな微笑みを浮かべる。
「まぁいいではありませんか。デービットソンさんもずっと『金色の雨」を覚えているほどでしたが」
視線の先には新郎新婦。
「女の性格の悪さと情念も、甘く見てはいけない」
しかし、言葉や表情と裏腹。
彼女もティナも、彼らの今日と未来を祝福しているのは確かである。
何せ『金色の雨』のあと、新郎新婦からは
見上げた先のジャンヌが、ちょうどキレイな虹に腰掛けているように見えているから。
今日も世界と人々の笑顔が眩しい。
──『メッセンジャー』は雨を降らせる 完──




