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7.『金色の雨』が降るときは

 電報の内容に、何か気分を害するものがあったわけではない。

 ただ、



“叶うことなら、式より先に『金色の雨』を見ておきたかった”



 フィルの発言として何気なく記載されている一文。

 これがジャンヌの中で引っ掛かったのだ。


 それも『何か疑わしい』という意味の引っ掛かりではない。

 かといって、


『依頼人の思いを100パーセント果たせなかったことに()()()がある』


 というわけでもない。


 王国には存在しないものを探しているのに、猶予は1ヶ月。

 そうしたのは依頼人自身のタイミングである。


 また、そもそもが雨である。

 依頼されたからといって『はいどうぞ』で提供できるものではない。


 どうしようもないことに無力感を感じるほど、彼女は情熱的ではない。



 ではいったい何が引っ掛かったのかというと……











 電報が返ってくる日の昼。

 ジャンヌはまたデ・ルシア家を訪れていた。


 もちろん先日見つけた記憶が、ティナの言うものと同じか確かめるためである。


 しかし、


「奥さまはお嬢さんから、『金色の雨』という言葉をお聞きになった覚えは?」

「え〜? ん〜、どうかしら。あったような、なかったような」


 マリアの返事は要領を得ない。


「せめて何か欠片でもございませんか?」

「う〜ん」


 何度も言うように、ジャンヌは相手が覚えていないことは読めない。

 彼女の頭に浮かぶのは、相手の頭に浮かぶものだけである。


 だが、逆に言えば、欠片さえあれば。

 それだけは忠実にトレースできる。


 例えば昔訪れた岬の名前を思い出そうとしたとして。

 看板にどうしてもモヤが掛かって出てこない。


 一見お手上げに思える。

 しかし、もし本人が『情報にならない』と思っている無意識な遠くの背景。


 これをジャンヌが見て『リアス式海岸だ』と分かれば、一気に候補を絞れたりする。

 何がヒントになるか分からないものである。


「どんな些細なことでもかまいません」


 必死さにマリアも同情したらしい。

 わざわざ眉間にシワを寄せてまで絞り出したのは、


「なんのヒントにもならないと思いますよ」

「お願いします」


「確か、あの子がまだ10つにもならないころ、手を引いていた、ような」


「手を引いて」

「えぇ。でも、小さい子がいれば日常でしょう? このくらいで何がどうとか分かるものでしょうか?」

「そうですね」


 ジャンヌは小さく頷く。

 先ほども言ったように、それ自体は重要ではないのだ。


 ただ、マリアがそのときのことを覚えているなら

 記憶の映像が少しでも覗けるものなら


 そこに活路を見出せる、可能性があるということだ。


「それでは少々、お手を拝借」


 ジャンヌは手袋のホックを外した。






 流れ込んでくるのは、遠い日の記憶。


 手の中には小さな小さな、体温が高い手の感触が息づいている。

 人混みの中、決してはぐれないように強く強く握り締める。


 もしかしたら痛いかもしれない。

 でもかまっていられない。


 そんな親の心配など露知らず。

 幼い娘は、眩しい笑顔でこちらを見上げている。



『ね、ね、お母さん! さっきのすごかったね! サーって! キラキラって!



 金色の雨!』






 短いものである。

 当時の記憶はそれだけでもう終わった。

 本人が全然覚えていないと言ったのだから当然ではある。


「お役に立ちました?」


 マリアの問いは『立たなかっただろう?』というニュアンス。

 ジャンヌの返事は


「現状はなんとも」


 これまた中途半端なものである。

 だが言葉とは裏腹に、


「少し、確かめたいことができました」


 何か糸口をつかんだような顔と声をしている。


「ご協力ありがとうございます。本日はこれで」

「あら、そうですか」


 流れるように椅子から立ち上がるとマリアもついてくる。

 そのまま玄関まで見送られ、


「ねぇ、メッセンジャーさん」

「なんでしょう」

「もし『金色の雨』が何か分かったら、ぜひ私にも教えてね」

「お約束します」


 ジャンヌは軽く微笑み返したあと、早歩きでデ・ルシア家をあとにした。






 その後はまた広場へ戻り、残留思念の検索である。


 マリアから読むことができた記憶では、興奮気味のティナが映るだけ。

『金色の雨』自体はどこにもなく、先日ここで見たものとは照会できない。


 また母親自身が目にしていないため、そもそも少女の話が事実かも担保されない。


 正直、何一つ有効な情報はないと思われる記憶だが



 ──まず最初に読むのは、先日読んだあの記憶。


 人混みで周囲がよく見えないなか、唯一空いている頭上を見上げると、


 鼻先に雫がポツリ──



 確認を終えると、ジャンヌは誰に向けるでもなく小さく頷く。



 そう、彼女のなかでは、何か符号が繋がりつつあるのだ。



 それからジャンヌは別の、『金色の雨』らしき記憶を探った。

 意外と、次を見つけるのにはそれほど手間取らなかった。






 また何かの祝祭だろう。


 町総出での催しらしい。

 広場に多くの人がひしめき合うなかに記憶の主はいた。


 祭りにはもってこいの、抜けるように青い天気。

 夏の日和で気温も暖かい。


 どこで聞いたことのあるクラシックが演奏され、

 それをかき消さんばかりに歓声や指笛が響くそのとき、


 この天気、このタイミングだというのに



 ざあっと雫が降り注ぐ。



 記憶の主も周囲の人も、みんなしてキャアキャアと声を上げる。


 暑い日差しと火照った体にちょうどのように。

 誰もが皮膚に触れる心地よい冷たさに騒ぎ立てるのであった。






 残留思念の映像が終わると、ジャンヌはゆっくり目を開き、


「やはり」


 ゆっくりと立ち上がる。



「この『金色の雨』というのは、もしかしたら」



 彼女は懐中時計を取り出す。

 時刻は15時半になろうかというころ。


「余裕はある、けど」


 ジャンヌは時計のカバーを閉じると、早歩きで広場をあとにする。


「ああいうところって、普通の店より早く閉まるからな」


 彼女がずんずん進んでいく方向は、もちろんいろんな道に通じている。

 だが、その一つに、


 小高い丘へと続いていくものがある。






 ジャンヌがホテルへ戻ってきたのは17時ごろ。

 はやる気持ちで目的地へ向かったのはいいが、


「まさか定休日とは」


 まさかの空振り。

『あともう少しで確証!』というところでお預け。

 明日また行けばいいだけの話ではあるが、彼女はやや興奮状態であった。


 そこに、


「メッセンジャーさん、あなた宛に電報が届いていますよ」


 受付カウンターの係員に声を掛けられる。


「これはどうも」


 そこで彼女が受け取った内容が、冒頭の



“叶うことなら、式より先に『金色の雨』を見ておきたかった”



 というフィルの言葉。


 これが、今ジャンヌの中で最後の引っ掛かりとなっているポイントに、

 また引っ掛かったのだ。


 彼女は電報を見つめ、相手に届くはずもない言葉をポツリと漏らす。


「デービットソンさん。



 もし私の仮説が正しければ……」

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