4.旅行で来たい国
南半島王国は、実は名前ほど南部に位置するわけではない。
全然南半球とかにあるわけではない。
むしろ星全体で見れば、非常に高い緯度にある王国からちょっと下がった程度。
ただ、王国が属する大州では、内陸海に面する地域は全て南部と称される。
それでいうと、内陸海の入り口
しかも『内陸』海と言わしめるほど、ほぼ蓋をするようなかたちのこの国は
確かに南半島王国なのである。
中天高い太陽光と、にゃあにゃあウミネコが喚き立てるなか
「ふぅ」
かき消されそうな息一つ、港に降り立ったのはジャンヌである。
ここは南半島王国の港町カナリアス。
そこそこ長い船旅を経ての到着となった。
これでも一度大陸へ渡って、陸路で共和国などを経由するよりは早い。
かつてはお互い覇権を争ったほどの、海洋国家ならではといえよう。
「それにしても」
しかし、そんな歴史の話はどこ吹く風。
ジャンヌは周囲の街並みを見渡し、
「ステファンさん元気かな……」
かつて遺産問題で訪れた、シーシュースはカレイジャスを思い出していた。
あそこもいわゆる南欧風の街並みであった。
であれば、さらに南にあるこの町も当然南の風である。
ただ、
「あっつ……」
日差しと気温が比べものにならない。
あのときは苦しみながらも、ジャケットを着たままではいた(すぐ人と会うから、という理由もある)。
しかし今回はさすがに話が別。
ジャケットは脱いで腕に掛け、ネクタイ代わりのスカーフもしていない。
どころかシャツの第二ボタンまで開けている。
さぞタシュやアーサーが見たがったことだろう。
別に張り裂けそうな谷間とかは存在しないのだが。
「テローはもう少し涼しいことを祈りますか」
ジャンヌは機嫌が悪い馬のように首を振ると、鉄道駅の方へ歩き出す。
フィルの亡き元カノの故郷、
『金色の雨』が降る町はここではないのだ。
ただ、
テローはより南部なので、涼しいことはないと思われる。
「“そこのお嬢ちゃん! 魚買ってかねぇか!? 栄養が足りてねぇ胸してるぜ!”」
「はは、何言われてるかさっぱり分からねぇや」
より田舎なので、ますます王国語は通じないものと思われる。
テローは正直言って、そうカナリアスと違ったところはなかった。
ただ規模が大きい街から小さな町になったくらい。
あとはほぼ同じような港町である。
「“お嬢ちゃん! トマト買ってけトマト! その辛気くせぇ顔も、肌がツヤツヤになるぜ!”」
「はいはい、トマトねトマト」
ジャンヌはリヤカーに山盛り積まれたトマトをチラ見だけして通り過ぎる。
ここはテローの目抜き通りなのだろう。
しかしそもそもが小さな町なので、そんなに道幅が広いわけではない。
そこに露店が所狭しとひしめき合っているので、まぁまぁの密度。
3人までがすれ違える限界である。
そのなかを彼女は、小冊子片手に歩いている。
「“あら! ちょっとそこのあなた! 顔色よくないわよ! 疲れてるんじゃない!? そんなときはほら! チョリソを買っていきなさい! ニンニクでパワー出るわよ!”」
「チョリ……? あぁ、ブラックプディング的な」
いわゆる旅行者向けの簡単な南半島語ガイドである。
先ほどのトマトも、これで見たから単語を聞き取れたにすぎない。
「“ヘイヘーイ、お姉さん! その赤毛、アタシの目にビビッと来たわ! この髪飾りはアナタに着けてもらうために生まれてきたのね! お安くするわよ!”」
「変な骨董屋。ミスターケンジントンが好きそうな。絶対買わねぇ」
さっきから呼び込みに声を掛けられまくっているジャンヌだが。
別に観光に来たわけではないし、この冊子の用途も食べ物図鑑ではない。
彼女は先ほどから目線を、紙面と露店よりやや上の方で往復させている。
「『図書館』、『図書館』……『郷土資料博物館』」
道案内の看板を見ているのだ。
ジャンヌの目的は『金色の雨』について調べること。
となれば、不慣れな言語で人に聞くより、文字列と向き合う方が易しい。
何せ、
「“郷土資料館だって? それだったらまず通りを抜けて、っておい”」
つぶやきを聞いたのだろう。
親切に教えてくれている青年に気付かないレベルのリスニングなのだから。
あるいは世話になると何か買わされると思って無視しているのかもしれないが。
しかし、書かれた文字は読み手のペースに付き合ってくれるものの
それは目に入ればの話。
「私は今どこに向かってるんだ?」
南国らしい大雑把な気風だろうか。
そもそも道案内があまり立っていない。
狭い町なのに行ったり来たり海辺で黄昏れたりした挙句、結局人に聞くことになるのを
彼女はすでに薄々予感していた。
ジャンヌが郷土資料館へたどり着いたのは、だいたい16時ごろであった。
冬だったらぼちぼち夕暮れになってしまうころ。
季節に助けられたと言えよう。
もっとも、ホテルのチェックインがあるので長居はできないのだが。
なぜ人は郷土資料館を外れの丘の上とかに置きたがるのだろう。
というわけで、一度
「えー、『金色の雨』『金色の雨』」
展示されている資料を眺め、事前に頭に叩き込んだ文字列を探すが、
「ないな。翻訳間違ってるんじゃないのか」
空振り。
タシュに変なお土産買ってくる仲間1号が
『南半島語なら任せな!』
と訳してくれたものは見当たらない。
『いつごろにカナリアスから移住してきた人たちが町の始まり』
とか
『カツオ漁を中心に発展してきた』
とか
『逆にあまり農作物は取れず、ライスシャワーでも違うものをかける風習がある』
とか。
そんな素朴な暮らし向きばかりが記されている。
結局カウンターへ詰め寄り職員に
「『金色の雨』! 『金色の雨』!」
と騒いで
「“何それ知らんし……怖……”」
とドン引きされた。
その後ホテルのチェックインまでのわずかな時間で図書館へ。
本格的な資料漁りは明日にするとして、司書に同じことを尋ねたが、
「“はいこれ”」
『遥かなる黄金の国』とかいう児童文学1冊渡されて終わった。




