表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/134

2.思ったより大きい話

 時計の針が10時をまわったころ。

 事務所に姿を現したのは、若い青年だった。


 爽やかに短く整えられた、暗いブロンド。

 その下の、律儀そうな少し硬めの顔立ち。

 1階カウンターの呼び出しベルが鳴ったとき、ジャンヌは感動すら覚えた。


 あんな埃まみれの汚いものに触ろうと思えるとは、と。


「ようこそ。僕が『ケンジントン人材派遣事務所』所長のタシュ・ケンジントンです」

「フィル・デービットソンです」

「まぁまぁ、まずはお座りください」

「ありがとうございます」


 タシュが促すと、彼はキレイに一礼。

 それからソファへゆっくり腰を下ろす。


「今回の依頼は、そう難しくはなさそうですね」


 ジャンヌが小さい声でつぶやく。

 応接テーブルの二人には届かず、聞こえたのはアーサーだけ。


「まぁ、『亡くなった交際相手の記憶を読んでほしい』だからな。よくある案件だろう」


 彼は勝手にタシュのデスクの椅子を持ってきて、彼女の隣に座っている。

 そこから腕組みしてフィルの方を見たまま、ジャンヌの方へ首を傾けて話す。

 帰る気はないらしい。


 対して彼女は首を左右へ。

 ポニーテールが軽く伯爵を叩く。


「いえ、それより彼が落ち着いているので」

「あー」


 アーサーは彼女のポニテを撫でようと手を伸ばし、素早く叩き落とされる。


「おお痛い。まぁそうだな。仕事柄精神が不安定な客が多いだろうしな」

「えぇ。あそこまでマナーを守る余裕があるなら、追い詰められるほどの案件ではないでしょう」

「緊張して硬くなっているだけの可能性もあるがな」

「それでも暴れるヤツよかマシ」


 二人して勝手に客を検分しているうちに、タシュがコーヒーを出し終わり


「それで、今回の依頼は『亡くなった恋人の記憶を読んでほしい』とのことで」

「はい」

「もう少し踏み込んでお聞きしても?」


 本題へと話を進めている。


「はい。彼女が死んだのは6年まえで……『あまり昔の記憶だと読めない』ということはありますか?」

「それは問題ありません。ね、ジャンヌ?」


 本題より先に不安になってしまったフィルを安心させるためだろう。

 タシュはわざわざ、まだ自己紹介もしていない彼女へ話を振る。

 あるいはあとで


「いや、『メッセンジャー』はおまえじゃないんかい」


 となるのを防ぐ目的もあるか。

 それ意味あるのか。


 そのへんの意図はさておき。

 ジャンヌは紅茶を一口、喉を湿らせると、


「彼女さんの記憶が読めるものや場所が残っていれば」


 淡々と、さもなんでもないことのように答える。


「それだったら彼女の形見が」

「そうですか。それで、ジャンヌはなんの記憶を読めばいいのでしょう?」

「はい」


 タシュが話を戻すと、フィルは背筋を伸ばし、目を閉じ息を深く吸った。

 今から言うことの覚悟、というほどでもないだろうが、

 何かしら心の準備があるのだろう。


 やがて目を開いた彼は、ゆっくりはっきり告げる。



「『金色の雨』、についての記憶を読んでいただきたいのです」



「え?」

「はい?」

「なんだって?」


 聞き馴染みのない単語に、思わず客前とは思えないリアクションをする3人。

 いや、アーサーは部外者なのでいいのだが。

 部外者なので、いてはいけないのだが。


 フィルの方も

『だから心の準備が必要だったんだ』

 と滲ませる、少し恥ずかしげな表情を浮かべる。


 なのでそれを誤魔化すように、


「ゔゔん!」


 咳払い一つ、話を続ける。


「彼女が亡くなる直前に言ったんです。



『自分の故郷では金色の雨が降る』

『一緒に見たかった』



 と」

「なるほど?」

「今も雨が降ると思い出すんです。彼女のこの、最後の言葉を」


「最近どこかで聞いたような話だね?」


 アーサーがボソッとつぶやくと


「リンスカムさんは大学があるので一旦実家へ戻ったそうで。二人の関係はまだ進展していないとか」

「なぁんだ」


 紅茶を飲むジャンヌはティーカップの中へ答える。


 そうしているあいだにも話は進んでいく。

 十中八九タシュは依頼を受ける。

 彼女の仕事になるのだから真面目に聞くべきである。



「ですが私はそんな話、見たことも聞いたこともない」

「でしょうねぇ。僕もです」

「調べてもみましたが、いくら文献を漁ってもそんな話は出てこない。そもそも彼女の故郷に関する文献がほぼない」

「へぇ、結構田舎の方だったんですか?」


 タシュの顔が少し『ちょっと雲行きが怪しいぞ?』というふうに歪む。

 せめて『いや、田舎じゃないけど結構遠いんですよね』くらいを期待して、

 しかしショックを受けないよう、少しオーバーめに設定して窺うが


「えぇ、



 南半島王国の」



 海外である。

 現実は軽く想像を超える。


「そりゃ文献がないわけだ」


 これにはアーサーも肩をすくめるしかない。


 しかし彼らは仕事であり、フィルは客なのだ。

 依頼人からすれば相手の都合などどうでもいい。


「私は来月、結婚するんです」

「へっ?」


「だからそれまでに、この『金色の雨』を解き明かさなければならない。


『金色の雨』を見て、彼女への未練を断ち切らなければならない」


「来月」

「までに」


『そうしろ』とは言われていないが、実質の締め切り。

 タシュとジャンヌがなんとも間抜けなリレーを披露する。


 だが気弱な態度は顧客に不安を与える。

 口コミが重要な業界なので、マイナスポイントは少なくしたい。

 タシュが事務所の守備範囲なら変な依頼もあまり断らない理由である。


「ま、まぁそう言ったってさ! 別に遺品とか彼女の家とかに行けばさ! いくらでも記憶が読めるじゃないか! 故郷がどうとかは関係ないさ! ね、ジャンヌ!!」


 タシュが慌てて安心材料を並べ立てると、彼女も釣られてテンパる。


「え、えぇ! そうですとも! 私にお任せください!」


 立ち上がって薄い胸を張ると、フィルが期待の眼差しを向ける。


「所長さんではなく、こちらの女性が」

「えぇ! 『メッセンジャー』を務めます、ジャンヌ=ピエール・メッセンジャーです!」

「あれ、なんか今2回……」

「ややこしいですよね! 所長が愚かなもので!」

「はっはっはっ!」


 状況が状況。自身も焦っているだけに、今回はタシュも咎めない。


「というか男性だったんですね。さっき女性と言ってしまった。失礼しました」

「いえ、合ってます! ジャン()=ピエールです! 母が男性名(ピエール)など付けるのが悪い!」


 が、


「今のは名前ってより、ごく一部を見て言ってなかったか?」

「張ったり反ったりするとね、目立つからね。目立たないのが目立つからね」


 男性陣の見立ては違うようである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ