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7.『メッセンジャー』は変装を見破る その2

 まずはフレッチャー氏。

 ジャンヌは彼の脚を見る。


「あなたは大丈夫でしょう。ルカンの体格からまだ変装できる範疇ではありますが。上底を履いていたら、こんなナチュラルな位置に膝は来ません」

「な、なるほど」


 次に夫人。


「こちらも白でしょう。背丈などは可能ですが、良家育ちゆえか手が小さい。男性でこのサイズは無理でしょう」

「あらやだ、ほほほ」


 次に長男夫人。


「指輪を拝見」

「あ、はい」

「ふむ。ルビーですか」

「えぇ、私の誕生石で」

「この指輪は旦那さまから? イニシャルらしきものが彫ってありますね」

「二人のイニシャルですわ」

「サイズは?」

「12号」

「旦那さま」

「間違いない」

「これだけ一致したものを拵えるのは難しいでしょう。そもそもルビーのコストが高すぎますし」

「あなた!」

「キアーラ!」


 次にメイド1号。


「小顔ですね。男性がマスクを被ってこの小顔は無理があります」

「照れちゃう」


 最後に俯き加減のメイド2号。


「ん?」

「あれ? 警部?」

「うむ、メッセンジャーさん」



「8人、でしたよね?」



 そう、最初ジャンヌがこの部屋に入ってきたとき。

 フレッチャー家は8人で固まっていた。


 しかし今は、



 目の前に


 フレッチャー氏

 フレッチャー夫人

 長男夫人

 メイド1号

 メイド2号


 計5名



 壁際に


 長男

 次男

 末妹

 家令


 計4名



 ()()9()()の人物がいる。



 今ジャンヌの正面には、いなかったはずの9人目

 いつの間にか、謎のメイドが立っている。



「フレッチャーさん!」


 彼女が叫ぶと、ご当主も驚いた顔をしている。


「はい! ウチには赤毛のメイドはいません!」

「警部!」

「えぇ! 



 そいつがルカンだ! 捕まえろ!!」



 号令一下、警官隊が動き出したそのとき。

 誰より近くにいるジャンヌの手



 を、メイド2号が()()()()つかんだ。



「えっ」

「なっ」


 一瞬困惑が場を包む。

 手を握られた彼女ですら、硬直してしまっているほどである。


 しかし、さすがはプロか。

 警部がすぐに怒鳴り声を上げる。


「キサマ怪盗ルカン! 今すぐメッセンジャーさんを放せ! 人質など取ってみろ! この状況で余罪が増えるだけだぞ!」


 しかし、


「くっくっくっくっ……」


 メイド2号は押し殺した笑いを漏らすだけ。

 手を放す様子は一切ない。


「何がおかしい!」


 なおも警部が叫ぶも、彼女はそちらを見ない。

 ただポツリと、


「捕まえましたよ、



 怪盗ルカン」



「なっ!?」


 衝撃的な一言を放つ。


 警部が、警官隊が、フレッチャー一家が、ジャンヌが、

 驚きに目を見開くなか、


 ずっと俯き加減だったメイド2号が、ようやく顔を上げる。


 中性的な顔

 エメラルドの瞳

 性格の悪そうな、人を食った薄い笑み


 それはまさしく、



「メッセンジャーさん!?」



 警部も驚かずにはいられない。

 声の大きさこそ『捕まえろ』の号令より小さかったかもしれない。


 しかし、その衝撃度合いは、


「なっ、えっ、なっ! メッセンジャーさんが、二人!?」


 今回の方が上回っているだろう。

 明らかに脳の処理を超えてしまった態度が雄弁に語っている。


「どちらが本物なんだ!?」

「警部! 私に決まっているでしょう!」

「残念ながら、そうではないんですよ」


 二人のジャンヌも、リアクションこそ違うが見た目も声も同じ。

 これだけではどちらが本物やら判別がつかない。


 となると、


「何を言うのですか、この偽物め。あなたが本物であれば、なぜメイドの格好をする必要があるのですか!」

「そんなもの、あなたを捕まえるために決まっている。あからさまに『メッセンジャー』が現れたら、警戒し何をするか分かりませんからね。油断させておいてじっくり炙り出そうかと。まさか私に化けて現れるとは思いませんでしたが」

「何を!」


 スタンダードジャンヌはメイドジャンヌの手を振り解こうとする。

 しかし彼女の手が緩む様子はない。


「放しなさい!」

「残念ながら、乗馬で振り落とされないよう手綱を握っていたので。握力にはそこそこ自信があるのですよ」

「しつこいっ! そこまで言うなら、あなたが本人である証拠はあるのでしょうね!」


 スタンダードが吠えると、


「いいえ?」


 意外にも()()()()、メイド服は首を左右へ振る。


「だったら!」

「しかし、あなたが本物でないことは説明できる」

「なっ!」


 彼女はニヤリと笑う。



「なぜ、読心を使わなかったのですか?」



 その一言が放たれた瞬間、オロオロしていた警部もピタリと動きを止める。

 浮き足立つ警官隊も。

 逆に硬直していたフレッチャー家は少し解凍される。


「あなた、ドヤ顔で変装かどうかを語っていましたがね。膝の位置やら手の大きさやら、



 読心能力がなくとも、誰でも観察すれば分かることばかりを並べた」



「それは……!」

「本業の警察相手に、探偵とはいえ推理力自慢ですか? 『メッセンジャー』はそんなことはしない。


 なぜなら自分が何を求めて呼ばれたか理解しているから。

 そのうえで能力を使わないのは、依頼人に対し失礼にあたるから。

 何より、



 頭を働かせるなんてメンドくさいから」



「なんだよそれっ!」

「楽して稼ぎたいじゃないですか。わざわざ予告状出す怪盗の美学には、分かり得ないことかもしれませんが」


 その言葉がもう決め手。


「……スーツの方がルカンだ。捕まえろ!!」


 広間にもう一度警部の号令が響くと、


「うおおおお!!」

「ルカン、御用だ!!」

「メッセンジャーさん! その手を放さんでくださいよ!!」


 警官たちが、二人の元へ殺到する。

 怪盗ルカン敗れたり、完璧な捕りものである。


 ただひとつ、



「え? ちょちょっ、待っ!」



 ジャンヌが二人とも巻き込まれて()()()()()にされたことを除けば。











「それは災難だったねぇ」


 翌日の午前、『ケンジントン人材派遣事務所』

 タシュはデスクでナッツを齧りながら、ケラケラ笑う。


「まったく、ひどい目に遭いましたよ。結局一緒くたに抑え付けられて、肩を脱臼するかと思いました」

「はっはっはっ!」


 ジャンヌはというと、自身のデスクで肩を回している。

 右頬には湿布が貼られている。


「それで、怪盗ルカンは無事捕まったのかね?」


 そこにソファで足を組むアーサーが続きを促す。

 するとジャンヌは()()()()と鼻から息を抜き、椅子の上で胸を張る。

 薄い。


「それはもう。甲斐あって見事に逮捕されましたとも」

「ほう!」

「今ごろ取調べ室か牢の中でしょう」

「そうかそうか」


 めずらしく自慢する様子の彼女に、アーサーは優しく笑った。



「お手柄じゃないか、ジャンヌさん」

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