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5.『メッセンジャー』は恋愛相談に乗る

 初夏。春でも長袖や七分丈を着るような人間が、そろそろ絶滅するころ。


「うーん、いい」


 タシュは新聞を広げながら、何やらうんうん頷いている。


「どうしたんだね」


 今日も朝からご来訪のアーサーが、ソファから問い掛ける。

 しかし、


「うーん、いい」

「……」

「実にいい」

「メッセンジャーくん、君に聞いてほしそうだぞ」

「ちょっと喫茶店にコーヒー飲みに行ってきます」

「ジャーンヌ!」


 デスクで紅茶を飲んでいた彼女は席をたつ。

 タシュが慌てて引き止める。


「君も読むんだ! この素晴らしい新聞小説を!」

「あなたとは趣味が合わない」

「そう言わずに! このよさは万人に素早く届く!」

「なんの薬のキャッチコピーだ」


 アーサーが呆れた声を出す。

 ジャンヌも同じ思いなのだろう。

 すごく鬱陶しそうなタシュの方へ行き、紙面を覗く。


「……」

「どうだい? ジャンヌ」

「……告白するだのしないだのしたいだのしたくないだの。うだうだ言っているだけではないですか」

「それがいいんだろう!」

「くだらない」

「君はさぁ」


 今度はタシュが腰に手を当て、呆れた態度を示す。



「そんなんじゃ、今回の依頼はうまくいかないよ?」



 どうやら新聞小説のためだけに呼び止めたのではないらしい。






 4日後の夕方ごろ。


「よく似合ってるじゃないか」

「美人だよ、ジャンヌ」

「うるさい、あっちへ行け」


 ジャンヌはあるバーのカウンターにいた。


 バーテンダーの格好で、店員が立つ側に。


「いいじゃないか、ターゲットはまだ来ていないんだし。僕ビール」

「私もビールにしよう。レギュラスはあるかな?」

「ウイスキーがおすすめですよ」

「あ、そうなの?」

「こちらの方が瓶が重い」

「さては殴る気だな?」


 向かいにいるのは、タシュとアーサー。


 だが、タシュはいつものスーツではないし、アーサーも労働者階級の身なり。

 めいめい鳥撃ち帽を被ったりサングラスを掛けたり、変装までしている。


 なぜこんなことをしているかというと、


「あ、来ましたよ」

「おや、ほんと」


 バーの回転ドアが開き、若い男女のペアが入ってくる。


「さぁ散った散った」

「「へーい」」


 二人がサッと壁際の席へ移動すると、


 ジャンヌと男性の目が合った。











「職場の同僚のMs.リーが、私のことをどう思っているのか知りたいんです!」



 4日まえ、昼まえの事務所にて。

 男はソファに座るなり、大声で宣言した。

 ジャンヌの引いた表情など気にもならない様子である。


「だけど、聞いた時点で意識していることが向こうにも伝わってしまう……」

「それが嫌な相手と付き合むぐっ」

「分かる分かる分かります! へへっ!」


 余計なことを言い掛けた彼女の口を抑え、タシュが同調する。


「お任せください! ウチはそういうのが大得意ですからね! さぁジャンヌ! どうやって解決しようか!?」

「はぁ」


 彼女は真面目に考える気がなさそうな顔で視線を左上へ。


「そりゃお二人のことをいろいろ聞かないことにはなんとも」


 問題はいつも『どうやって相手に触れるか』である。

 まさか雑踏の中で痴漢するわけにもいかない。


 自然と、それも可能なかぎり長く触れられるシチュエーションを作らねばならない。


 そのためヒアリングしたところ、彼がMs.リーを食事に誘うくらいはできる、


 というかバーでサシ飲みすることもあると判明。


『それくらいの関係なら自分で勝負しろ』


 とキレそうなジャンヌを抑えつつ導き出したのが、今回の作戦なのである。











 軽く頷いた男は、Ms.リーをエスコートしてジャンヌの前へ。


「あら、素敵なバーテンダーさん。新入り?」

「えぇ、本日から」


 Ms.リーが気さくに話し掛けてくる。

 ジャンヌもにっこり微笑み返す。

『ツテでねじ込んでもらった、本日かぎり』などとは言わない。


「キレイな瞳をなさっているのね。エメラルドだわ」

「赤毛ですがね。何をお飲みになられますか?」

「そうだな、僕はアンバーエールを。君は?」

「ブランデー・ソーダをいただくわ」

「あとフィッシュ・アンド・チップス。以上で」

「かしこまりました」


 まだタイミングではない。

 作戦が発動するまでは、彼女は普通のバーテンダー。

 オーダーを受けてテキパキ働く姿を、


 離れた席でタシュとアーサーがニヤニヤ見ている。

 ジャンヌはビールを派手に抜栓するフリをして、


「うおっ」

「危なっ」


 王冠を二人の方へ吹っ飛ばした。






 さて、始まってすぐもよくないが、時間を掛けすぎてもよくない。

 へべれけになったときの『好き』を読んでも参考にならない。


 フィッシュ・アンド・チップスも半分が減り、ビールは(から)に。


「バーテンさん。バーボン・ソーダを」

「かしこまりました」


「バーテンさんも1杯いかがですか?」

「よろしいので?」


 これが合図である。


「バーボンでしたら、これがよろしい」


 ジャンヌが棚から大袈裟に、メダルが5枚描かれたラベルのボトルを取り出すと



「お嬢さん美人だね。隣いいかな?」



 Ms.リーの隣の席、チャラい輩が腰を下ろす。


 さっきまで壁際に控えていたタシュとアーサーである。


「えっと」

「いいじゃないか。お話しよう」


 強引に彼女の方へ身を寄せるタシュ、その向こうにアーサー。

 すると、


「お客さま、ご遠慮ください」


 そのあいだへ仕切りを立てるように、ジャンヌが手を差し込む。

 彼女はそのまま、手袋を外した手で


 Ms.リーの半袖の腕へ、ガードするように触れる。


「え〜? お堅いこと言わずにさぁ?」

「お控えください」

「じゃあバーテンさんが相手してくれるのかい?」

「店の出入りを禁止になるのと、留置所から出るのを禁じられるのと。どちらがよろしいですか」


 所詮は予定調和のやりとりである。

 ジャンヌが大袈裟に『ん?』と首を傾げるのが合図。


「ちぇっ」

「諦めるとしよう」


 二人はあっさり引いて、店をあとにした。


 Ms.リーはその様子を見送ったあと、


「ありがとうございます、バーテンさん!


 明るい笑顔をジャンヌへ向けたが、


「……」

「バーテンさん?」

「あっ、いえ……」


 当の本人は、なんだか微妙は反応をしていた。

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