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4.『メッセンジャー』は修道院に入る その2

 庭にはお茶でもする用だろうか、机と椅子が用意されている。

 といっても花畑ではなく畑、鑑賞ではなく農作業の合間に休憩するのだろう。


「ここで少々お待ちください」

「客人なのに外で待たせるのかね」

「男子禁制なので」


 どっちもまぁ一理ある会話。

 トゲがあることを除けば。


「ではメッセンジャーさん。シスターメリッサの遺品を運ぶので、ついてきてくださいますか」

「かしこまりました」

「おや、ジャン=ピエールさんは入っていいのかね?」

「ジャン()=ピエールです。女なんですよ」

「おぉ、それは失礼」

「お気になさらず。母が男性名(ピエール)など付けるのが悪い」


 ジャンヌだけがいつものセリフを挟むが、やはり効果はない。






「まず最初にお断りしておきますが。私はあくまで『生前考えていたことが読める』にすぎません」


 ややあってジャンヌと院長は庭に戻ってきた。


 テーブルの上に置かれたのは、メリッサが生前使っていた修道服やロザリオ。

 この時点ですでに、

『彼女はおまえの娘ではなく修道女』

 という牽制が始まっている。


 それを挟んで、一方の椅子には院長。

 後ろには副院長。

 それとおそらくメリッサと仲が良かったのだろう修道女たちが並んで立っている。

 お勤めはどうした。


 もう一方、対面にはくだんのオールバック、父親だろうミスターシップス。

 後ろには彼の妻や息子に娘、父母など一族が固まって立っている。

 揃って暇なのか。


 そのどちらにも付かずちょうど中間、三角形の頂点の一つ。院長を右、父親を左に見る位置。

 テーブルへディーラーのように手をつき立っているのがジャンヌ。

 彼女は話を続ける。


「ですのでメリッサさんが『どこに埋葬されたいか』を考えていないかぎり。それを読み取ることはできません」


 それは両者とも承知のうえなのだろう。

『話が違うじゃないか!』というリアクションは起こらない。


「そしておそらくは考えてらっしゃらないでしょう。何せ死ぬなど夢にも思わない、若い女性ですから」


 どこに埋めるかで争っているが、人の心はある。

 ジャンヌの発言で、両陣営に鼻を鳴らしたりハンカチで涙を拭う人物が出る。

 そもそもある種の人情によって争っているとは言える。


「ですので」


 が、それはさておき。

 彼女はまだ手袋をしたままの人差し指で、修道服を指差す。


「その場合は読み取った内容から、勝手ながら私が主観で判断させていただきます。よろしいですね?」


 それから右左と顔を向けると、

 両陣営は相手を睨んだまま小さく頷いた。


「では、始めさせていただきます」


 ジャンヌはそのバチバチを横目に、



 どうか結果次第で私を八つ裂きにしたりしないでくれよ?



 そう祈るしかなかった。






「本当にありがとうございました、メッセンジャーさん!」

「いえ、私はただありのままをお話ししただけです」


 その日の夕方。

 といっても夏なので、時刻はそこそこ遅いころ。


 ジャンヌと院長は西陽が差す廊下を談笑しながら歩いている。


 この院長の態度を見ればもうお分かりとは思うが






 先ほどの、庭での残留思念読心裁判(仮称)。

 記憶を読み終わったジャンヌはこう告げた。



『私の読むかぎり、まずメリッサさんはどこに埋葬されたいかは考えていなかった』

『なので推測となるが』


『メリッサさんは「修道院を出て実家に帰りたい」ということは一切思っていない』

『俗世に戻ることだって思いもよらない。このまま修道院での老後の自分すら想像し、それを受け入れていたご様子』


『以上のことを勘案するに』

『このまま当院に埋葬されることが、彼女にとって安牌であると考えられる』



 と。


 自分たちが提案し、手配した『メッセンジャー』が言うのだ。

 シップス家ももうどうしようもない。


 なおもゴネようとはしたが、あまり強くは出られず



 最終的には、いくつかの遺品や遺髪のみで手を打ち、

 諦めて帰っていった。






 というわけで係争は院側の完全勝利。

 院長もご機嫌というわけである。


「『どこぞの海に流してくれ』などと出たら、どうしようかと思いました」

「あらやだオホホホ」


 彼女はようやくジャンヌのジョークで笑う。

 相手の肩をペシペシ叩いたかと思えば、廊下の先。

 一つのドアの前で立ち止まり、手で指す。


「もうこんな時間ですし、ここは街からも少し遠い。泊まっていかれますでしょう?」

「えぇ、そうさせていただけると助かります」

「でしたらこちらの部屋をお使いください。あなたが救ってくださった、メリッサも使っていた部屋です」


 せっかくのご厚意である。

 まさか宿泊料も取られるまいし、経費が浮く。


「ありがとうございます」


 ジャンヌは素直に好意に甘え、部屋の中へ入る。


「夕食の準備ができましたらお呼びしますね」

「すいません、そこまでしていただいて」

「いえいえ」


 至れり尽くせりに仕事が首尾よく終わったと実感できる。

 ジャンヌがとりあえずベッドに腰を下ろして寛ごうとすると、


「あら、シスターオーサ」

「院長」


 一人の修道女が通り掛かる。


「そうだわ」


 院長は彼女を部屋の中へ招き入れる。


「あなた、メッセンジャーさんが泊まっていかれますから。洗濯物を持っていって差し上げなさい」

「かしこまりました」

「えっ」


 急な決定に思わずジャンヌも面食らう。


「いえいえいえ、大丈夫です。明日の朝には出ますから。洗濯していただいても乾かない」

「そうおっしゃらずに。ゆっくりしていってくださいな」

「それに、今洗濯物と言われましても」

「それはそうねぇ」


 きっと滅多に客が来ないので、あとでたっぷり説法をしたいのだろう。

 強引な引き留めである。


「そうだわ」


 そんな院長の目に留まったのは、


「とりあえずその手袋。もうお仕事も終わったのですし」

「は?」


 どうやら読心しないための盾ではなく、仕事モードの服装と思われたらしい。

 ジャンヌが何か言うより早く、シスターオーサはテキパキと手袋を奪い去る。


「ちょっと」

「夕食は18時ですので、それまでごゆっくり」


 そのまま取り返す暇もなく、彼女らはさっさと引き上げてしまった。


「……やれやれ」


 一応ご好意でもあるので、無理に拒否するのも心苦しい。

 ジャンヌはなんとなく気疲れして、ベッドへ体を投げる。


 その瞬間、素手もベッドのシーツに触れ、

 残留思念が流れ込み、


「いっ、



 ぎにゃああああ!!」











「あー、そうだっけ。そういうことがあるから、中古品は苦手なんだっけ」


 話は今に戻って『ケンジントン人材派遣事務所』。

 タシュはナッツ缶を手に取りつつ、ヘラヘラ笑う。


 対するジャンヌは耳から湯気が吹き出そうな勢い。



「禁欲生活を強いられる修道女たちの思念は、それはそれは凄まじいんですからね!!」

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