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腕輪

美愛がもやもやしてばっかりなので、あまり読んでていい気分ではないですね、すみません。


 鏡の向こうから勇輝が帰ってきたのは、夕方だった。私の休日は丸一日、待機で終わってしまった。

 異世界との交流はそれなりに楽しかったが、それはそれだ。ろくに説明もしないでほぼ一日放置されたことを考えると、何度でも腹が立ってくる。わざと不機嫌そうな顔をして、帰還した勇輝を睨むと、勇輝は驚いた顔をした。


 「あれ、美愛。まだいたの?」


 私は怒りのままに帰宅した。私はピュールさんに何度か確認したのだ。「勇輝にもう帰っていいか聞いてほしい」と。だが結局返事が得られなかった。待っていてくれとも言われなかったが、帰っていいとも言われなかった。いざ自分が頼みたいと時に私がいなければ不機嫌になるくせに。

 というか、勇輝が異世界にいる間、私と彼が直接会話をしたのは一回だけだ。


「美愛、リビングからカップ麺一つ取ってきてくれる? 忘れてきちゃったみたいで」


 これだけ。おかしいよね。その後だって色々頼んできたくせに、礼を言いもせずに第一声があれとは。

 

 (私が口うるさいのかな……)


 幼馴染なのだから、そんなに細い事を気にするのがおかしいのだろうか。付き合いが長い分、喧嘩だってそれなりにしてきた。でも態度が癇に障るとか、そういう理由で喧嘩になった事はないはずだから、勇輝がずぼらになったか、私がいちいち気にするようになったかのどちらかだろう。どちらも、という可能性もあるが。

 そう考えると、私の方が小うるさくなったのかもしれない。なんだか自分の人としての器が小さくなったように思えて、落ち込んできた。

 ポワン、とメッセージの着信を告げる音が鳴った。スマホを手に取ってみると、勇輝からだった。


『今日はおつかれ。明日もお願いしていい?』


 何でいいと思ったの?……と返すほど、私の心は強くないし、意地悪でもない。でも正直、明日も今日みたいに勇輝の家で一日待機、というのは御免だ。私にも予定がある。


『ごめん、明日は無理』


 ごちゃごちゃ言い訳めいたことを書くよりシンプルなのがいいだろうと、必要最低限のことだけを書いて送信する。そのままスマホを放って、日中にやるはずだった自分の用事を済ませる。

 数時間経って、思い出してスマホを確認しても、新着メッセージはなかった。念のためトーク画面を開くと、既読はついている。


 「……」


 もやっとはしたけど、別に返信を期待したメッセージではないし、文句を言われないだけいい。そのはず。

 

 

 結局、その後勇輝からメッセージが来ないまま、翌日を迎え、私は自宅で一日を過ごした。なんだか後ろめたいような罪悪感を抱き、「本当に行かなくていいのか」と何度も考えたが、連絡がこないのだからいいはずだ、と何度も自分に言い聞かせた。単純に、自分の用事を片付けたかったのもある。

 しかしその日の夜、勇輝からメッセージが送信された。


 『明日、少し話したいからうちに来てくれる? 渡したいものがあるんだ』


 恋愛脳がすっかり冷めた私は、特に過度な期待もせずに「また異世界絡みかな」と思いながら、了承の返事をする。

 別に、絶対に協力したくないわけじゃないのだ。丸一日待機していてほしいということなら、それなりの打ち合わせや準備、心構えが必要だというだけで。その辺を話し合えるなら、勇者のサポーターを継続するのも吝かではない。渡したいものの方はさっぱり見当がつかないが、異世界由来のものだったら嬉しいな。異世界の石ころとかだったらちょっと困るけど。



 翌日、学校帰りに勇輝の家にお邪魔する。一緒に帰った方が効率いいかなと思ったけど、隣のクラスに顔を出したら勇輝は帰った後だった。うちのクラスはHRが長い事に定評があるから、放課後の約束は嫌がられる傾向にある。私達のせいじゃないんだけどね。だから約束をしていない限り、先に帰られたとしても「そっか」で終わる。私も早く帰りたかったな、と思うくらい。

 勇輝は私を部屋に通すとすぐに「これあげる」と渡したい物とやらを渡してきた。

 包装も何もなく、抜き身で渡されたのは細い金色の腕輪だった。手首で遊んでしまう位大きめだけど、なぜか抜け落ちない。不思議パワーかな。便利で助かる。内側に紫色の石がついているのもおしゃれだ。

 

 「何これ……もしかして、異世界のお土産?」

 

 まさか、異世界で手に入れた財宝の一部とか……? 普通に嬉しい。流石に学校には着けていけないけど、普段使いしてもよさそうなシンプルなデザイン。


「ピュールから提案されたんだ。美愛が一人で俺の家で待機しているのは大変じゃないかって。だから、その腕輪を着けていれば、ピュールが美愛を座標として見つけてこっちとあっちを繋いでくれるから、鏡さえあれば美愛の家からでも物を送れるって。やっぱり、俺があっちにいないと駄目だけど。俺の腕輪と似たようなものだよ。これもピュールがくれたんだ」

「ピュールさんが……」


 感動を覚えた。ピュールさん。初めてやり取りをしてから、物資を送るたびに色々と話をして、私はすっかり友達気分でいた。様付けをやめてほしい、とお願いして固辞されたものの、最終的にはミアさん、と呼んでくれてかなり打ち解けたと思っていた。私の一方的な思いだと承知の上だったが、私を気遣ってくれたという事実が、そんな事はないと言われているみたいで嬉しい。勇輝の家で一日待機していないといけないのが大変だと愚痴った事を、彼なりに考えてくれたのだろう。


「だから今週末から、頼んでいい?」

「……」

 

 もう少し浸らせてほしい。本当に用件しか言わないな……。「負担をかけていたみたいでごめん」とかないのかな。それは私が期待しすぎなのかな? 確かに、勇輝に直接不満をぶつけたわけじゃないから、察しろというのが都合よすぎるのだろう。

 よし、今言おう。


「それはいいけど、何か言う事ないの?」

「何かって? あ、送ってもらう物は、俺が買って持ってくるから、美愛は家で待っててくれればいいよ。それで、大きめの鏡の前に待機してくれていれば」

「私、この前大変だったんだけど。ご飯は食べられないし、トイレも気軽に行けないし」

「それはごめん。でも、だから今回は腕輪あげたでしょ?」

「……」


 腕輪をくれたのはピュールさんだし、さっきの言い方だとそもそも腕輪を渡す事を提案したのがピュールさんだったはず。勇輝がした事は、直接手渡せないピュールさんの代わりに、私に手渡しただけ。なのに、何でこんな言い方なの?

 

 色々言いたい事はある。でも。


「……分かった」


 私は沈黙を選んだ。喧嘩する方が面倒だし、異世界活動のせいで幼馴染と絶縁したとか、なりたくないからね。

そろそろ勇者の影が薄くなっていきます。

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