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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
112/267

111話 瀬戸内の旋風

天正十年六月十日夜

羽柴筑前守秀吉は、兵庫城まで撤退した。

乾坤一擲の戦術に賭け挑んだが、目的を遂げられずにいた。

此処において、光秀の畿内平定が既定路線である以上は、新たに戦略を立て直さねばならない。また、毛利との関係や、長宗我部への対策、領国の安定など問題が山積していた。


「官兵衛……我らの損害は如何ほどかの?

再度の出兵には時間を要するであろうな?」

秀吉は問いかけた。


「戦死者は約四千。負傷者も多くおりまする。

当面は難しゅうござる。暫くは領内の安定と外交戦略に賭けましょうぞ」


「兄者……某の部隊は特に損害が甚だしい。

それよりも気になったのは相手の戦力でござる。

雑賀根来衆もそうですが、相手の手投げ炮烙に辟易しました。

我等も取り入れるべきかと……」

小一郎秀長がそう語った。


「それと、長宗我部の水軍でござる。淡路におる以上は我らにとって脅威。

対策が必要でござろうな……明石城や此処兵庫城、海沿いの城は落ち着きますまい」


「うむ……何か方策はあるかの?」

秀吉が問いかけた。


「毛利を抱き込むしかありますまい。また、志摩水軍が与力してくれればよいのですが、現状は難しいでしょうな……まずは毛利との外交にござる。畿内と平定した場合、美作伯耆を明け渡すと明言致しました。それが今回頓挫したわけです。そこで如何に対応するか……肝要なところでありましょう」

官兵衛は何にも増して、その重要性を考えていた。


「毛利を抱き込むしかあるまい……二か国の領有権を材料として同盟関係を継続し、我らに与力するよう説得できぬものかの?」

秀吉はそう期待していた。


「さて……難問にござりますな……我等との同盟継続が毛利にとって利ありと思わせねばなりませぬ。左衛門佐殿や恵瓊殿は曲者故、一朝一夕には参りませぬ。

此処は毛利家だけでなく、四国や九州の情勢も絡めながら大きな戦略を描く必要がござります。何にせよ、畿内を明け渡したとしても、日向守も攻め入ってくる程の余裕はありますまい。そろそろ東でも動きがありましょう。その間に我等も立て直さねばなりませぬ。

時間をかけてでも、次は盤石の態勢で臨む事を考えましょうぞ……」


「うむ……で、当面の守りは如何いたす?」


「最前線は兵庫城になりましょう。長宗我部水軍も無暗に攻撃はしてきますまい。

木村殿を大将に三千置けば、対応能いましょう。

それよりも、山陽道だけでなく、他の方面も固めませぬと……

日向守が畿内を平定する以上は、細川殿は敵になると考えたほうが良いでしょう。丹後方面にも目を向けねばなりませぬ」


「となると……小一郎の働きが一層大事じゃの?」


「兄者……山陰方面はお任せあれ。宮部殿もおりますれば盤石にござる。

その方面から攻勢があるとも思えませぬが、此方から仕掛けることは可能でござる。丹波は日向守の本貫の地。いざと言う時は二正面作戦も一計にござろう?」


「うむ……何にせよまずは体制を盤石に致そう。

それと先程小一郎が言っておった、投げ炮烙とやら……生産出来うるのか?」


「不発弾があります故可能でありましょう。然程難しいとは思われませぬ」


「殿……今ひとつ気掛りもござる。戦は兵だけおってもできませぬ。

補給の問題が懸念されまする。博多商人とより昵懇になる必要がございます。堺衆とは今後取引が減らざるを得ませぬ。ご一考頂きますよう……」


「相分かった。佐吉や弥九郎に対応させる。

若いが才気あふれる者も育ってきておる」


「頼もしい限り……お願い致しまする。

某は、毛利へ出向きましょう。まずは出方を見極めまする。

場合によっては領地の割譲も土産に致しますが、宜しいですかな?」


「任せる。わしが領内は上手く纏めようぞ」


こうして、秀吉は今後の戦略を描きつつあった。

しかし、戦いはまだ終わった訳ではなかったのだ。





翌日早朝の事である。長宗我部水軍が兵庫城沖に姿を現した。

今回は船団150隻をもって出撃してきたのである。


「申し上げます……沖合より大船団が接近して参ります。

長宗我部水軍と思われまする」

注進が飛び込んできたのだった。


「すぐに退避させよ。城外の兵は内陸に向け走らせるのじゃ。

城内の兵は遮蔽物に隠れよ」

官兵衛はすぐに命を下した。


「殿……艦砲射撃がありましょう。退避してくだされ」


「しかし、鬱陶しい奴らじゃ。何とか対策出来ぬものかの?」


「海上から攻め来る以上、対応能いませぬ。

準備さえ出来ておれば大きな被害はありませぬが、士気に係りますな。

対抗できるとすれば、毛利の水軍しかござりますまい」


「うむ。やはり毛利を味方にせねばなるまい」


「申し上げます……敵は長宗我部水軍ですが、塩飽海賊衆も同道しておる様子」

新たな注進が飛び込んできた。


「何じゃと……塩飽が与力したと申すか?」


「官兵衛……塩飽は独立独歩の気風ではなかったのか?

何故、長宗我部に付いておるのじゃ?」


「わかりませぬ。ですが、時世の波に抗えぬのでありましょう。

しかし、塩飽が靡いたとなると由々しき事。

下手をすれば、播磨、備前の沖合まで支配されまする」


「ドドッドドドドドドオオ~~~ン」

早朝より長宗我部水軍の艦砲射撃が始まった。

前回と違い、退避行動はできてはいるが、城は動けない。

当然各所に焼玉が降り注いだ。海側の城壁には穴が穿たれ、火災も発生する。


「官兵衛……明石城にも早馬を出せ。そして見張りを強化せねばなるまい。

早期に発見できれば討ち死する者は出ぬであろう?」


「はい。周知徹底致しまする」


「しかし、官兵衛……彼奴らを抑える方策を優先させねば、捲土重来も覚束ぬ。

毛利水軍を頼れぬか?」


「塩飽まで敵側に付いたとなると、毛利の権益にも支障が出ましょう。

駆け引きは必要ですが……まずは某が三原に参りまする」


「うむ。それと徳川殿や柴田殿、三七殿にも呼び掛けてみるつもりじゃ。

やって損はなかろう?」


「是非お願い申す。二正面作戦を強いれば此方としては重畳……

東国でも動きがござりましょう。すぐにとは期待できませぬが……」


尚も砲撃の轟音が聞こえている。秀吉にとっては不愉快この上ない時間であった。そして、砲撃が一巡すると長宗我部水軍は悠々と引き上げ、瀬戸内海を西に向け立ち去った。

数刻後には同じく明石城に砲撃があり、悠々と引き上げていったのだ。





「若殿……痛快にござるな。秀吉は地団駄踏んでおりましょう。

反撃する手段がないのですからな」


「四郎左右衛門……今回はそうだが、未来永劫ではない。

我等とてずっと淡路に居る訳ではないからの……

それに、毛利水軍が出てこれば状況は一変する。

このままでは終わらぬ予感がするのじゃ」

弥三郎はそう答えた。


「出てくれば、海戦にて打ち砕けば良くはありませぬか?

我等が負けるとは思いませぬぞ」


「確かにそうであるが、此方も無傷とは行かぬ。

毛利水軍は大軍じゃ。我等よりも数が多い。

対策が後手に回れば、不測の事態もあり得よう?」


「そうですな……伝太夫殿にも協力してもらい、新鋭艦の建造を急ぎませぬと……塩飽の船大工は日ノ本一でござろう?若殿からも依頼してくだされ」


「わかっておる。取敢えずは淡路にに戻り、補給をしようぞ。

父上の状況も気になる。上手く進んでおればよいが……」


弥三郎は急転する状況に些か焦燥感を覚えていた。今のところは期待通りの結果を伴ってはいる。しかし、すでに大きく歴史を変革しているのだ。何が起こるか読めないのだ。

瀬戸内の風を受けながら、弥三郎は考え込んでいた……

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