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水色桔梗ノ末裔   作者: げきお
畿内統一へ駆ける
113/267

112話 有岡城の攻防

天正十年六月十一日

惟任日向守光秀は、伊丹有岡城を包囲した。

池田勝三郎恒興が籠城していたからである。

尼崎の戦いにおいて恒興は善戦したが、中川清秀の参戦によって戦線を支えきれず、撤退していた。しかし、有岡城は名にし負う堅城である。恒興も三千の兵で此処に籠城していた。

光秀としては力攻めもできない訳ではないが、多大な犠牲を伴う事が予測され、まずは談合させることにしたのだ。使者として、繋がりのある高山右近重友を派遣したのである。



「勝三郎殿……お久しゅうござる。

単刀直入に申し上げる。今は成り行きで敵味方に分かれておりますが、某は戦いたくはござらぬ。これも時世の流れ行く処……此処は家名を残すことを第一とされては如何か?

日向守殿も一廉の武士。天下を治めるに値する者の一人に思われますが、如何でござろうか?寛大な処置がなされるであろうことはお約束いたします故、開城頂けませぬか?」

右近は駆け引きなくそう伝えた。


「ジュスト殿……お主が使者として来られて嬉しく思う。

しかし、織田家の宿老として、日向守殿に従うのは忸怩たる思いじゃ。

それにまだ我らが負けると決まった訳ではなかろう?

羽柴殿は確かにすぐには当てにならぬであろうが、柴田殿や徳川殿も健在じゃ。

わしがこの城で持ち堪えれば、日向守殿もずっと囲むこともできぬであろう?」

恒興は当然のようにそう答えた。


「確かにそうですな。しかし、持ち堪えられる自信がおありか?

勝三郎殿も先程の戦において目の当たりにされたであろう?

我等には鉄砲以外にも、手榴弾という武器がござる。

日向守殿がその気になれば、早期に城は落ちましょうぞ。

だが、それは望むところではござらぬ。力攻めとなれば多大な犠牲が出ますし、何より城下の民に難儀をかけることになりまする。日向守殿はその事を懸念されておるのです。

某はここ数日の間に、日向守殿の軍略を見せつけられ申した。

上様弑逆は綿密な計画の元に行われたのです。それも長宗我部が同盟し、東では神速で近江を平定なされ、柴田殿や徳川殿も容易には出てこれませぬ。

今、勝三郎殿が従えば、日向守殿が感謝される事でしょう。

考え直して頂けませぬか?」


「この城において一戦も交えることなく開城したとあっては某の名折れ。

死んでいった者達へ申し開きできぬ。

ジュスト殿に会えてよかった。

この有岡城……容易に落ちるかどうか攻めて見られれば良かろうと伝えられよ……」


恒興はそう言って開城勧告を拒否したのだ。右近は意気消沈したが、光秀は予測していただけに動揺しなかった。そして、有岡城攻めが開始されたのである。

先鋒は大和衆であり、島左近清興である。左近は光秀から上手く立ち回るよう言い含められていた。そして大手口から進撃を開始した。




恒興は息子二人に語った。

「二人ともよく聞くがよい。日向守は本気でこの城に攻めかかることはなかろう。それが証拠に囲みはしたが距離があり過ぎる。戦いたくないのじゃ……

先鋒を大和衆に任せておるのもその証拠であろう。逆に彼奴が本気で攻めれば、我らに勝機は無い。そこで、敵先鋒に対し全力で打ち掛かり、意地を見せて参れ。

そこで勝を得れば、再度開城勧告してくるであろう。勝負はそこからじゃ」


「父上……お任せ下され。大和衆など物の数ではござらぬ」


「うむ。頼んだぞ……わしも督戦する故、池田の意地を見せよ」


こうして有岡城攻防戦が幕を開けた。





正午にならんとする頃、戦端が開かれた。筒井順慶率いる大和衆が打ち掛かったのである。池田勢は元助、照政率いる部隊が守りについていた。二人とも若いが戦の経験も豊富な強者である。


「かかれーーーーっ」

島左近清興の号令とともに筒井勢が攻め寄せた。

左近は盾を持った足軽を前面に押し立て、慎重に進軍する。

そして、池田勢からは一斉に鉄砲が放たれる。だが、竹束盾により、正面からの銃撃では大きな効果は無い。塀際まで近づくと、一斉に突撃を敢行する。

そしてそこに今度は矢箭が降り注ぐ。一進一退の攻防が繰り返される。


「よし、そろそろ良かろう。一旦引くのじゃ」

左近は大きな犠牲が出る前に一度軍を退いた。

そこに、鈴木孫三郎が訪れた。


「左近殿……雑賀孫市が嫡子、鈴木孫三郎重朝にござる。明智十五郎より言伝です。今一度攻め寄せた時に、敵の先手を釣り出すようにして頂けませぬか?」


「ほぅ……何かお考えがあるのですかな?やれぬ事はないですが……」


「コレを使います。敵の先手は池田殿の息子等でござろう?

手榴弾の威力を見せつけてやります。もちろん手加減は致しますが……」


「成程……考えましたな?百戦錬磨の池田殿ならば、意図を読まれると?」


「そうなれば重畳この上ないですが……」


「承知致した。では、上手くやりますので、側面攻撃して下され」


こうして、第二幕が始まったのである。




島左近清興は体制を立て直すと改めて池田勢の先鋒に攻めかかった。

今度も慎重に尺進し、迫った。左近の斜め後方には雑賀衆の擲弾兵部隊が追随している。


「また来おったか?三左衛門、一気に押し返そうぞ……」

元助は馬廻りと共に頃合いを見計らい突撃した。弟の三左衛門照政も追随する。


突如攻めに転じた池田勢に、左近は崩れようとした。そして、後退する。

まさに絶妙な演技である。池田勢が突出した時、それは起こった。


「ドドッドォーーーン」

池田勢の周囲に手榴弾が炸裂したのである。孫三郎が手加減しているため、被害は少なそうであったが、池田勢は混乱した。そこに島左近が反転したのだ。


「掛かれーーーーーっ」

左近が追い撃ちする。しかし、元助は屈強な馬廻りと共に自ら殿し、撤退した。すぐに罠であることを看破し、決断したのである。元助も父親に似て凡庸ではなかった。

左近も深追いを禁じ、追撃の手を緩めたのだった。




元助と照政は、父恒興の元に戻ってきた。

「両名とも上手く撤退できたようじゃの?よく判断した。

周りが見えねば壊滅しておった処であったの?」


「父上、再戦の機会を……腹の虫が治まりませぬ」

強気な元助は、再度の攻撃を志願した。


「もう良い。暫く守りを固める」


「しかし……」


「ならぬと言うておる……次はお前は生きて戻れぬ。

気付かなかったか?敵が手心を加えておったのを……

お前は上手く弄ばれたのじゃ。左近や雑賀衆が本気であれば壊滅しておる」

そう言われて元助は涙した。


「元助……三左衛門……わしはお前たちの行く末を考えねばならぬ。

上様は亡くなり、ここ数日で天下は変転したのじゃ。

現実を受け入れようではないか?

滅亡の道を選ぶのは、愚か者の諸行じゃ……」


こうして、恒興は兵を退き、城の守りだけに徹した。




暫くして、明智勢から使者がやってきた。

恒興は正装し、使者に相対した。決断していたからである。


「某、惟任日向守が被官にて、明智治右衛門光忠と申す。

用向きはご想像通りかと存じますが……

わが主が申すには、開城頂けぬかという事でござる」

光忠は丁重に挨拶し、要件を述べた。

光忠は宿老の一人であり、冷静沈着な武将である。恒興のような織田家の重臣に対する使者としては適任と思われ、指名されたのだ。


「承知致した。この上の戦は無用にござる。

明け渡しましょうぞ……」

恒興は何も問いかけることなく、そう応じた。


「池田殿……まだ何も条件をお伝えしておりませぬが……」


「某が言える立場ではござらぬ。もう十分に武辺は示しました。

些か疲れても居りまする。日向守殿に従いましょうぞ……」


「有難い事でござる。されど、肝心な事ゆえ申し上げる。

城兵は総赦免。池田殿の本領は安堵致しましょう。

その上で、日向守に仕官して頂けませぬか?

それと、形ばかりでござるが、次男三左衛門殿を馬廻りとして申し受けたく……」


「寛大なご処置……痛み入ります。

城兵と、城下の町衆に被害が及ばぬのが何より。

この上は池田勝三郎恒興、過去の遺恨を捨て、お仕え致しましょうぞ」


「では、早速手配いたしまする。

某、池田殿のご英断に感服仕った。今後は何かとお力添え頂きたい。

良しなにお願い申す」

光忠はそう言って、短い交渉を終えたのだった。



伊丹の地に再び歓声と勝ち鬨が上がった。それは鯨波となって全軍に波及した。

「漸く此処まで来た……」

光秀は夏空に輝く日輪を目を細め眺めた。


「上様……これで良かったと思うておりまする。

上様の元へは当分行けそうにありませぬ。

某には大きな仕事が残っており申す。お許しくだされ……」

光秀はそう呟いた。

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