第二十六話 三つの再会
「じゃあ行ってきます♪」
布包一つを抱えて、まるでピクニックにでも行くような軽い調子で、紺は緑天店に別れの挨拶を告げる。
時間は空に三日月が昇っている真夜中だ。昼間に身支度して出て行くと、また記者やら野次馬に絡まれそうなので、人目の少ない時に出発することにしたのだ。
「おう、行ってこい……とその前に後一分ほど待て。もうすぐ来るはずだから」
「誰がだ?」
すると外から扉をノックする音が聞こえた。もう治療依頼の客はほとんど来なくなった。ましてやこんな時間に訪問する者などいるはずがない。
不思議に思って扉を開けると、そこにはほぼ十日ぶりに見る顔があった。
「ごめんなさい! ちょっと遅れました!」
「黄!?」
そこにいたのはあの黄少年だった。あの蛇女の目撃証言の件で役所に呼ばれていこう。一度も会っていない。紺にとっては、この瞬間まで存在を忘れていた人物だ。
彼は紺と違って、やたら大きな荷物を背負い、いかにもこれから旅に出る、といった身なりだ。
「僕も紺さんの旅に連れて行ってください! お願いします!」
「はぁ!?」
緑天丸の方を見ると、「頑張れよ」とか言って頷いている。どうやらこいつが話を吹き込んだらしい。
「僕は紺さんに恩返しがしたいんです! 大丈夫です! 僕こう見えても力はありますから、絶対に足でまといになりません。一生のお願いです! 僕に紺さんのお手伝いをさせてください!」
実に健気な若者の言葉。その目には下心など一切なく、純粋な尊敬の眼差しを紺に向けている。
「いや、お前家族とはどうするんだ?」
「大丈夫です。もう話はしましたから。精一杯紺さんのお役に立てと言われました」
どうやらお膳立ては全て整っているらしい。自分が知らない間に何故こんな勝手に話が進んでいるのか?
(やべえよ、どうするよこれ?)
紺にとって、この少年はある意味、どんな強敵よりも対処がしにくい相手だった。誰かに深く慕われるなんてこと、生まれて初めての経験ではないだろうか? どう声をかければいいというのか?
(そもそも何でこんなことに? たったあれだけのことで恩返しなんて言われる筋合い………はあるな、一応。考えてみれば、これは王道展開でもあるし……。じゃあ言われた通りに連れていけばいいのか? でも自分をこんなふうに見てくる相手なんて、正直ウザイんだけど。じゃあ断ればいいのか? 突き放すと今度はこっちの心は痛みそうだし……。 ああっ!何で私はこんなに優柔不断なんだ!?)
平静を装っているが、内では考えが纏まらず、混乱の極みである。黄は黙り込んだ紺を、期待と不安が入り混じった目で、じっと見詰めている。
どう収集をつければいいのか?紺の頭がパンクしそうになった時、横から緑天丸が会話に入ってきた。
「連れて行けよ紺。お前にはこいつの面倒を見る責任がある」
「責任?」
「お前、こいつに輸血をしたらしいな?」
確かにした。あの時、その場で血液型が合う者が紺しかおらず、緊急で採血に協力したのだ。
人種が違っても、血液型が同じであれば輸血は可能だそうだ。医者も認めた行為なので、某作品の魚人族のように、法律で問題があるわけでもあるまい。
「聞いてないのか? お前の血を入れてから、こいつは変わってしまったんだ」
「ああ」
思い出した。確かにそんな話もあった。あの治療の後、黄は尋常じゃないほど身体能力が強化されたのだ。以前浅葱と躑躅に自分がしたことを考えれば、これは自分が原因だと言われても納得できる。
担当した紅月医師は、最初は口を閉ざしていたが、黄の石化被害の後で、このことを当人たちにも話したのだ。
「聞いてる。でも強くなれたんだから別にいいじゃんか。それで責任なんてな……」
「それだけじゃないんだよ。お前はこの子の命を救ったが、同時にこの子の人生を取り返しのつかない方向に変えちまったんだ。人妖にならなかったのは幸いだったけど……」
「「??」」
紺と黄は顔を見合わせ、困惑顔で同時に首を曲げる。どうやら黄にも、話が見えないらしい。
「この子は肉体的にまだ成長途中だったからな。時間が立てばすぐ異変に気づくだろう。とにかくお前はこいつと一緒にいてやる義務がある」
「いやだから何なんだよ? 具体的な話を頼む」
「悪いけど私から言えることはこれだけだ」
これ以上は意地でも言わないつもりらしい。思わせぶりなことを言って、確信をちゃんと話しくれないというのも、ある意味王道な展開だ。
おそらく追及ても無駄だろうと、紺は諦めた。諦め顔で黄の方に顔を向ける。
「ああ~何か知らんが私には責任があるらしい。ということで黄、お前私と来い」
「はい! ありがとうございます!」
元気良く答える黄。これから疲れる日々が始まりそうだと思った。だが同時に、混乱状態からすぐに話を纏められたことに、僅かに安堵した。
この日、紺は一人の仲間と共に世界へと旅立った。
岩木地。この世界で唯一生命が溢れ、人が住まう大陸である。
かつてこの世界は、科学時代の戦争や環境汚染が元で、永遠に人が住めない世界となった。だが女神レイコの手によって、大地と空気に力を注ぎ込まれて地脈が強化され、この大陸だけは生命あふれる緑の土地となった。
面積は日本列島の二十五倍。総人口は約二億四千万人。その三割の八千万人が猪神王国に住み、五千万人がその西方の陸奥王国に住み、残りの人口が多くある中小国家に住んでいる。
レイコによる大陸の強化改造によって、この大陸は四百年に渡って大いなる自然の恵みを得続けた。それと同時に魔物の驚異もあったが、それは三人種の屈強な戦士達によって、平和が守られていた。
だがほんの数年前に、その繁栄に陰りが出てきた。世界を巡る地脈が徐々に弱まっているのだ。これによって魔物の数は減ったが、同時に自然の恵みも下がった。
しかし深刻な事態になるほどまで行かなかった。一ヶ月近く前から、低下した地脈の力が急速に回復していったのだ。
これに多くの人々が安堵した。何が原因でこうなったのか?という疑問もあったが、これで今までどおりに暮らせると誰もが思った。だが上昇した地脈は、回復するどころか異変前より強くなり、魔物の増加を招くことになる。
紺と黄は鉄士になるために、以前にも来訪した青龍京へと旅立った。
そこへの旅は、一日も持たずに終わった。紺の風飛翔を使って、6・7時間ほどで到着したのだ。田舎から都までの旅路としては、あまりに短すぎるものである。
途中で挟まれた関所などは、以前のように不法通過はせず、きちんと認証をもらって通過した。
六王国と四王国の関所の前で、風飛翔で降り立ったときは、大層驚かれた。この小国で、飛行魔法ができるほどの使い手は、ほとんどいないのだ。ましてやそれが純人であるならば、なおのこと。
「……これが都? すごい大きい……。それに人がいっぱい」
青龍京に入った時の黄は、ただ唖然として街の光景を見入っていた。
何をそんなに驚いているのか?と疑問に思ったが、すぐに判った。紺にとってはこの都市は二度目の来訪である。そうでなくても彼女の故郷は、これ以上の都市が沢山ある。
だが黄にとっては、生まれて初めての都会だったのだ。辺境の小国家の世界しか知らない彼には、この世界は新世界である。祭りのように賑やかな人並みと、小さなビルぐらいはある建物が立ち並ぶ光景に、とにかく見入っていた。
一方の道行く街の住人たちも、紺の方を見入っていた。紺はもう、あの作り物の葉っぱを頭につけていない。
恐れるものが無くなった紺は、人種を偽るのをやめたのだ。突然現れた純人の姿に、大勢の人がどう反応すればいいのか分からず、戸惑っている。そんな注目にさらされている本人は、珍獣扱いに慣れきっているため、一切気にしない。
「そろそろ行くぞ。それと感動するのはいいが、反応は抑えておけ。田舎者丸出しだ」
「はいっ!」
二人は街の鉄士協会本部へと足を運んでいく。ただしまっすぐ進むのではなく、道中いろんな店を寄り道しながらだ。
目的地に着く頃には、二人共買い食いのしすぎで、腹が苦しくなっていた。
「……どうだ? 都会の食物はうまいだろう?」
「うん。でもちょっと遠慮すればよかった……」
「言っとくが、吐いたらお仕置きだぞ」
気持ち悪そうな顔で、建物に入る二人。他の鉄士達が、病気か怪我にでもあったかと、心配されてしまった。
市役所のような光景の建物内部。壁に掛けられた屋内地図を見て、受付の方へと向かう。鉄士になるための手続きはよく知らないが、とりあえずそこで全部聞けばいいだろう。
受付のある部屋に入る。そこで思わぬ事象と遭遇した。
「「あぁあああああああああああああああああああああああ!!」」
建物全体を振動させるのかと思わせるほどの、凄まじい驚声の二重奏。部屋内にいた鉄士や役員が、これに動転してひっくり返っている。
(なんだよこれ!?)
ただでさえ気分が良くないのに、こんなウザイ声を聞かされて、更に気分が悪くなる。苛立ちながら声のした方向を見ると、相手は何と自分を見ていた。
口を開きながらこちらを凝視している、鉄士と思われる二人の女性。一人は巫女服のような魔道士服と、杖を装備した小柄な葉人の少女=躑躅であった。
もう一人は黄色い浴衣に刀を差した、時代劇の浪人のような身なりの龍人の少女=浅葱である。
「紺さんのお知り合いですか?」
「ああ。躑躅と……あと一人誰だっけ?」
二人はこっちを見て固まっている。二人との別れの場面を思い起こせば、確かに驚くだろう。気を取り直したらしい二人が、こちらに近づいてくる。
めんどくさそうだと紺が頭を掻いたところ、騒ぎを聞きつけた役員が、怒りながら二人を連行してどこかへ消えていった。
「このまま何事もなく受付に話を通そうかな?」
「え~と、いいんですか?」
「う~ん」
色々と考えてみる。ここは鉄士協会で、自分はここの組織に入る予定なのだ。遅かれ早かれいずれは、二人とまた会うことになるだろう。
「いや、かえって話が面倒になりそうだ。少しここで待とう」




