第二十話 魔道医師
「私、鉄士になるよ。お前が前に話していたことに頼ってみる」
店に戻り、霊素材を倉庫に押し込んだあとで、紺がそう口にした。躑躅からの鉄士勧誘は拒んだのに、あまりに唐突な発言である。
「あんた危険なのは嫌だとか言ってなかったっけ?」
緑天丸の疑問は大きかった。上位鉄士になると、一般人に見れない資料を見ることが出来る。そうすれば、異世界のことも調べられるかもしれない。この話をしたのは緑天丸だった。
だが紺は、冒険は面白そうだが、危険なことには関わりたくないのでやめておく、と言っていたのだ。
「ああ、でもいいんだ。もう危険は無くなったからな」
「どういう意味だ?」
「私って、何をされても死なないみたいだからな。だからどんな困難があっても、命の危険は全くない。だから何も怖くないし大丈夫」
それが理由だった。これまで三度に渡っての、死からの復活で、紺は大分自信を持ったようだ。
厳密に言えば、拷問・性的暴行・捕食などと、下手すれば不死の方が脅威になりえる危険性もある。それは紺も判っていたが。
(まあ、どうにかなるだろ。なんとなく)
不思議とそれに対する危機意識は感じなかった。様々な苦痛に慣れてきたせいか、それに対する危機感覚が鈍ってきたのかもしれない。
「あんたが純人だとばれたらどうする? 四王国で随分物騒なお触れが出てたろう?」
「そんなの大丈夫さ。絡んできた奴は、みんな殺せばいいからな。実際あそこの国王をぶっ殺したし」
伏せるまでもなかったことだが、やはり四王国王宮襲撃の犯人は紺だった。
軽い口調で語られた、国家レベルの問題発言に、緑天丸もさすがに動転した。そしてしばらく考え込んでから、深く息を吐いた。
「あんたらしいとも言えなくもないな。だが加減は考えとけよ。何があってもできるだけ死人は出さないように」
「ええ~」
「当たり前だ! 何だその不満発言は!? お前帰ってきてから、ますます思考がやばくなってないか?」
緑天丸は少しきれている。自分はいつからこいつの親になったのだろうか?
「しかし本当に雑な理由だな。自分は絶対大丈夫だから鉄士になるなんてさ。精一杯に努力や危険を重ねている武士や鉄士が聞いたらどう思うか」
「知ったこっちゃないね。私に都合が良ければいいのさ」
「まあ世の中そんなものか……」
怒りの次は、少し悟りを開いたかのような表情の緑天丸。他にも色々言いたいことがあったが、疲れるだけになりそうなのでやめておいた。
「でも鉄士になる前に、一つやりたい事があるんだ。海松っていう龍人の魔道医師知ってるか?」
「ああ、知ってるよ。あいつに何の用だ?」
唐突に出てきた人名に、緑天丸はあっさりと答える。彼の居所について、噂だけでも知らないか?という趣旨の質問だった。
海松とは、石化病を治せる魔道医師の名前である。町に帰ってきてから紺は、またあの病院を訪ねた。そして黄のことを訪ねたら、何とあの少年はその海松を探すと言って、家を飛び出したらしい。
銃撃を受けて、まだ数日しか経っていない。普通なら絶対安静を強要すべきだろうが、誰もそれをしなかった。
何故かと聞くと、紅月医師も看護師たちも「今のあの子なら大丈夫。むしろ怪我してくるほうが驚く」という答えを返してきた。しかも何故か全員苦笑いをして。一体何があったのか?
それのことで少し思うことがあって、聞いてみたのだ。だが返ってきたのは想像以上、名を知ってるだけという程度には聞こえない返答だ。
「知り合いなのか?」
「昔の同僚だ。居場所も知ってるが」
面倒なら無理に探す必要もない、と思っていたら、あまり簡単に情報提供者が見つかってしまった。
翌日の朝に二人は出発した。案内人の緑天丸を背負って、紺が風飛翔で空を飛ぶ。
「覚えたばかりの魔法を、ここまで上手く使いこなせるか。案外最初から素質があったのかもな」
「そりゃどうも」
以前躑躅を乗せて飛んだ時とは違い、緑店丸はどんなに速度を上げても、風圧に苦しむ様子は見せない。同じ葉人なのに、随分と体力が違う。
あっという間に町を飛び出し、山林の上をジェット機のように突撃していく。数回空を飛んでみて、紺は少し不思議に思った。
(この世界、どこへいっても森ばかりだな)
集落や高山地帯などを除けば、この大地はどこへ行っても、大木が生い茂る深い森で全面積が占められていた。
遥か彼方を眺めても、それはどこまでも続く、山々と緑の海。草原や荒野というものは微塵も見受けられない。所々に田畑による、人工の平面地帯があるぐらいだ。
これも例の、女神レイコが与えた地脈の力の影響だろうか? 自然豊かなのは良いことだが、どこか面白みがない。
緑天丸が指差す方向へと飛んでいき、僅か20分程度で目的についた。場所はそう遠くない、六王国国内にあったのだ。
そこには森に囲まれた一つの水辺があった。大きさは池と湖の中間ぐらい。そこの岸辺に一つの和風家屋があった。
民家というには少し大きめのお屋敷である。湖をはさんだ庭は、手入れはされているようで、雑草などは殆んど生えていない。人が住んでいるのは確かだ。
「ここが海松の家か。あまり病院ぽくないな」
「医師が本業ではないからな」
上空から勝手に敷地に着陸したら、色々と失礼な気がするので、森の側にある家の塀の入口に着陸する。
「緑天丸だ! 海松、お前に客人だぞ」
まず面識のある緑天丸が、扉から呼びかける。この家には町にあるものと違って、機械仕掛けの呼び鈴はついていない。
上空から見たときも思ったが、この家は本当の意味で純和風な印象を受ける。
まもなくして木製の扉が開き、家の主人が二人の前に姿を現す。
(こいつが海松か。名医っていうわりには若いな)
その人物は10代後半か、20代前半ぐらいの若い男性だった。人種は龍人。髪色は茶色っぽい。顔立ちはスラリとして中々の美形である。衣類は綺麗な緑色の着物である。
海松は緑天丸から目を離し、紺の方へと目を向けた。
「純人ですか。ずいぶんと珍しい客ですね。初めまして。僕は魔道士の海松。あなたは?」
「私は渡辺 紺。異世界から来た純人だ」
いきなり異世界人であることをぶっちゃける紺。だが海松は特に動揺せず、立ち話もなんだと屋内へと二人を通した。
家の中の客間。床には畳、出入り口は障子と、純和風の部屋で紺と海松と向かい合った。
紺は何故か正座して座っている。部屋の雰囲気的に、この姿勢でなければいけない気がしたからだ。
だが家の主である海松の方は、あぐらをかいて座っている。また腰に指していた刀を、どこに置けばいいかと聞いたところ、別にそのまま持って家に入っていいと言われている。
この人は見た目と違って、行儀とかは気にしないのかもしれない。
ちなみに緑天丸は、庭の先の水辺で、水鳥達に餌やり中。こっちの話には興味がないらしい。
「それで僕に何の用ですか?」
「失礼だけど、それを聞く前に一つ質問がある。お前は……じゃなくて、海松さんは石化の呪いを解く魔法を使えると聞きましたが、それは本当でしょうか?」
初対面で、しかも自分は事を頼む側である為、紺はできる限り丁寧な口調で問いかける。だが何が気に入らなかったのか、海松の眉が少し釣り上がったのが視認できた。
「呪いの程度にもよりますけれど。今この国で流行っている病ぐらいなら、確実に治せますね。自分で言うのも何ですが、僕の治癒魔法の腕は、上武士にだって負けません」
「そうですか。実は私の知り合い……という程ではありませんが、関係者に身内がその石化病にかかったものがいまして……」
「お断りします! その様子なら知ってるのでしょう!? あれだけ恩を仇で返されて、誰がこの国の者に協力しますか! 僕はここで後四十年ぐらいは引きこもる予定です。ですから世俗の話を持ち出さないでください」
話を最後まで聞かずに、速攻で断りの言葉を上げる。どうやら例の民たちの悪意は、相当堪えたらしい。
・・・・・・しかし四十年とは随分長い。この若さでそれは引きこもりすぎではないだろうか?
願いを完全拒否された紺。だが彼女の表情は特に動揺せず、何故か余裕綽々である。
「勘違いしないでください。別に治療を頼むわけではありません。その病気に関しては、海松さんは何もしなくていいんです」
「どういう意味だ?」
意外な反応に、海松は首を傾げる。今の話の流れは、どう考えたって治療依頼だったはずだ。
紺は無言で膝下に置いておいた刀を、鞘に入れたまま、海松に差し出した。
「この刀でなくても、どんな手を使っても構いません。どうか私のことを、あなたの手で殺してください」
「へっ?」
目が点になる海松。こいつは何を言っているのか? 病気の治療の話からどう発展すれば、自害の介錯の話へと繋がるのだ?
「血で床が汚れるのが駄目でしたら、山の中に移動しましょう。場所は問いませんので」
平然と言葉を並べる紺。その目は気が狂っている風ではなく、期待が混じった正気の目であった。
海松にとってはある意味、治療依頼よりもはるかに難しい申し出であった。




