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スルースルーもシースルーの内

「それはつまり、その、なんというか、うん。多分、そうじゃないですかね」


「なにが言いたいのかまったく分からないよ」


 どういえばいいんだろう。「僕の自殺の巻き添えで死んでしまったんです。すいません」なんて言って許してもらえるのか。


「くっそー。マジでなんなんだよ!」


 小川が壁を拳で殴った、が拳は壁に飲み込まれてなんの音も発生しない。


「なんでだよ。なんでなんだよ」


 小川が医者の頭を殴りつけハイキックを叩き込んだ。しかし全て無駄。空気を混ぜただけだ。


 息を切らした小川が僕をにらみつけた。


 許してもらえそうな雰囲気はない。今にも殴りかかってきそうなオーラを出している。触れられることがない以上別に殴りかかってこられても問題はない。でも嫌じゃないか。人に嫌われるって。


「なんとか言えやこらっ!」 


 小川のフックが降ってきた。僕は微動だにしない。当たるわけがないから。

 

 ゴンッと音がして僕は後方へ飛んだ。


「なんで、なんでなの?」


 小川と同じことを言っている自分に気づいて恥ずかしくなった。


「おまえは触れるんだな。言え。おまえが知ってること全部言え」


 鼻が痛い。手をやると血がドクドクと流れていた。って、血が出てるってどういうことだよ。


「早く言わないともっかい殴るぞ」


 小川が僕の胸倉をつかんで引っ張り上げた。無理矢理立たされる。


「おまえは誰だ。俺は一体何者なんだ。おいっ!」


 揺さぶられて頭がガクガクした。


「僕は小川俊樹という中学生です。そしてあなたは僕のクラスメートである中野卓郎です」


 とっさに出た嘘だった。小川は驚いた表情で僕に詰め寄る。


「つまりあそこで寝ているのが中野卓郎、つまり俺なんだな」


「ち、違います。あれは小川俊樹。僕の体です」


「でも顔が違うじゃねえか」


「今の姿は魂の顔。何百もの前世が重なりあった顔なのです」


 胸を張って太木和夫の著書を引用した。


「じゃあ、中野卓郎はどこにいるんだよ」


 僕は隣の集中治療室を指差した。


 小川はなにも言わず隣の部屋へ飛んでいった。


 悲鳴のような雄叫びが隣から聞こえた。


 消沈した小川が戻ってきた。


「ひどい怪我だよね。顔なんてぐちゃぐちゃでさ。でも大丈夫だよ。最近のアメリカの整形はすごいから」


 小川を慰めようと声をかける。


「……死んじゃったよ。俺、死んじゃった」

 

「死んだって!? マジ? やったぁ」


 言葉に出してから過ちに気がついた。小川の顔色がみるみる変わってゆく。


「なんで喜んでんだよ。おまえ人のこと馬鹿にしてんだろ」


 小川が手を伸ばしてきたのでとっさに後ろに下がる。死人同士は接触可能で痛覚もあると分かった以上、もう殴られるのはごめんだった。


「待てよ。ぶっ殺してやる」


 小川のフックが再びうなりをあげて襲い掛かってきた。二度も同じ技をくらう僕じゃない。ガードしてカウンターでアッパーカットを叩きこむ、つもりだったがガードごと飛ばされ小川に捕まってしまった。


「殺してやる」


 小川が左手で僕の髪の毛を掴み右手で顔を殴りながら言った。


「もう死んでるよぉ」


 僕は真実を返した。でも小川は止まらず拳を振るい続ける。


 顔中が痛かった。でも意識が遠のくような感覚はまったくなく、ただひたすらに泣きたくなるほど痛かった。


「先生、クランケの様子が……」


 看護婦の叫び声が耳に入った。


「へへっ。おまえも死ぬみたいだな。ざまあみやがれ」


 憎まれ口を叩く小川の体が徐々に薄くなっていくのに気づいた。体当たりしたら易々と後方に吹っ飛んでいった。

 

 小川を捕まえる。


「てめえ、なんなんだこの野郎。やるならやってやるぞ。かかってこいや」


 言われるまでもない。さっきやられたことをそのままやり返した。


 人を殴ったのは初めてだったが、案外気持ちがいいものだった。というよりこうしたい欲望をずっと抑えていたことに気がついた。


 小川はひぎゅっとかぎゃあとか言いながら血反吐を吐きまくり、一分と持たずに動かなくなった。


 でも僕は知っている。どんなに辛かろうが意識を失うことはないことを。

 

 再び殴る。殴る殴る殴る。顔はもちろん、腹や肩。腕から脚までいたる箇所を殴りまくった。


 小川は泣き叫び許しを乞うた。でも僕は止めない。もう止まらなかった。


 ヒューーーー


 ガスが漏れるような音が部屋に響いた。途端に小川の体がどんどんと細くなってゆく。


 バットほどの大きさになった小川が隙をついて僕の脇の間から逃げていった。


 ベッドで治療を受ける小川に向かった小川は、その口の中にひょろっと入っていった。


 僕は動物的な勘で口に入る寸前手を伸ばしていた。


 バット状の小川の尻を捕まえる。


 引き抜こうとしたら逆にすごい力で引っ張られた。


 掴むところもなければ踏ん張る地面もない。


 力が一層強くなり、僕は尻を掴んだまま小川の口の中に吸い込まれていった。



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