香織エピソード 私が思うこと 2
その後も注文した料理が次々とテーブルに置かれていく。
食事中、僕もバイトについて聞かれたが、残念ながら彼女ほどの話題性は無かった。
「そうだ。 面白い生徒がいるんだけどね」
彼女は話を切り出した。
「中学3年生の男の子なんだけど。 まぁ……大人をからかってくるお調子者でさ」
それはそうだろう。
これだけ魅力的な彼女なら、年頃の男の子は構ってほしいに決まっている。
「例えば? どういう絡みなの?」
若干の不服さを感じながらも、質問を振ってみた。
渇いた喉を潤そうと口に水を含んだ瞬間、
「『彼氏とかいないの?』ってさ」
「ゴホッ!」
剛速球のストレートをぶつけられたように、水を変に飲み込んでしまった。
「え? ちょっと大丈夫?」
むせている僕を心配する彼女。
平然を装って質問をしたのに、これでは自爆行為だ。
「だ、大丈夫……ごめん話していたのに……で、彼に何て言ったの?」
肝心なのはそこだ。
今更だが、彼女の恋愛事情を知りもしないで、僕が勝手に片想いをしているのだから。
「いないよ! でも、気になる人はいるって返した!」
ホッとしたのも束の間、目玉が飛び出そうな勢いで「え!」と言ってしまった。
「それよりも! 本題はここから! その男の子がね……」
僕が気になる彼女の恋愛話は、まさかのスルー。
間髪入れずに彼女は話を続行する。
「今日の授業終わりに真面目な顔して『進路をどうしたらいいか分からない』って言われたの」
彼女が遅れてきた理由はそれだったのかと察する。
「いつも活発な彼にしては珍しかったから、話はちゃんと聞こうって思ってさ……」
「香織ちゃんは……彼に何て言ったの?」
彼女はコンソメスープを一口飲み、マグカップを両手で持ったまま僕に言った。
「『迷っているけど、本当はやりたいことがあるんじゃないの?』って言ったの」
彼女の言葉がすんなり入ってこず、僕は「やりたいこと?」とオウム返し。
「彼って野球で全国大会に出られるレベルだし、テストの成績も優秀なのね。 で、学校の先生から偏差値の高い進学校を勧められたみたいでさ」
「文武両道タイプなんだね」
彼女は「そうそう!」と大きく反応する。
「私が通ってた学校の先生の話なんだけど……成績が良い子に目をかけて、進学先をゴリ押ししてた人がいてさ……先生といえばそのイメージが強くて」
「あぁ……確かに僕も中学高校でそういう先生いたかも」
「誠司くんにもいたんだ! もうさ、その子の話を聞いたら『うわぁ、最悪だ』って思っちゃって……」
俯きながらも、彼女は淡々と話をしていた。
彼女の過去において、何か思い悩んだことがあったのかもしれないが……。
中学生の人生相談を乗った彼女に感心していた。
「夢中になっていることがあるなら突き進めばいいし、途中で違和感があったなら方向転換していい。 誰かの意見に押し潰されそうだとしても、後悔しない選択をしてほしい。 『あの時、こう言われたからこうしたのに、結局こうじゃん!』よりも『あの時、自分で決めたからこうなったんだ!』って言えたほうがずっといいと思う!」
生徒に言った言葉をそっくりそのまま言った様子。
人生の教訓を若干ハタチの彼女が中学生に言ったのだ。
「……って言ったけれど。 冷静になってみると、随分熱いこと言っちゃったよね……恥ずかしいな……」
彼女は我に返り、頬を赤らめながらライスを口に放り込む。
でも、僕の目の前にいる彼女はとてもカッコ良かった。
「そんなことないよ! なんか、こう、僕の方がグッときた……」
彼女の話に圧倒され、僕は語彙力ない感想を述べてしまっていた。
「本当に? 先生とはいえ、私一応まだハタチだよ? あ、でも、誕生日きてないから実質19か……」
彼女は笑い混じりに呟いた。
「賢い彼なら香織ちゃんが言ったこと、きっと理解していると思う。 何より……僕が今、こうしているのが恥ずかしいよ」
「え? どういうこと?」
彼女の話を聞いて、気づいてしまったことがあった。
「彼ぐらいの年頃なんて、僕は何も悩んでいなかった。 誰かの話に耳を傾けようとしなかったし、将来について本気で考えてなかったよ。 そうやって分かれ道に立ったとき、立ち止まって考えられる彼は本当に偉いな……って思ってさ」
僕なんて「とりあえず高校行って大学進学するだろう」としか頭に無かった。
部活もやっていたが、本気じゃなくて友達と一緒にいたくて入ったようなものだ。
大学進学も両親が医療に携わる仕事をしていて「それしか進む道が無いな」という考えだった。
薬学部に入ったはいいものの、ここまで勉強が大変だったとは正直想定外だったが……。
とにかく何事も考えが甘ったるく、時間だけが過ぎてしまった僕。
彼女の話を聞いていて、同い年の僕は「浅はかな人間」だなと思えてくる。
中学生の彼にも及ばない……穴があったら入りたいくらいだった。
「私ね、思うんだ」
彼女はハッキリとした口調で、僕にこう話し掛けてきた。
「中学、高校と学生として過ごす時間があるのに、受験生になった途端、将来について答えを出さなくちゃいけないって、なかなか難しいことだと思うの。 誠司くんが今言ったように、悩んでいなかった人のほうが意外と多かったりするんじゃないかな」
自分の考えをしっかり持っていて、僕の話をまったく否定しない……。
彼女は一体、何者なのだろう。
彼女の話に吸い込まれていくように、僕は目が離せなかった。
「子供が『プロ野球選手になりたい!』って言ったとき、周りは『プロなんて絶対になれない!』言うでしょう? でもさ、本人は純粋に言っているのに……周りから反対されて『じゃあ諦めます』って、なんかすごく悔しいなって。 どうして『なれる、なれない』を勝手に決めるのかなって思うの。 意志があるからそう言っているのに、そんな簡単に潰してほしくないなって……思っちゃうんだよね」
彼女の熱い話に釘付けだった。
「人に迷惑をかけるのはあまり良くないけど……自分の人生なんだから『ここぞ!』のときは自分で答えを出さないと。 生きている意味がないじゃん!」
言い切った直後に最後のハンバーグを口に入れて「ん! 美味しかった!」と唸り、話にキリがついた。
「つまり香織先生は『まずは自分の気持ちに素直になって、自分で将来のことを決めなさい』ってことよね?」
「そういうこと!」
香織は上機嫌に応え、両腕を真上に伸ばしながら、
「今日は授業を2つやった気分だな。 やっぱりデザートも食べちゃおうかな!」
「2つって……もしかして今の話を僕にもしたから……生徒としてカウントされてる?」
「何なら誠司くんのほうが言葉を選んで慎重に喋りましたよ? 薬学生は頭良いから!」
ジロリと軽く睨むよう僕に呟いた。
さりげなく褒められて、ちょっと舞い上がった僕。
「ありがとうございます先生! あ、デザートは僕がおごります!」
「いいえ! 生徒から賄賂はいただけません!」
同じタイミングでボタンを押そうとし、2人して大笑いする。
冗談を言い合えて、笑うツボも一緒。
こんなにも有意義で楽しいお喋りがずっと続いたらいいのに……。
そう恋しくなったあの頃の思い出。




