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4 犯人からの招待

高くそびえる城のその最上階で、主人たるローゼンベルク侯爵は屍となっていた。


「喉と腹を刃物で切られたようですわね。」


カメリアの言葉に息を呑んだのはローゼンベルク侯爵夫人だ。


「なによそれ、切り裂きブーベの手口じゃない。

まさか、主人を殺したのは切り裂きブーベなんじゃ…。」


「母上、落ち着いてください。」


わなわなと震える侯爵夫人をユリウスが宥める。


「切り裂きブーベは20年前に縛り首になっています。

母上だって、ブーベの遺体から作られた栄光の手がこの屋敷の大広間にあることを知っているでしょう。」


しかし侯爵夫人は、「亡霊になって蘇ったかもしれないじゃない!」と怯える。


「旦那様が呼び鈴を鳴らしたのは数分前でしたのに…。」


第一発見者となったメイド長は涙をこぼす。


「きっと旦那様は助けを求めて呼び鈴を鳴らしたのだわ。

私がもっと早く来ていれば…。

もっと早く扉を開けていたら、旦那様は…!」


「申し訳ございません!」と繰り返し頭を下げるメイド長に、ローゼンベルク侯爵夫人は「やめてちょうだい、見苦しい。」と冷たく返した。


「メイド長、あなたが来た時、この部屋には鍵がかかっていたと言いましたわね。」


カメリアは真剣な顔で「部屋の鍵はあなたが常に携帯していましたの。」と問いかけた。

メイド長は「ええ、そうです。」と頷く。


「旦那様は急病などで倒れたときに外から部屋を開けられるよう、私に鍵を渡していました。」


「あなたが持っていたもの以外に合鍵はありましたか。」


メイド長は「いいえ。」と首を振った。


カメリアは部屋の扉を確認する。

ドアノブや鍵のつまみには血痕はなかった。

割れた窓ガラスから冷たい夜風が吹きつけてくる。


ユリウスは首を傾げて言う。


「呼び鈴を聞いてからメイド長が部屋を開けるまでのほんの数分の間に犯人は逃亡したんでしょうか。

鍵のかかったドアを使わずに。」


「あたりまえよ、そこの窓から逃げたに決まってるじゃない!」


ローゼンベルク侯爵夫人は窓を指差して叫んだ。


「きっと飛び降りて逃げたのよ。

それなら時間はいらないでしょ。

飛び降りるくらいなんともないのよ、切り裂きブーベは亡霊なんだから!」


ローゼンベルク侯爵夫人は突然の事態で取り乱し、切り裂きブーベの亡霊に怯えているようだ。


「扉に鍵がかかっていたとなると、犯人が部屋に出入りできたのは割られた窓だけではありませんか。」


私はカメリアに訪ねたが、彼女は「脱出には窓は使わなかったようですわね。」とカーペットを指差す。

白いカーペットの上には、血で染まった足跡が残されていた。

 

「この足跡は、窓には向かっていませんわ。」


ローゼンベルク侯爵の遺体が寝ている寝台の血溜まりから続く足跡は、窓へは向かわずに部屋を横切っている。

カメリアはその足跡を追った。

それは部屋の中央に置かれた寝台から北側の壁へと続いていて、壁にかけられた大きな絵画の前で止まった。


「ヒルダ、この足跡は不自然だと思いませんか。」


壁の前に立つカメリアが私に問いかける。


「犯人は普通、痕跡を残さないようにするものなのではありませんこと。

この足跡はこんなにもくっきりと残っている。

犯人は足跡を残すためにわざと靴の底を遺体の血で汚したのではないかと思うほどですわ。」


カメリアは細い指で絵画の額縁をなぞり、「もしそうなら、これもわざとなのでしょうね。」という。


額縁には、血に染まった手形が残されていた。

カメリアは手形が残された額縁を軽く押した。


絵画は壁の奥へとずれた。

隠し扉だったのだ。

扉の向こうには、石づくりの螺旋階段があった。


「皆様はここに階段が隠されていたことをご存知でしたの。」


カメリアの問いに、メイド長もユリウスも、ローゼンベルク侯爵夫人でさえ首を振った。


「皆様ご存知なかったのですね。

でも、犯人は知っていたのでしょう。

ここから部屋を出たようですわ。」


血濡れた足跡が、隠し扉の向こうの螺旋階段の奥へと続いていた。


カメリアは螺旋階段を降ろうと足を踏み出す。

私は寝台近くにあった蝋台を手に取り、カメリアの背に「危険です。」と声をかけた。


「カメリア様、私もお供します。」


「ええ、ありがとう。」


カメリアと私は亡霊を追って隠された螺旋階段の先へと進んだ。


赤い足跡はどこまでも下へと続いている。

足跡は建物の2階の高さまで降りてもまだ下へと降っていた。   


「この先に犯人はいるんですよね。

カメリア様、気をつけてくださいね。」


私は心配の声をかけたが、カメリアは怯えた様子もなく「不思議ですわね。」と言う。


「どうやって誰にも見つからずに犯人は窓から侵入したのかが気になるのです。」


カメリアの足元を照らしながら、私は彼女にその真意を問う。


「3階の私の寝室には、あの割られていた窓と同じ方角に窓がありました。

私はあの時間まだ起きていて、窓際で考え事をしていました。

犯人が外から窓を使って侵入したなら窓際にいた私にその姿が見えなかったのが気になります。

5階の高さまで登るのは困難な上、姿を見られないような短時間で登りきれるとは思えませんわ。」


「4階のユリウス様の部屋も、侯爵様の部屋の真下ですね。

どうやって犯人はカメリア様にもユリウス様にも見つからずに部屋に侵入したのでしょうか。」


犯行現場は密室ではなく、犯人は侵入した場所も逃走経路も示しているのに、姿が見えないのだ。

まるで亡霊のように。


カメリアと話してるうちに、私たちは建物の1階まで降っていた。

しかし、螺旋階段はまだ下へと続いている。

その上に残された、真っ赤な血濡れた足跡も。


カメリアはふっと笑う。


「どうやら犯人は私を地下へ誘い込もうとしているご様子。

そのエスコート、謹んでお受けいたしますわ。」






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